米中貿易対立が長期化し、世界経済は停滞局面に入った。最大の貿易相手国アメリカへの輸出に陰りが見える「世界の工場」中国としては、新しい経済の起爆剤を求めている。そのひとつが「低空経済」だ。
低空経済とは、1000m以下(目的によっては3000m以下)の空域をドローンやeVTOL(電動垂直離着陸機)による様々なサービス、旅客輸送や宅配便などに活用しようというものだ。中国政府傘下の赛迪研究院(CCID)が発表した「中国低空経済発展研究報告(2024年)」によると、2023年の低空経済規模は5059.5億元(1元20.47円として1兆356.8億円)になる見込みで、年間30%以上の成長をみせていることから、日本でも注目されはじめている。
今回は、筆者が実感する中国の「低空経済」の実情を、ドローンビジネスを中心に述べてみたい。
飛行可能空域を自動判断
筆者が住む深センでは、ほとんどのショッピングモールにDJIのドローン販売店がある。また、眺めの良い場所では、何台ものドローンが飛んでいるのは珍しいことではない。公園では販売店主催のドローン体験会も開かれているし、野外イベントではドローンによる撮影を頻繁に見かける。深センでは生活風景の中にドローンがあるのは普通のことだ。
こうして多くの人が娯楽としてドローン撮影を楽しむ事ができるのは、政府とドローン会社が協力して、わかりやすく安心して飛ばせるように管理体制を構築しているからだ。
その一例としては、空域管理マップ(図1)がある。目視できない範囲まで飛行するようなドローンは、操作やファームウェア・アップデートのためにスマホアプリと接続する構造になっているが、そのアプリには自動で飛行可能エリア・禁止エリアなどが表示される。
高度制限などもドローンに反映されて、禁止区域でのフライトや制限高度を超えるような飛行はできないようになっている。
図1の画面は深センと香港周辺だが、空港周辺、特に飛行機の離着陸する方向に広く禁止区域が確保されており、他にも丸いテレビ塔、電波灯台などが禁止区域になっているのがわかる。地図をズームすると「隣の公園に行けば飛ばせる」などが判断できる精度で管理区域が提供されている。禁止区域ではドローンは離陸できないが、許可を得たカメラマンなどは、許可番号をアプリに入れることで飛行させることができる。近年のドローンであれば、機体識別のビーコン電波を発信しながら飛行するので管理も容易だ。
ドローンを排除する「ドローンジャマー」
便利な空域管理マップだが、「イベント開催中のみ飛行禁止」のような一時的な規制には、いまのところ対応していない。イベント時には会場付近にドローン禁止の警告ポスターが貼られることが多いが、民生用のドローンでも数kmの範囲で飛行するので、ポスターでの警告では役に立たないこともある。
筆者は、自分のドローンが当局に撃墜されそうになった経験がある。2024年の年末年始、深セン中心部の市政府そばでは、連日ライトアップのショーが行われていた。数十のビルに取り付けられたLEDが連動して映像を表示するものだ。ショーが行われる広場は大変な人混みになるが、遠距離からズームで全景を捉えるなら迷惑にならないだろうと考えて自分のドローンを離陸させ、撮影位置についたところ、なぜか間欠的に操作を受け付けなくなってしまった。これまでそうしたコントロール不良の経験はなかった。
はじめての経験で怪しさを覚え、撮影を諦めて手元に着陸させたところ、数分後に筒状の道具を抱えた警官がやってきて、「イベント中のドローン飛行は禁止」と伝えられた。
このときは数秒操作できなくなっただけで、再び操作できるようになった。おそらく警告だったのだろう。そのまま飛ばし続けていたら更に強力なジャマーを受け、完全にコントロールを失って、その場で自動降下(多くの場合は回収できないのでロスト)していたと思われる。さっさと該当空域から立ち去って、手元に降ろしたのが良かったのか、警官の注意はあっさりしたものだった。
警察が使ったのは、おそらく警告に来た警官が抱えていた筒状の道具「ドローンジャマー(ドローンガン)」だ。これは指向性の電波妨害装置で、飛行中は常にコントローラと通信が必要なドローンを狙って電波妨害を行い、目的のドローンだけを操縦不能にすることができる。
こうしたドローンガンはドローン展示会などではよく見かけるが、一般向けのECサイトでは販売されておらず、治安関係者以外は入手するのが難しい。電気街などで見かけることはあるが、治安用の設備だと説明された。開発元の一つTERJINのウェブサイトを見ると、ドローンガンだけでなく広範囲の探知・妨害の仕組みなど、治安維持のための電波製品を多く開発している。こうした監視・妨害設備も「低空経済」を構成する一部だ。
多彩なドローンの開発が進む中国
報告書によると、低空経済に関連する知的財産は、ここ数年で中国各地に集積されてきており、これが「低空経済」への期待を後押ししている。ドローン大国の中国には、深セン以外にも多くのドローン関連企業がある。深センのDJI、乗用ドローン(eVTOL)の広州イーハンなど、大手ドローン企業は広東省に集中しているが、大型ドローンを支えるインテリジェントモーター、モーター制御IC、LiDAR等の技術は、北京や上海・杭州の企業が開発したものも多い。前述のドローンガンも、開発企業の一つは、上海の企業TERJINだ。
こういった企業が参加し、深センで毎年行われている無人航空機などの展示会「UAV EXPO(Commercial UAV Expo)」では、様々なサービスを想定したドローンが紹介されており、ドローンの用途の広がり、低空経済への期待拡大を感じることができる。
収益は途上、まずは研究開発と法整備から
冒頭の「中国低空経済発展研究報告(2024年)」が示す「低空経済規模が5059.5億元」は金額の内訳がなく、どのような産業が実際の低空経済の中心となっているのかは不明だ。筆者は中国語の報告書に目を通したが、具体的な金額が出ているのは「民生用ドローンを販売額は1174.3億元(うち65.3%の766.8億元は工業用)、前年に比べて32%の伸びで成長中」という部分のみ。この売上のうち、深センのある南部が885.6億元と全体の7割強を占めており、おそらく消費者向け、工業用(農薬散布など)ともに圧倒的な強さを誇るDJIの売上が大部分を占めていると予想される。
報告書の内容を素直に読めば、「ドローンの売上は好調で伸びているし、研究開発も進んでいるが、それを使ったサービスが利益を生むようになるのはこれから」というのが、低空経済の現実ではないだろうか。
実際、そのDJIのある深センでさえも、産業用ドローンの用途はまだ限定的だ。深セン在住の筆者は、ドローンを用いた新しいサービスができたと聞けば、真っ先に試しに行くようにしているが、UAV EXPOで見かけるようなドローンが実際に飛んでいるところを見ることはまずない。
ニュースで見かける事はあるが、それは撮影のための一回限りのものや、「商用許可を取得した」などのプレスリリース止まりのものがほとんどで、実際に日常的に飛行しているのは、デリバリーサービス大手の美団のドローン配送ぐらいだ。このサービスも配送センターにはエンジニアが常駐し、宅配ボックス周辺にも係員がついている。これが現状なので、低空経済に対しての期待は膨らみつつあるが、実際にこの分野で企業が十分な利益を上げるにはまだしばらく時間がかかるだろう。
深センでは毎年世界ドローン会議というカンファレンスが行われている。2022年のカンファレンスでは中国政府航空局の担当者が「工業用ドローンの登録数は、有人小型飛行機に比べてはるかに伸びているが、稼働率が高くない」という問題意識から、低空域活用の法整備についていくつもアイデアを出していたが、この2年余りかなりの勢いで法整備がすすんでいる。
法整備がなされたことで、さまざまな実証実験が始まっている。今後も多様なサービスを実地で体験し、低空経済の実態を確認していきたい。