起業する多くの人は、今後伸びる市場を探し、ボリュームのあるユーザー層に照準を合わせる方が成長しやすいと考えるだろう。しかし、そうしたビジネスの常識にとらわれることなく、自分たちが「好きな業界」をターゲットに事業を立ち上げ、シェアを拡大しているスタートアップがある。それが、スキー場を中心にライブ画像配信サービス「DAY CAM」を提供している株式会社SKIDAY(スキーデイ、本店:東京都千代田区、2020年創業)だ。
代表取締役の太野垣(たやがき)達也氏は、現役のプロスキーヤーであるとともに、スキー専門誌の編集者として約20年のキャリアを積んできた。こうした活動を通じて見聞きしたスキー業界の課題の解決を目指し、ワイヤレス型のIoTライブカメラを用いたライブ画像配信サービスを開発したという。
起業の経緯やサービスの特徴、今後の展望について、太野垣氏に聞いた。
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太野垣氏がスキーに魅了されたのは幼少期だ。アウトドアが好きな父親の影響で、「厳しい自然との対峙や、旅の要素も含まれるスキーに自然とハマっていった」という。
大学卒業後、「あと2年間だけ好きなスキーにトコトン打ち込もう」とプロのスキーヤーを目指す。さらに、スキーの専門雑誌の編集者としても活動。二足のわらじを履きながら、この業界で経験を積み、人脈を広げてきた。
「ひとつは自分の滑りのパフォーマンスで、もうひとつはスキーの専門雑誌の編集者として、スキーの魅力を発信していったという形です。やってみるとどちらもおもしろくて、気づいたら20年も経っていました(笑)」(太野垣氏)
ただし、選んだ2つの道には常に向かい風が吹いていた。雑誌業界はデジタル化の波に飲み込まれた。スキー業界は斜陽産業となり、1990年代半ばをピークにスキー人口は減少の一途をたどっていた。こうした状況を目にしながらも太野垣氏の「好きなスキーを、いつまでも続けられる環境を構築したい」「スキーの魅力をもっと多くの人に伝えたい」という思いは強くなるばかりだった。
「スキーそのものの魅力が下がっているのではなく、情報発信の形、ビジネスの形が古くなってきただけだと感じていました。このため、スキーの魅力を発信する新しい形を作りたいという思いが常にありました」
2016年、「スキーの魅力を発信する新しい仕組み作り」に本腰を入れるべく、経営を学ぶためにビジネススクール(グロービス経営大学院、MBA)に通い始める。その時に開催されたビジネスプランコンテストで大賞を受賞したのを機に「一気にギアが上がり」2020年にSKIDAYを創業したという。
ライブ画像配信サービスを手掛けた理由は、「自分を含めたコアなスキーヤー、スノーボーダーが強く求めていたサービスだったから」だと太野垣氏はいう。
「スキーやスノーボード、サーフィンを愛するコアな人たちの間に『The Day』という言葉があります。これは、天気や雪、波のコンディションが良くて、自分の滑りも最高で……。と全ての条件がそろった最高の1日を指す言葉。この『The Day』の実現確率を高めることが、私たちが掲げるビジョンです。『The Day』に出会うには、『いつ?』『どこで』『誰と?』『どんな滑りをする?』など、いろいろな条件あるのですが、事業としては、まずは(スキー場の)最新コンディションを把握する仕組みを提供し、(スキーヤー・スノーボーダーの)『いつ?』『どこに行くべきか?』という課題を解決しようと考えました。特にコアな人にはこの課題は重要ですし、ビジネスとしての筋道も見えことから、最初にライブ画像配信サービス『DAY CAM』を開発したというわけです」
SKIDAYが開発したライブ画像配信サービス「DAY CAM」の特徴は、ワイヤレス型のIoTセンサーを活用することだ。テータ伝送のための通信はLTE通信で、太陽光もしくは電池で給電可能。従来必須だったケーブルの配線は不要となりカメラの設置場所に制約がなくなった。
さらに、ライブカメラで撮影した画像は、温度や風向、風速などの情報とともに、ウェブサイトやSNS、専用モバイルアプリ「SKIDAY Alert」を通じて、ユーザーに自動配信することも可能だ。こうした点が高く評価され、SKIDAYのライブ画像配信サービスは、すでに大手スキー場の約8割ものシェアを獲得している。
ライブカメラによる画像配信サービスは、インターネット草創期からある。既存のサービスが浸透している中で、なぜ太野垣氏らはシェアを伸ばすことができたのだろう。
この質問に対し、既存の配信システムには「スキー場側」と「スキーヤー・スノーボーダー側」の双方が抱えている課題があり、SKIDAYのサービスはこれらの解決に結びつくものだったからだと太野垣氏は分析する。
スキー場側の課題としてあげられるのが、導入コストの高さだ。従来のライブカメラは、電源やインターネット接続のためケーブルの設置工事が必要となる。スキー場の安全管理上、コース場内はケーブルを地表に出してはならないため、数キロあるコースを延々と掘り、ケーブルを埋める必要がある。このため、スキー場の頂上付近にライブカメラを設置しようとすると、設置工事だけで数百万円かかることもあるという。
「こうした事情があるため、20年ほど前、ライブカメラが世の中に登場した頃に導入し、そこから配信システムが更新されていないスキー場も多いのです。当然、画質も悪く、最初に設置した場所からはカメラを移動できません」
もうひとつ、来場者であるスキーヤー・スノーボーダー側の課題としては、「スキー場の最新コンディションについてもっと知りたい」というニーズが満たされていないことだ。
スキー・スノーボードは、丸1日もしくは数日かけたアクティビティだ。雪や天候など現地のコンディションが悪いと、体験価値は大きく下がるので、行き先選びで失敗しないよう、出かける前に詳しく現地の最新状態を見比べ、行き先を決めたいと考える。
しかし、スキー場の対応策は後手にまわっている。ライブカメラを導入しているスキー場であっても、「(来場者が見たいのは)この場所じゃない」というケースも多いという。
「なぜなら、有線型のライブカメラだと、電気の配線やインターネットの接続ポイントがある場所、つまりスキー場の一番下にある事務所近くなどに置かれていたりします。でも滑り手が知りたいのはそこではない。標高が高い場所の雪質や降雪量などのコンディションを知りたいのです。自分が滑りたいコースの情報がないと、スキー場を選ぶ際の判断材料になりません」
また、スキー場の最新状況をSNSで調べようと思っても、多くのスキー場では、スタッフが出勤する朝8時から夕方5時頃までしか、SNSが更新されないという。
「スキーやスノーボードが好きな人は、オープン前に到着し、リフトの運行開始前には順番待ちをしていたいと考えます。となると家を出る早朝4時、5時頃にスキー場の情報を得られないと意味がありません。こうしたことから、従来の配信システムは役に立ちづらいというのが、滑り手側の認識として強くあるのです」
こうした課題を、SKIDAYのライブ画像配信サービス「DAY CAM」は解決してきた。まずライブカメラが、ワイヤレス型であるため、設置場所を選ばず、導入コストが抑えられる。さらに来場者側は、ウェブサイトやSNS、アプリでの配信を通して、最新コンディションをいつでも把握できるようになる。
「このようにスキー場、スキーヤーの双方が抱えていた課題の解決に直結したことが、我々のライブ画像配信サービスがシェアを伸ばした最大の要因だと思います」
今後の展開について、「日本に来るインバウンドへの(アプリ利用料に対する)課金」と、「ライブカメラ配信サービスの海外展開」に注力したいと太野垣氏は話してくれた。
海外展開については、政府系アクセラレタープログラムや自治体などの支援を受けて海外視察を行い、すでに動いているとのことだ。
「海外展開については、大きな強みがあります。それは私が、プロ活動や取材を通じてつながった仲間が世界各国にいることです。海外のプロスキーヤーやスキー・スノーボードメディアの関係者とは、非常に良好な関係を築けています。彼らが日本に来たときには私がアテンドしますし、私が海外に行ったときには彼らが案内してくれます。こうしたつながりが世界各国にあることは、今後我々が海外にプロモーションをかけていく際の大きな強みになると考えています」
もう一点、「ライブ画像配信サービスを防災に役立てたい」という狙いもある。現在、海外からの来客増もあり、スキー場の管理コース外を滑る人が増えているが、この場合、事故が起きた際の対応は「自己責任」となる。しかし、スキー場以外の山岳エリアの雪の状態(一次情報)を知る方法は非常に限定されており、「滑れるかどうかの判断材料が不足している」のが現状だという。
「こうした状況を改善すべく、山岳スキーにおける雪崩や遭難のリスク回避にも寄与していきたいと考えています」
ちなみに、SKIDAYのライブ画像配信サービスは、冬のスキー場での利用にとどまらない。桜や紅葉、雲海の名所や登山などの観光地、駐車場の混雑状況、河川や増水監視や地滑り監視の配信などにも活用され、利用シーンが拡大している。
太野垣氏の事業展開に通底しているのは「スキーの楽しさを、多くの人に伝えたい」という思いだ。自分自身が当事者だからこそ、顧客理解が深く、施設や利用者が抱える細やかな課題にも気づくことができる。「好きこそものの上手なれ」でその分野に精通すれば、それがビジネス領域に展開する際にも強みになることを実感したインタビューであった。