近年、地球上に無尽蔵にある水(水素)を燃料に、莫大なエネルギーを生み出す核融合発電に大きな注目が集まっている。核融合発電とは、太陽のエネルギー源である核融合を地球上で起こして発電に用いるものだ。原子力発電のように何万年も放射能が出続ける放射性廃棄物がほとんどなく、連鎖反応が起こらず制御しやすいため、安全性も高いと言われている。さらに、人類が、ほぼ無制限に利用できるエネルギー源を得ることで、電力コストが下がり、エネルギーを巡る紛争の消滅など各種問題の解決にもつながるのではないかと、大きな期待を集めている。(参照記事『激しい核融合発電の開発競争 スタートアップが「ヘリカル型」開発に賭ける理由とは』)
実現すれば、人類史の大きな転換点になるかもしれない核融合発電だが、壮大な挑戦であり、各国が単独で挑んでいては、なかなか実現には至らない。そこで、核融合発電を開発する国々が一致団結し、核融合実験炉の実現に取り組むプロジェクトがある。それが「ITER(International Thermonuclear Experimental Reactor:国際熱核融合実験炉)計画」だ。
2024年2月28日から3月1にかけ、東京ビッグサイト(東京都江東区)において、「SMART ENERGY WEEK【春】第21回スマートエネルギーWEEK」が開催された。その中で、ITER機構 主席戦略官/副官房長の大前敬祥氏が登壇。「地上最大のプロジェクトITER計画〜核融合研究開発の最前線」と題した講演を行い、ITER計画の内容と目的、最新の進捗状況を紹介した。
地球上最大のプロジェクトと説明
「IETR計画」とはどういったものか。大前氏は、「ITER計画とは、核融合がエネルギー源として、科学技術的に成立することを実証するために、人類初の核融合実験炉を実現しようとするもので、世界7極35カ国(日本、欧州、米国、ロシア、韓国、中国、インド)で行う地球上最大のプロジェクト」だと説明した。
そのミッションは、磁場閉じ込め方式で主流となっている(核融合発電の実現性が最も高いと言われている)トカマク方式の実規模大の実験炉を用いて、「エネルギー増倍率Qが10以上」を実現することだという。
「エネルギー増倍率Q」とは、投入したエネルギーに対して、どのくらいエネルギーを増幅できるかを示す数値だ。この値が低いと、投入したエネルギーに対して、得られるエネルギーが少なくなってしまい、核融合発電を利用する意味がなくなってしまう。現時点で人類が達しているQ値は「1前後」であり、これを「10以上」にすることが最重要ミッションのひとつだという。
「逆を言えば、これを達成できなければ、ITER計画は、どれだけ時間と予算をかけたとしても『失敗』ということになります。ITER計画の失敗は、人類の核融合の失敗に直結するわけなので、私たちとしては、とにかくQが10以上に達することを最優先に取り組んでいます」(大前氏)
なお、ITER計画で構想されている超伝導核融合トカマクマシンは、大きさが縦横高さともに30mで、重さはおよそ2300万トン(東京タワー4本分ほど)もある超巨大構造体だ。このマシンを含めた核融合施設が、2025年の運転開始を目指し、南フランスのサン・ポール・レ・デュランスにて建設されている。
根底にある「国際協力」の意識
大前氏によると、もともと核融合発電は、第二次世界大戦後の冷戦時代に米国やソ連、日本、欧州の研究所などが独自に研究を進めていた。しかし、なかなか研究が進まず、「鉄のカーテンの隙間からに互いの進捗を伺う」状況が続いたという。そんな中で、1985年に米国のレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長の間で、ジュネーブサミット(米ソ首脳会談)が行われ、核兵器削減などが協議された。その際、2トップの間で「協力して核融合実験炉を作ることが合意された」という。
「人類共通の未来のために、ひとつの核融合実験炉をつくる、これがITERのはじまりであり原点です」(大前氏)
ここに日本と欧州が加わり、日、欧、米、ソの4極体制で技術開発などが行われた。その後、新興技術国として中国、韓国、インドが加わる形で、2006年にフランスで『ITER協定(ITER事業の共同による実施のためのイーター国際核融合エネルギー機構の設立に関する協定)』が結ばれ、核融合実験炉の建設がスタートしたという。
「私たちは国際機関であるのですが、非常にユニークな形をとっています」と、大前氏はITERの組織構成についても説明する。
まずITERの組織には、いわゆる親・子の概念はなく、全ての国、機構が平等な立場にあるという。さらに大きな特徴として、「参加国で分担してものを作り、南フランスのITER建設サイトに集め組み立てる」点を挙げた。
「なぜ、そんなことをするのか。どの参加国も、(将来的には)ITER計画で培ったものづくりの経験を、自国の(実験炉の次の段階にあたる)原型炉に活かしたいわけです。そこでITER計画の中で、それぞれが分担してものづくりを経験しているというわけです。これは民間企業のベストプラクティスからすると、完全に間違っています。サプライチェーンをバラバラにして、別々の国に発注するわけですから。しかも国によっては、産業界を育てるために、国内で別々の企業に発注しているケースもあります。しかし、ITER計画には、ひとつの大きな目的として、“国際協力”ということがあります。そこであえて我々は、参加国が担当した部材を作り、それをフランスに集め、ITER機構が組み立てる形をとっているのです」(大前氏)
マシン組み立ての進捗状況は?
では、ITER計画の進捗状況はどうなっているのだろう。大前氏はトカマクマシンの組み立ては「2020年に始まった」と説明。まずマシンの最下層部にあたる「クライオスタットベース」が組立建屋から、マシンを設置するトカマクピット(原子力発電所でいう“炉心”)に運び込まれ、設置された。
「これは1250トン、およそ飛行機3機分の重さがあります。これを持ち上げ、数ミリの精度で設置しなければいけません。大きなものを小さく(高精度に)組み立てないといけないという、産業界としても非常に大きなチャレンジをしています」(大前氏)
さらにITER計画では、核融合反応を起こすためのプラズマを磁場で閉じ込めるドーナツ型の容器(ITER装置)を、9つのパーツ(サブセクター※)に分け、組み立てているが、「そのうちのひとつ目を、2022年6月にトカマクピットに設置することに成功した」という。
※真空容器セクター(VVS)に超伝導(TF)コイルなどを装着したもの
このほか核融合施設には、マシンを起動するために必要な冷凍設備や電源設備、マシンから出た熱を除去するための装置などさまざまな付帯設備が必要になる。これらの付帯設備も、「人類がはじめて手がける規模や、はじめての技術であったりするため、なかなか困難を極める」ものの、トカマクマシン自体よりは難易度が低く、比較的スムーズに建設が進んでいるとのことだ。
講演の最後に大前氏は、核融合発電の基本的なロードマップも提示した。それによると、まずは日本の核融合研究炉JT-60SA(茨城県那珂市)が該当する「研究炉」から、ITER計画が該当する「実験炉」へと進む。その成果を踏まえたうえで、今世紀半ば頃までに発電実証を行うための「原型炉」を作り、「商用炉」へと向かうことになる。
しかし、このロードマップは、ITER計画の順調な進捗を受け、前倒しされる可能性が高いと大前氏は分析する。
「(実験炉である)ITER計画は『競争から協調』でした。しかし(次の段階である)原型炉は協調している場合ではなく、各国の競争がはじまりました」
米国では、いわゆるロビー団体である核融合業界団体が設立され、2040年には原型炉を稼働させる野心的な計画がホワイトハウスから出されたほか、英国でも、2040年代の運転を目指した独自の原型炉計画が立てられ、安全基準の枠組みづくりが開始されている。
日本においても、2023年4月に核融合国家戦略「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」が示され、米国の2040年稼働を横睨みしながら、原型炉をいつどのような形で作るのかの検討が進んでいるという。
「私の感触では、日本の原型炉計画は、少し前倒しの方向に向け、ここ数年で走り出すのではないかと思います」(大前氏)
核融合発電が人類にもたらすとされる恩恵を考えれば、ロードマップの前倒しは大いに歓迎すべきだろう。安全性に配慮したうえでの、力強い歩みを期待したい。