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【日本人が知らない 、世界のスゴいスタートアップ Vol.11】コパイロットからエージェントへ〜AIのネクストトレンド

【日本人が知らない 、世界のスゴいスタートアップ Vol.11】イメージ図

【日本人が知らない 、世界のスゴいスタートアップ Vol.11】イメージ図

 連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気が付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。今回のテーマは、「次のホットトピック、AI(人工知能)エージェントを知ろう」です。(聞き手・執筆:高口康太)

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 生成AIは便利だけれど、もどかしい。

 私はそれなりに使っているほうで、記事執筆という自分の仕事で言うと、記事の概要を作成した後、生成AIに読ませて追加の論点はないか聞いてみたり(これはあまり役にたたない)、書き終わった文章を読ませて「この内容に合う、タイトル案を10個考えて」と聞いてみたり(これはお世話になっている)。自分の専門分野の下調べにはまだ役にたたないが、よく知らない分野の“さわり”を知るのにも重宝している。

 ただ、結局はAIにお任せにできることはほとんどなく、アドバイスをもらったり手伝いをしてもらったりすることにとどまっている。SFにでてくるAIのように「**しておいて」とお願いしたら、それでタスク完了……と言う状況にはほど遠い。

 このもどかしさは私だけのものではない。というのが世界のスタートアップ事情に詳しい台湾の投資家、マット・チェン氏の指摘だ。課題あるところに商機あり。日進月歩で進むAIの進化、次のホットトレンドは、きっちりとタスクをこなしてくれる「AIエージェント」だという。

鄭博仁(マット・チェン、Matt Cheng) ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・ベンチャーズ)の創業パートナー。創業初期をサポートするエンジェル投資の専門家として、物流テックのFlexport、後払いサービスのPaidyなど、これまでに15社ものユニコーン企業に投資してきた。元テニスプレーヤーから連続起業家に転身。ジョインしたティエング・インタラクティブ・ホールディングス、91APPは上場し、イグジットを果たしている。

反射神経のAIから、熟慮して実行するAIへ

――きっちりタスクをこなしてくれるAIなんて実現可能なのでしょうか。遠い未来の話では?

マット・チェン(以下、M):AI技術の発展は日進月歩です。ChatGPTに代表されるLLM(大規模言語モデル)に続く次のビッグトレンドは、AIが「手助け」ではなく「実行」まで行うAIエージェントになるでしょう。今のAIは、コパイロット(副操縦士)やアシスタントの役割にとどまりますが、人間の代わりにタスクをこなすエージェント(代理人)へと進化するわけです。

 秘書AIを考えてみましょう。旅行プランの作成は今のAIでもできますが、作成されたプランに基づいて飛行機チケットやホテルの予約をするのは人間の仕事になっています。その手配までぜんぶこなしてくれるのが、AIエージェントです。

――確かに、今のAIは口ばっかりで、手を動かすのは人間ですもんね(笑)

M:AIエージェントの実現は、遠い未来の話ではありません。後ほど紹介しますが、いくつかの企業はすでにAIエージェントをローンチしています。また、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツは昨年末に「コンピューター使い方はAIで完全に変わる( AI is about to completely change how you use computers)」と題したブログを発表。日常的な言語でやりたいことを伝えるだけで、AIが代わりにタスクを実行してくれるAIエージェントが今後5年以内に普及すると予言しています。

 このビジネスの可能性は大きく、調査会社マーケッツアンドマーケッツは、自律的なAIの市場規模は、2023年の4億8000万ドルから2028年には28億5000万ドルへと、年平均43%というハイペースで成長すると予想しています。

――今のAIは間違うことも多いですよね。人間の確認なしにAIがアクションを起こすようになると、凡ミス連発になりそうな気もしますが。

M:今の生成AIは与えられた入力に対して、即断即決で返事をしてくれます。反射神経に優れているわけですが、一方で「ハルシネーション」(幻覚)と呼ばれる、とんでもないミスも多い。

 このハルシネーションですが、実は人間にも共通しています。世界的なベストセラーとなったダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』(早川書房、2012年)は人間の思考をシステム1(直感型の速い思考)とシステム2(計画的で論理的な思考)に分けています。システム1は、とっさの状況に対応するためには不可欠ですが、偏見や思い込みに縛られて間違えることも多い。システム2の思考は遅いですし考えるエネルギーも使いますが、より正確な判断を下すことができます。今の生成AIはシステム1に似ていて、与えられた入力に対して反射的に回答します。確かにこれでは問題があります。システム2のように、個別の状況をよく理解して、ケースバイケースで合理的な判断を下せるようになる必要があります。

 AIエージェントが独力でタスクを完了させるためには、分析(プロファイル)、記憶(メモリー)、計画(プランニング)、そして実行(アクション)という4つの能力が必要となります。

 まず、分析ですが、そのタスクをとりまく背景情報や文脈などを理解することを意味します。そして記憶。タスクをこなすために必要な分野ごとの専門知識を習得すること、利用者一人ひとりの過去の経歴や要望といった特定の情報を持つことに加え、必要な記憶と不要な記憶をよりわけ、何が優先度の高い情報なのかを判断することも必要です。人間の記憶が短期と長期に分かれ、忘却することで常に記憶が整理されていくような仕組みが必要となります。

 ここまでが思考の部分となりますが、続いてはどう取り組むかという判断が必要です。計画では複雑なタスクを、取り組みやすいサブタスクに分割し、それを順序立てて解決していくことが求められます。そこまで整理されたら後は実行です。AIがロボットアームを動かして、現実世界でアクションを起こすようになるのはまだハードルがありますが、コンピューターでできるようなこと、飛行機チケットを予約してお金を振り込んだり、メールを送ったり、カレンダーアプリに予定を書き込んだりということは可能です。

商用サービスが始まったAIエージェント

M:さて、すでにリリースされているAIエージェントをご紹介しましょう。もっとも注目を集めているのが、「AIカスタマーサポート」の「シエラ」です。

 セールスフォースの元CEOにして、現在はOpenAI会長でもあるブレット・テイラーと、グーグルでAR/VR部門のトップを務めたキャリアを持つクレイ・ベイバーが2023年3月に立ち上げました。セコイアキャピタルとベンチマーク、シリコンバレーの著名ベンチャーキャピタルが出資している注目株のスタートアップ企業です。今年2月にカスタマーサービスに特化したチャットボットサービスをリリースしました。

――チャットボットのカスタマーサービスって、すでにありふれているような。しかも、結局使い物にならなくて、有人コールセンターにつなぐという二度手間でイライラします。

M:シエラは社内システムやマニュアル、CRM(顧客管理システム)から得た情報をもとに顧客と対話することが可能です。しかも、企業ポリシーやブランドガイドラインに基づいて回答するようチューニングもできます。回答の文章に“その企業らしさ”を加味することができるのです。従来のチャットボットと違って、問題解決のための助言を送るだけではなく、返品受付、再出荷、領収書発行などを実行することが可能です。

 ダイエットサポート企業のウェイト・ウォッチャーズ、北米のラジオ局のSiriusXM、スマートスピーカーのSonosなどの企業が導入していますが、評価は上々と聞いています。ウェイト・ウォッチャーズではカスタマーサポートの70%をシエラが対応、解決しているとのこと。顧客からの評価も5点満点中4.6点を獲得しています。

――ハルシネーションの問題は解決できたのでしょうか?

M:ハルシネーションそのものをなくすことはできませんが、AIの回答を、別のAIが「間違っていないかチェックする」という仕組みで対応しています。

 斬新なプロダクトを生み出したシエラですが、その値付けもユニークです。彼らは「outcome-based pricing」と名付けていますが、実際にシエラが解決したカスタマーサポートの件数に応じて料金を徴収するという方式です。AIエージェントの力量が未知の段階では二の足を踏む企業も多いでしょう。そこでこのユニークな値付けを編み出したわけです。

 技術、プロダクト、そして値付け、いずれも斬新なシエラのAIエージェントは、このマーケットが急速に拡大する予感を抱かせるものです。

 もう1社、私が注目している企業は「11x」です。2022年9月設立の新しい企業で、SDR(Sales Development Representative、反響型営業)支援AIのアリスをリリースしています。

 潜在的な顧客ターゲットを策定し、その見込み客に対してEメールやビジネスSNSのリンクドインを通じてアプローチしていく。返信があればアリスが回答し、詳細な説明が欲しいというところまでまとまれば、ビデオ会議のアポまで取ってくれる。この一連の流れをアリスは自動的にこなしてくれます。

 これまでにも営業支援ツールはありましたが、機能ごとに複数のツールに分断されていました。アリスはその全体をカバーし、しかも自動化してくれるのです。実際に導入したクライアントも、「10人分の仕事をこなす」と絶賛していました。

――無駄打ちが多い部分をAIに任せて、ビデオ会議でのプレゼンに集中できるというのは良いですね。自分の知らない間にプレゼンのアポがどんどん詰め込まれるというのはちょっと疲れそうですが(笑)

M:シエラとアリスは、コンピューターで完結するタスクを実行してくれるAIエージェントですが、将来的には現実世界のタスクもこなせるようになるでしょう。その意味で注目しているのはグーグル・ディープマインド社のSIMAです。今年3月13日に発表されたAIエージェントで、人間の言葉による指示に応じてコンピューターゲームをプレイできます。

 ゲーム世界でのタスクをこなすところから出発しているわけですが、将来的には応用範囲を広げることも示唆されています。現実世界の仕事をこなしてくれるのではないか。そうした未来を予感させるプロジェクトです。

「1人ユニコーン」の時代

――今のAIを使っていて、「これをやってくれたら助かるのに」ともどかしい部分がAIエージェントでかなり解決できそうですね。

M:おっしゃるとおりです。

 米コンサルティング企業大手マッキンゼーアンドカンパニーが2023年6月に発表したリポート「The economic potential of generative AI: The next productivity frontier[康高1] 」によると、生成AIはソフトウェア・エンジニアリング、セールス、マーケティング、顧客管理の4分野で、特に大きなインパクトを持ち、人間の仕事量の60~70%を削減する可能性があります。AIエージェントによって企業経営の効率が今後大きく上昇し、少人数でも大きな価値を生み出せる企業が続々と誕生するでしょう。

――そういう話になると、「AI失業」が不安になりますが……。

M:自分に関係ある分野からお話しましょう。私はエンジェル投資家として多くのスタートアップ企業を見てきましたが、共通する課題は人材の獲得です。事業の成長ペースにあわせて人をどんどん増やさないといけないのですが、そのためには毎日のように面接と研修を繰り返し、ジョインしたメンバーが力を発揮できるように配慮して……。と大変な労力が必要です。人材獲得に疲れ果てて、事業の成長に回す力がなくなってしまうスタートアップ企業も少なくありません。

 AIエージェントによって少人数でも大きな仕事をこなせるようになれば、この課題も解決する可能性があります。社会をより豊かに、幸せにするスタートアップ企業がさらに多く出現することが期待できるわけです。

 AIは会社のあり方も仕事のやり方も根本的に変えるテクノロジーです。AI失業を心配する気持ちもわかりますが、AIを活用して自分の長所をいかに伸ばせるかというポジティブな発想が必要ではないでしょうか。

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 助言をくれるだけの「コ・パイロット」から、実際に仕事をこなしてくれる「エージェント」へ。今、もどかしく感じている問題を解決してくれるという意味で、その普及が楽しみな技術だ。記事中で紹介されたシエラが企業ポリシーを学んで、その会社っぽい受け答えをするというのも面白い話で、物書きからすると、過去の原稿データを学習することで、自分っぽい文体、視点、分析の記事作成をサポートしてもらえるようにならないかなと期待している。その未来に備えて、とりあえず今できることとして、AIに学習データとして提供できるよう、自分の過去の原稿データをこつこつと整理している。

Written by
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。