日本政府観光局(JNTO)が2024年5月に発表した「2024年4月推計値」によれば、訪日外客数は、2024年3月に308万人に達し、コロナ禍前の単月過去最高の299万人(2019年7月)を上回った。また、「2024年9月推計値」によれば、2024年9月の訪日外客数は287万人(前年同月比31.5%増)で、8ヶ月連続で同月過去最高を記録するなど、コロナ禍前と比べ大幅に増加傾向にある。
訪日客が増えると、不足するのはホテルの部屋だけではない。コロナ禍以前より課題となっていたコインロッカー等の荷物の預け先の不足は、依然として大きな課題のままだ。
こうした社会課題を解決すべく「世界中のモノの循環をなめらかにする」というミッションを掲げ、2015年に創業したのがecbo株式会社だ。同社が実施した調査によれば、旅先で荷物を預けられない観光客は全国で1日あたり約17.6万人、コインロッカーは30万個ほど不足しているという。
そんな状況を改善しようと、同社は2017年1月より荷物預かりサービス「ecbocloak(エクボクローク)」を展開している。
同社代表取締役社長の工藤慎一氏は、「店舗や施設の遊休施設を預かり場所に活用してもらうもので、提携店舗は日本国内、47都道府県に1000店舗以上」と話した。業種としては、「約50業種、カフェやカラオケ、マンガ喫茶、バーや旅行代理店の荷物預かり所などが代表的な施設で、珍しいところでは着物レンタル屋さんや神社、書店などもある」と工藤氏は述べる。「ecbocloak」は、スマホアプリで近辺の荷物預かり可能な施設を検索し、事前予約も可能だ。
利用者の用途は「観光目的」が90%だが、イベント参加や買い物などで荷物を預ける利用シーンもあり、預かるものは「スーツケースだけでなく、コインロッカーに入らないベビーカーやゴルフバッグ、サーフボードや楽器などもある」という。「楽器を学んでいる方が、会社に持っていけない楽器を預け、退勤後ピックアップして教室に向かうというケースもある」と工藤氏は話す。
ビジネスモデルは、利用者からの利用代金を提携店舗とレベニューシェアする。ユーザーメリットは「荷物預かり探しの手間が省けることと、事前予約で確実に利用ができること」、「コインロッカーに入らない大きな荷物を預けられる」ことだ。提携するパートナー施設のメリットは「空きスペースから副収入を得られる」、「来店促進につながる」ことが挙げられる。「荷物預け入れ時と受け取り時には必ずお客様が来店されます。ここで、店舗とお客様の出会いは必ず発生します。『ecbocloak』ならではの独自価値です」と工藤氏は話した。
気になる「荷物の紛失や盗難といったトラブル」に対しては、ユーザーとパートナー双方に安心して利用してもらう仕組みとして「パートナー審査」と「お客様のレビュー」の2点がある。また、システム上の仕組みとしてカードの不正利用防止や、登録時に、「グローバルデータベースで照会し、不審なユーザーはサービス登録から排除する仕組みを導入している」ということだ。さらに、荷物の紛失や破損などの万が一に備え、預かり荷物に対して最大10万円まで補償される保険を自動付帯している。
順調に成長を遂げているように見える「ecbocloak」だが、ここまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。
工藤氏はマカオに生まれ、日本の大学を卒業後、Uber Japan株式会社の立ち上げに参画した。「サービスがカットオーバーし、グローバルの数十カ国、都市で使われるサービスに成長していく過程から、様々な学びを得た」と話す工藤氏は、社会課題を解決するにあたっては、世界中どこでも同じ顧客体験を提供できるビジネスを作りたいとの思いから「ecbocloak」をはじめた。
しかし、2020年の新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、観光業界に大きな打撃を及ぼし、ecbocloakの売上もコロナ前と比べ99%減少。チームもバラバラになり、「当時、30名いたスタッフは私を含め2名になってしまった」と、サービス立ち上げから3年後に、それまで築いてきたビジネス基盤がほぼゼロになる経験をした。
工藤氏自身も「挫折の中で、自信を失い、他人と比較したり、自分のビジョンを見失ったりする状態に陥ることがあった」そうだが、そこから「内省」ともいうべき時期を過ごした。「従業員や元従業員、株主、親友など、自分の周囲の人と対話し、見失いつつあった自分のやりたいことを思い出すことができた」と工藤氏は当時を振り返る。
また、株主もecbocloakビジネスモデルの可能性を信じ、後押ししてくれた。株主との定例ミーティングでも報告事項は、事業整理の話ばかりだったにも関わらず「今の状況は災害のようなもの、無限に続くものではないと励まされた」という。
こうした経験から「挫折の怖さを知ったことが財産になっている」と工藤氏は話す。会社の陣容も海外を合わせて20名程度まで戻り、売上規模はコロナ前の3〜4倍まで成長した。「今は『自分たちの会社が世界に通じる。楽しいと感じるビジネスをしていきたい』というマインドになれた」。
2025年に開催される大阪・関西万博においては、セイノーHDと共同で「大阪・関西万博公式の荷物預かり所」として、会場外で来場者の荷物預かりサービス及び荷物の配送サービスを提供していくことに決まった。
今後は、サービス利用のユーザーが増え、預かり店舗数が不足している課題を解決すべく、国内における提携店舗を増やしていくことがテーマだ。
また、サービスの拡張にも取り組む。荷物預かりの「ecbocloak」と、2019年9月より展開中の宅配物受け取りサービス「ecbopickup」に加え、「配送やレンタルの領域でサービスを拡充し、荷物の管理プラットフォームとしての『ecbo』ブランドをさらに強固なものにしていく」と工藤氏は述べる。
最後に、今後の資金調達計画だが、2024年6月にシリーズBの資金調達が終わったところで、2025年の万博に向けた次の資金調達を目下、準備中だという。工藤氏は、「今後は国内ビジネスに向けた経営体質強化と併せ、海外展開に向けた経営体制の強化を考えている」とし、IPOについては、「IR的にも事業基盤的にも、数百億円規模の売上が視野に入ってきた段階で考えたい」と締めくくった。