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日本でも新しい宇宙ビジネス創出は民間から〜「Interop Tokyo 2024」講演より

「Interop Tokyo 2024」で開催されたセッション「【Internet×Space Summit特別企画】月面での通信がもたらす新たな宇宙ビジネスの創出へ」の様子

「Interop Tokyo 2024」で開催されたセッション「【Internet×Space Summit特別企画】月面での通信がもたらす新たな宇宙ビジネスの創出へ」の様子

 アポロ計画以来、約半世紀ぶりに人類を月に送り込む月面探査プログラム「アルテミス計画」が、米国航空宇宙局(NASA)を中心に進行中だ。世界30カ国以上が参画を表明する中、日本も宇宙航空研究開発機構(JAXA)のほか、月を周回する軌道上に建設予定の有人拠点「ゲートウェイ」に三菱重工業が、「有人与圧ローバー(月面車)」の開発にトヨタ自動車が参画するなど、複数の日本企業が参画している。

 月面探査実現の可能性が高まるにつれ、新たな宇宙ビジネスの創出にも注目が集まりつつある。とはいえ、現時点では宇宙ビジネスに参画したくとも、具体的にどういった技術が求められているのかわからないという人も多いのでははないだろうか。

 2024年6月12日〜6月14日に、幕張メッセ(千葉県千葉市)にて、「Interop Tokyo 2024」が開催された。「【Internet×Space Summit特別企画】月面での通信がもたらす新たな宇宙ビジネスの創出へ」と題されたセッションでは、月面活動への民間企業の参入や通信環境の構築について議論が交わされた。

 登壇したのは、JAXA国際宇宙探査センター・センター長の山中浩二氏と、慶應義塾大学教授(Interop Tokyo実行委員長)の村井純氏。そして、月面での水素製造プラントの開発を進める日揮グローバル株式会社の宮下俊一氏と、月面での通信環境構築を目指すKDDI株式会社の市村周一氏だ。モデレーターは、慶應義塾大学大学院教授の神武直彦氏が務めた。

日本の参画の余地は?

JAXAの山中氏
JAXAの山中氏

 最初の議題となったのは「これからの月面活動の未来と可能性」だ。すでに月面探査においては、例えば「日本が有人与圧ローバーを開発する」「アメリカがロケットを開発する」など、ある程度役割分担が進んでいる。そんな中で、これから日本の企業が月面活動に参入できる余地はあるのだろうか。

 この議題に対してJAXAの山中氏は、「月面探査のさまざまな場面で日本企業が参入する余地がある」と口火を切った。例えば、日本の太陽光発電やバッテリー開発技術は世界的にも高く評価されており、月面のエネルギー開発において歓迎される可能性が高い。さらに、月までは大量の燃料を使ってものを運ぶ必要があるため「小さいこと」「軽いこと」が大きな価値を持つという。

「日本企業の『コンポーネントを小さくまとめる』『軽くする』技術はそれだけで価値があり、世界中の人が求めています。月面探査を構成するさまざまな要素の中に、たくさんの日本の優れた技術が活用でき、我々も強くそれを求めています」(山中氏)

日揮グローバルの宮下氏
日揮グローバルの宮下氏

 日揮グローバルの宮下氏は「“地(月面)に足が着いた”あとは、地上のビジネスをしている面々が知見を活かせるようになる」と持論を展開した。

「JAXAは、月面にタッチするまでは自分たちでできるけれど、月面にタッチした後は、我々(民間企業)の知見が有意義なものになるという話をずっとされています。月面到着後は、民間企業にも多くのビジネスチャンスがあると考えられます」(宮下氏)

 宇宙政策に携わる神武氏は、内閣府が2024年4月に基本方針を打ち出した「宇宙戦略基金」について触れた。この基金は総額一兆円規模のものであり、「基本的には民間企業と大学がJAXAを凌駕する技術を持つことに対する支援」に使われるものだという。

「今までは、JAXAがやってきたことの一部を民間企業に委託してやってもらうスキームでした。しかし(この予算が活用されることで)今後は、JAXAが開発するのではなく、民間企業がやることを(JAXAが)技術的に、資金的に支援するというスキームになります」(神武氏)

「宇宙戦略基金」の説明をする神武氏
「宇宙戦略基金」の説明をする神武氏

 こうした説明に呼応する形でKDDIの市村氏は、宇宙開発で浸透しつつある「サービス調達」の流れを紹介した。例えば、かつてスペースシャトルが開発されたときには、NASAが自分たちで設計し、実際のものづくりを民間企業に依頼した。そして、納品されたものはNASAが運用し、自分たちで宇宙飛行士を宇宙ステーションに運んでいた。

 しかし「サービス調達」の流れはそうではない。例えば、有人宇宙船の開発であれば、民間企業はNASAと「宇宙飛行士を宇宙ステーションまで運ぶサービスを提供する」という契約を結ぶ。この場合、NASAは細かな要件などを提示するものの、実際の宇宙船の設計や運用は民間企業にすべて任されることになる。

「この契約にはもうひとついいことがあります。『サービス調達』の場合、民間企業は自分たちで作った宇宙船を、自分たちのビジネスにも使えます。つまり、開発に投資した資金を、宇宙旅行など別のサービスを提供することで回収できるというわけです。標準化やインターオペラビリティ(相互運用性)の部分は国や宇宙機関が整備してくれるので、我々民間企業はそれに乗っかり、宇宙のものづくりやサービス開発を展開していく。そういう時代がもう来ているのです」(市村氏)

測位と通信を兼ねる衛星システム

 月面で活動するにはさまざまなインフラが必要となるが、その土台のひとつとなるのが通信環境の構築だろう。セッションの後半では「月面での通信の役割と未来」が議題に挙がった。

KDDIの市村氏
KDDIの市村氏

 まず市村氏が、KDDIが構想している月面での通信ビジネスについて説明した。従来の宇宙開発では、技術ありきでことを進める「プロダクトアウト」的な発想に偏りがちだったが、市村氏らは現在地球上で行なっている5Gなどの通信技術をベースにしつつ、JAXAやNASAなどの宇宙機関が求める要件に応えることを重視しながら開発を進める予定だという。

 これに対して慶應義塾大学の村井氏は、「(月面探査では)エネルギーも作らないといけないし、(月面探査の先に計画されている)火星に行く準備もしないとけないし、月面で生活する人間も支えないといけない。非常に多様なことが連携して起こっていく」と、さまざまな要素が通信と絡む展開が予測されると指摘する。

登壇中の村井氏
登壇中の村井氏

「通信はこれらを支える大変重要なコンポーネントのひとつですが、膨大な計算と、その処理の結果を共有するとか、何かを分析するとか、そういうことを考えると、(地球との通信だけでなく)月面データセンター構想みたいなことも考えないといけないと思います」(村井氏)

 なお、山中氏によると、近い将来、月の通信の基盤を担うのは“月面版GPS”こと「月測位衛星システム(LNSS:Lunar Navigation Satellite System)」になるという。地球の周りをGPS衛星が飛ぶように、月の周りにも月測位衛星を各国共同で飛ばそうという構想だが、この月測位衛星システムに、通信機能も合わせて、「測位でもあり、通信の中継も兼ねるシステムを構築しようと構想している」とのことだ。

月測位衛星システム(LNSS)が、通信中継も担う予定
月測位衛星システム(LNSS)が、通信中継も担う予定

 今後月面には、日本が開発を担当する有人与圧ローバーやアメリカが作ろうとしている無人ローバー、探査宇宙船、月面宇宙基地など、モノやプレイヤーがどんどん増えていく。山中氏は「その動きに合わせる形で、速すぎず、しかし必要なときにLNSSを整備していく」とし、「2020年代後半には日米共同で技術実証を行いたい」と展望を述べた。

「我々の技術をいくつかデモンストレーションし、精度評価もして、それを公開したりお伝えしたりすることもJAXAの仕事だと考えています。もちろん(月面活動を)国だけでやるつもりはありません。たくさんの民間企業に入っていただければと考えています」(山中氏)

 セッションの最後に山中氏は、民間企業の技術をオープンに募る組織として、JAXAの「宇宙探査イノベーションハブ」を紹介した。「民間企業が持つ素晴らしい技術を提案いただくためのオープンな場ですので、ぜひチェックしてください」(山中氏)

 宇宙探査に関して、国や宇宙機関が民間企業の幅広い参入を強く求めていることは間違いないようだ。宇宙にロマンを求めるのではなく、現実的なビジネスチャンスを模索する時代が到来したということだろう。

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有限会社ガーデンシティ・プランニングにてライティングとディレクションを担当。ICT関連や街づくり関連をテーマにしたコンテンツ制作を中心に活動する。