宇宙産業は今後ますます拡大・成長していくと期待されているが、その発展に欠かせないのが「宇宙港」の増設だ。現在日本には、北海道スペースポート(北海道)、JAXA内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県)、種子島宇宙センター(鹿児島県)、スペースポート紀伊(和歌山県)、大分空港(大分県)、みやこ下地島空港ターミナル(沖縄県)の6つの宇宙港がある。しかし、この先ロケットの打ち上げ需要が加速度的に増えることが予測されており、これら6拠点だけでは「確実にキャパシティを超えてしまう」と言われている。
こうした中で、新たな宇宙港の実現に向けた取り組みに着手したスタートアップがある。それが「誰もが宇宙にアクセスできる時代を創る」をビジョンに掲げる将来宇宙輸送システム株式会社(本社・東京都中央区、2022年創業)だ。
同社は、今年(2024年)8月より、宇宙港に関心を寄せる17社・1大学とともに、高頻度な宇宙輸送サービスに必要な「次世代型宇宙港(NSP:New Space Port)」のあり方を検討するワーキンググループ(NSP-WG)を立ち上げた。
同社が提唱する次世代型宇宙港とはどういったもので、ワーキンググループはどのような活動を行うのか。ワーキンググループの運営を担う取締役 最高事業責任者CBOの嶋田敬一郎氏と、ビジネス部 宇宙港Gr.の宮永亮佑氏に話を聞いた。
将来宇宙輸送システム社が目指しているのは、宇宙輸送システムの実現だ。これは、大陸二地点間や宇宙空間に人や物を輸送するもので、エンジンや燃料タンクを切り離さない往復可能なロケット(「完全再使用型の単段式宇宙往還機」)を使った高頻度な宇宙輸送を、2040年代に実現するとしている。
高頻度な宇宙輸送を実現するためには地上側の拠点、すなわち宇宙港の増設が欠かせない。ところが、現時点では新たな宇宙港を作る動きはほとんど見られず、「(宇宙港増設の)最初の一歩を後押ししようと立ち上げたのが、今回の次世代型宇宙港ワーキンググループ」だと宮永氏は説明する。
では宮永氏らは、既存の宇宙港の現状をどう捉え、どういった次世代型宇宙港を構築すべきだと考えているのか。既存の宇宙港の課題としてまず指摘したのが「近い将来、ロケットの打ち上げ需要に対応できなくなる」ことだ。
冒頭で触れたように、宇宙産業の成長に伴い、ロケットの打ち上げ数が大幅に増えることが予測されている。これに加え、日米両政府が進める「技術保障協定(TSA)」が締結され、国内射場への米国のロケットの打ち上げ呼び込みが加速すると、「ますます既存の宇宙港だけでは足りなくなる可能性が高まる」という。
また、ロケット開発の主流は、従来の“使い捨て型”から、運用コストを下げられる“再使用型”へと移りつつあるが、既存の宇宙港には、こうした再使用型ロケットが着陸するための設備がない。このため、将来宇宙輸送システム社が宇宙輸送システムを開発しようにも、現状のままでは「実証実験すらできない」とのことだ。
さらには、宇宙港の場所が固定されているため、四季の変化が大きい日本では、天候の影響を受けやすく「天候条件に厳しいロケットの打ち上げは延期が頻発している」ほか、大都市圏から離れているため「アクセス性に課題があり」、「周辺に宿泊施設や商業施設が少ない」ことも改善の余地があるとした。
「これらの課題を克服し、多くの人や物が宇宙輸送される未来の拠点となるのが、私たちが考える次世代型宇宙港です」(宮永氏)
将来宇宙輸送システム社が提唱する次世代型宇宙港のコンセプトのひとつが「洋上移動式」であることだ。これは、沿岸部に拠点を持ちつつ、ロケットの打ち上げや着陸の際には、(自力航行あるいは曳航で)洋上に移動できる宇宙港を指す。
「洋上をピンポイントで埋め立ててしまうものではなく、船舶やメガフロート(超大型浮体)の形で移動できるようにすれば、例えば、夏の台風シーズンには北上したり、冬の降雪シーズンには南下したりすることで、天候悪化による打ち上げ延期のリスクを低下できます」(宮永氏)
さらに、沿岸部の拠点をいくつも設け、そこを洋上移動式の宇宙港が行き来することで「拠点がある地域の人の愛着を醸成できる」ほか、「拠点があるエリアのにぎわい向上や交通網の発達にもつながる」可能性があるという。
「そうなると、もはや宇宙港というひとつのインフラではなく、まちづくりに近い。これが、私たちが構想する次世代型宇宙港のイメージになります」(宮永氏)
「洋上を移動する宇宙港」という発想は非常にユニークで、実現すればさまざまな波及効果を生むことが期待される。だが、実際にこうした宇宙港を作り出すためには、技術的にも経済的にも、さまざまな課題が生じることが予測される。
「そうした課題を解決するための場がワーキンググループ」だと嶋田氏は強調する。
「当社が得意としているのは、最初に『あるべき姿』を描き、そこからバックキャストで実現のための手段や方法を考えるアプローチです。今回も、今の日本に必要であり、海外にもアピールできるような宇宙港の理想像をまず描きました。そして、これを実現するための検討を重ねていく役割をワーキンググループが担います」(嶋田氏)
ワーキング参加者は主に技術面、経済面の課題を洗い出し、その解決策やアイデアの検討を重ねたうえで、次世代型宇宙港開港の気運を高めるためのさまざまなアウトプットを作成する。
「具体的には、年内(2024年)いっぱい頃までに、どんな設備が必要なのか、ビジネス的にどう成り立たせるべきかといったことを検討し、年明け頃から、事業化のロードマップ、事業計画書、対外発信のためのコミュニケーションツール(イラスト、動画、模型など)の作成に着手しようと考えています。こうした活動をどんどん進め、来年(2025年)11月には正式な成果物を公表する予定です」(宮永氏)
次世代型宇宙港ワーキンググループには、宇宙、建設、海運、不動産などさまざま業界の大手企業が参画している。なぜ名だたる企業が参画するに至ったのか。
宮永氏によると、今回のワーキンググループへの参加募集は、宇宙ビジネスに関する展示会「SPEXA」にて参加を呼びかけるなど、ごく一般的な方法だったという。ただし、一点、通常のスタートアップと異なる点として、将来宇宙輸送システムの代表取締役である畑田康二郎氏の存在を挙げた。
畑田氏は、内閣府宇宙開発戦略推進事務局にて「宇宙活動法」「宇宙産業ビジョン2030」の策定や、宇宙ビジネスアイデアコンテスト「S-Booster」の創設に携わった経験を持つ。つまり、日本の宇宙政策のど真ん中にいた人物と言える。
畑田氏の存在は「アウトプットを世に出す際にも大きな意味を持つ」と嶋田氏は続ける。
「ワーキング終了後には、『産官学民』で情報発信を行っていく予定です。その際に、畑田の経験やネットワークが役立つと期待できます」(嶋田氏)
宇宙産業の発展に欠かせない宇宙港の新設に向けた動きは、大いに歓迎すべきことだろう。この先も次世代型宇宙港ワーキンググループの活動を引き続き注視したい。