日本には広大な森林がある。地方創生を進めるにあたり、この森林を活用しない手はないが、林業以外の活用法が見出せていないというのが実情だろう。
そうした中で、林業以外の価値を見出し、地方に新たな経済の循環を生み出そうとするスタートアップがある。秋田県・五城目町(ごじょうめまち)で森林資源を活用した事業創造に挑む株式会社このほし(2021年創業)だ。
同社は、オフグリッドのキャビンを設置し森の中での宿泊体験を提供する「森の宿泊サービスawake」と、森林を相続した個人所有者が抱える悩みを解決する「あなたの山の相談窓口」という2つの事業を開発。今年(2024年)10月に資金調達を実施し、サービス開始に向け準備を進めている。
代表取締役の小原祥嵩氏は兵庫県出身だ。東京でIBMビジネス・コンサルティング・サービス株式会社(現:IBMコンサルティング)に勤めた後、企業や教育機関向けに教育プログラムを開発・提供する会社(ハバタク株式会社)を起業。その事業拠点があった秋田の自然にひかれて移住し、このほし社を立ち上げたというユニークな経歴の持ち主だ。
そんな小原氏に、このほし社の2つの事業の内容や展望、その背景にある地方の森林や山が抱える課題を聞いた。
森林資産を活用した2つの事業
まず「森の宿泊サービスawake」について小原氏は、電力の送電網などと接続しない「オフグリッド」のキャビンを森林に設置して「利用者に森林の中での宿泊体験およびその森林を有する地域の文化や日々の営みを体験してもらうサービス」だと説明する。主な利用対象者には、「都市部に住み、日常の生活が忙しく、何かをゆっくり考えるなどの時間を取れない人」をあげる。
同サービスの特徴は、単なる森の宿を提供するのではなく「思考の整理や変容を促す要素を盛り込んでいること」だ。これは、小原氏が以前起業した会社で教育プログラムの創出を手掛けていた経験を活かすもので、まず利用者に事前に簡単なヒアリングを行う。
「さらにヒアリング内容に関連した『問い』をいくつか用意し、宿泊場所に置いておきます。例えば、『この先取り組んでみたいことはなんですか』『最近最も感動したことはなんですか』といったもので、そうした問いと、それをジャーナリング(その問いにじっくり向き合う)できる書籍やノートパッドなどもご用意し、アイデアや考えを書き出してみるお手伝いができればと。awakeを利用したことでリラックスしたり頭がクリアになったりして、都会に戻った時にパフォーマンスが上がる。そんな文字通り、森の中で目が覚める(awake)体験を提供したいと考えています」
もうひとつの「あなたの山の相談窓口」は、山を相続したが「そもそも山の場所がどこかもわからない」、「所有している山の活用方法を知りたい」といった人が利用対象者となる。
「具体的には、当社の山林の専門家が所有者から代行依頼を受け、公的書類を取り寄せたうえで、山の状況をレポートします。もし所有者が『山を売りたい』『手入れをしたい』とおっしゃれば、関連業者をご紹介するなど、次のアクションに対応したメニューもご用意しています」(小原氏)
既存の調査サービスには、山林にドローンを飛ばしてGPSで正確な位置情報を集める大規模なものもある。しかし、数十万円の費用がかかりハードルが高い。一方、「あなたの山の相談窓口」は数万円から利用できるため、「まずは山の大まかな状況を知りたい」という人には非常に利用しやすいサービスとなっている。
背景には「地域の山が抱える課題」が
こうした事業を開発した背景には「地方の森林や山が抱える課題がある」と小原氏はいう。
小原氏は、ハバタク社の海外拠点であるベトナム・ホーチミンで生活していたが、その自然にひかれ、家族とともに秋田県に移住した。休日には山の中に入り、渓流釣りや山登りをして楽しんでいたが、そのうち地元の子どもが「山で遊ばない」ことに気付いたという。
「その理由は『山が危ないから』だそうです。少子高齢化により、山や川を整備する人手が足りなくなってしまい、子どもたちだけで安全に遊べる場所がなくなってしまったと。加えて、私と同年代の親世代も子どもの頃から『田舎には何もないから早く都会に行きなさい』と言われ育ったこともあり、週末にはショッピングモールで買い物をして過ごす人がほとんどでした」
さらに悪いことに、小原氏が移住してから2年連続、放置された間伐材(間引いた木)が要因のひとつと考えられる大規模な水害があった。かつて林業が盛んだった頃には、間伐材も木材として利用されていた。しかし林業が衰退し、間伐材が山に放置されると、大雨の際にそれが流出。洪水の原因となって地域の暮らしを脅かすことが増えているのだという。
「こうした経緯もあって、山と人との関係性が悪化し、どんどん離れていく状況にありました。外からやって来た我々からすると、山林にはとても豊かな価値があると思うのですが、地元の人は目を向けず、せっかくの資産が眠ってしまっている状態にあったのです」
改善を行政に働きかけようにも、自治体に林業の専門家がいない状態が続いており、頼ることはできなかった。そこで小原氏は、森林の魅力を地域の人に感じてもらおうと一念発起し、ツリーハウスを作るプロジェクトを立ち上げたところ、これが大きな反響を呼んだ。使っていない雑木林を提供する人が出てきたり、ツリーハウス作りを手伝ってくれる人が出てきたりと、大勢が参加した。
「そうした姿を見ていると、山や森林というのは、使い方や遊び方を巧くデザインしたり、滞在のハードルを下げたりすることで、まだまだ人は足を運ぶし、そこで得られる喜びは、地域の活力につながっていくのだという実感が得られました」
これを機に「森林資源を活用した(遊びや学びの)体験を事業化・収益化できないか」と考えるようになる。
「放置されている山林を林業で活用しようとすると、今までの繰り返しになってしまう。そこで、木材生産以外の価値を森林に見出そうと考えた末、森での滞在体験を提供する『awake』の事業にたどり着きました。また、こんな活動をしていると『うちの山はどうしたらいいかな』と相談を多数受けるようになり、『相談窓口』を事業として立ち上げることにしたというわけです」
「法人所有の山」の利活用も視野に
小原氏らの強みは2つある。ひとつが「林業の専門家ではない」ことだ。専門家は「森林活用=木材生産でどう儲けるか」という発想をしがちだが、門外漢である小原氏らは「森で遊ぶ、学ぶコンテンツの事業化」という発想ができた。
「私がハバタク社で担当していたのは、教育や遊びのプログラムを設計し、人が変容していく機会を提供することでした。今は同じことを、森林を舞台に行なっているわけですから、この経歴が大きな強みとなっています」
もうひとつの強みは「林業関係や地域の人々との深いつながりがあること」だ。山林に関する情報は “人づて”でしか出てこない。しかし、小原氏らは秋田の林業関係者や、地域の人たちと深いネットワークを築いているので、そうした情報が入ってきやすいという。
「他の地域へ事業拡大していく際に、その地域の地方銀行と組むことがポイントになると考えています。地元では、地方銀行と一緒に組合や自治体を回ったことで、信頼にある種の“ゲタ”をはかせてもらい、関係をスムーズに築いていけました。これを他の地域にも転用できるのではないかと。合わせて、郵便局など多世代が集まる場所を持つ会社や団体に協力を仰ぎ、特に高齢者向けに情報を発信・収集していくことが重要だと考えています」
現在、主に個人向けにサービスを展開しているが、今後は法人所有の山林も対象にしたいと考えている。すでに鉄道会社から所有している森林の活用方法について相談があり「カーボンクレジットの創出を視野に入れた提案を進めている」とのことだ。
「地域に閉じた活動と見られがちですが、我々はきちんとスケール(事業拡大)するビジネスを展開していくという思いを抱いています。現在シード期の資金調達が終わった段階ですが、早ければ、一年半後には次の調達に動きたいと考えています。そのときにはぜひ多くの方にご助力いただければと思っています」
広大な日本の森林の新たな活用方法が、豊かな自然を有する秋田発のスタートアップによって広がることを期待したい。