神奈川県・三浦半島の西側、横須賀市秋谷にスタートアップやアーティストのインキュベーションハブとなる施設がお目見えした。株式会社デジタルガレージが開設した『DG CAMP AKIYA Yokosuka City』だ。
9月4日にオープニングイベントが開催され、地元関係者や同社が主催するオープンネットワークラボを卒業した起業家などが集まった。地元選出の小泉進次郎衆議院議員も来訪し、オープニングの祝辞、テープカットを行った。小泉議員は祝辞の中で、デジタルガレージがすでにスタートアップのための施設を運営しているサンフランシスコやロンドン、渋谷と「横須賀・秋谷が並ぶことを、ひとりの横須賀市民として嬉しく思います」と述べ、新たなイノベーションがここから生まれることに期待を示した。
パネルの議題はエンジニアの地位向上、日本の課題
オープニングイベントのプログラムのひとつは、「新世代エンジニアのCapacity Building 経営者が見据える新潮流」と題して行われたパネルディスカッションだ。パネラーとして、エンジニアのためのサイトQiita創業者の海野弘成氏とデジタルガレージ取締役兼専務執行役員Chief Architectの伊藤穰一が登壇。日本のエンジニアの現状とスタートアップエコシステム、双方をよく知る2人が、エンジニアの社会的な地位の向上などについて話し合った。
伊藤によれば、古代ギリシャの昔からエンジニアの社会的地位は低かった。しかし、近代になり米国ではその地位が向上。お金も権力もエンジニアに集まり、特に現在のシリコンバレーでは「一番のお金持ちはエンジニア」という状況になっているという。それに対して日本は戦後の一時期、自動車や電機の分野でエンジニアが経営者となった例はあるものの、現状を見ると「日本ではエンジニアの給料は安く、官僚になっても大企業に入っても幹部にはなれない。アメリカではバリューを生み出す人にお金や権力が集まって伸びてきたけど、日本はそうならなかった」(伊藤)という状況にある。
技術や素材に関する知識がなければ、より価値のあるものが創造できない。高層ビルを建てられるだけの鉄とコンクリートを入手しながら、その特性を理解していないがゆえに、木造と同じような平屋建て続けているようなものだ、というのが伊藤の例え話。そこに、つづけて海野氏からも、事業計画や資金調達に関する知識も必要だが、「(エンジニアなら)素材の良さや特性を知っているので、ギリギリを責められる。平屋ではなく2階建てにしてみようとか、そういう発想もでてくる」という話があった。
次の話題は「では、日本はどうすればいいのか」。
「日本は良くも悪くもトラディション(伝統)や文化を大切にする」(伊藤)。それが神社、やお寺、茶道のような伝統文化として日本の魅力になっているが、同時に「むかしから偉い人は、今も変わらずずっと偉い」というような考えのもとになり、それが停滞の原因になっている。「米国は一番のお金持ちが一番偉いとか、一番技術できる人が一番偉いというふうにすごく合理的になっている。ただ、そうなるとトラディション捨ててしまって……。そのバランスってとても難しい」(伊藤)
エンジニアが見せる技術の成果物は、革新的であるがゆえに往々にして既存の社会の仕組みをひっくり返すことになる。伝統的な文化を打ち壊してしまうことなく、同時にイノベーションを進めようというのは至難の業だが、それを両立させる新しいスタイルを作って、日本は積み上がった難題を解決しなければならない。
競争や進化をしながらも、全体として調和を保つ。伊藤は「伊勢神宮の森」を例えに出した。
伊勢神宮の森は年々拡張しているわけではなく、その規模は変わらない。しかし森の木々や生物は絶えず競争にさらされており、それゆえ生態系は更新され、調和が保たれている。「木の単位では競争が起きるけれども、森全体では競争が起きなというのと同じで、社会全体は和を保つ。だけどその一つひとつの会社はちゃんと激しく競争する」(伊藤)
起業家がここから学べることは、「アントレプレナー(起業家)は、やはりいつもコンペティション(競争、競合)を感じなきゃいけないけど、コミュニティの中では結構うまくやっていかなくちゃならない」(伊藤)といったことで、「すべてが競争」の米国とは違った日本独自のアントレプレーナシップをこれから作り上げて行く必要があるということだ。
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深く、難しい問題ゆえ、この日のディスカッションでは明確な答えにはとどかなかったが、エンジニアの地位や処遇を企業や組織の中で今後どうすべきか。大企業とスタートアップ、国はそれぞれにどういった支援をすべきか。産学官、日本の社会で活躍する人がそれぞれの立場で考え、議論しなければならないことはまだまだ多い。
『DG CAMP AKIYA Yokosuka City』は、相模湾越しに富士山が望める場所に立つ。カンファレンスやハッカソンに活用できるスペース「Dragon Gate AKIYA」や、宿泊を伴う会議や研修にも利用できるように5部屋の滞在スペースも整えられている。
ここに集い、スタートアップの面々がプロジェクトの直近の課題解決について考えるもよし。産学官のキーマンたちが、伊勢神宮の森ならぬ、秋谷の海を望みながら日本の課題について意見を交わすのもよし。また、遠くに見える富士の峰の風景は、世界中から有力なエンジニアがここに集まる理由にもなるだろう。