2025年は「ウェアラブルAI(人工知能)」がトレンドになりそうだ。米国のビッグテックの参入だけではない。新興分野のハードウェア開発では圧倒的な実力を持つ中国では、大手スマートフォンメーカーのシャオミ、動画アプリ「ティックトック」を擁するバイトダンスなどの大手企業が動きを加速させている。
ウェアラブルAIの動きを紹介する前に、まず生成AIの“実用的価値”について触れておこう。
ChatGPTの登場以来、生成AIへの注目は続いている。注目される理由のひとつは、「AIがそのうち人間にとってかわる」というビッグストーリーだ。AIが人類の知能を超えるシンギュラリティは近いのではないか、そこまで到達しなくても、自ら考え行動するAIエージェントがまもなく出現するのではないか。そうなれば、既存の雇用の多くが失われるだろう……。誰もが気になるテーマだが、まだ未来の話だ。いつ実現できるのかは専門家の間でも議論が分かれている。
こうした未来への技術開発と並行して進んでいるのが、現時点の技術を効果的に使いこなす取り組みだ。プログラミング支援のようにすでに圧倒的な成果を出している分野もあるが、日々の仕事に上手く活用できる場面が意外となく、はたして、現時点での生成AIはどれほど仕事に役立つのだろうかと考える人も多い。
この点について、国際経営開発研究所(IMD)ビジネススクールのリチャード・ボールドウィン教授が、経済産業研究所主催のセミナーで発表した内容は刺激的なものだった。講演動画が公開されているのでぜひご覧いただきたいが、特に印象的だったのは下記の実験だ。
アメリカと南アフリカの労働者が、AIを「使った場合」と「使わなかった場合」それぞれについて、タスクを完成させるために必要な時間がどれだけ減少したか、質がどれだけ向上したかを調べる実験を行っている。「メールのドラフト作成」「クリエイティブの制作」「売上データの分析」という3つのタスクで調べたところ、AIを使ったほうがいずれもタスク完了までの時間が短縮した。
短縮できた時間数はハイスキルのアメリカ労働者よりも、ロースキルの南アフリカの労働者のほうが多かった。また、完成した成果物について、アメリカと南アフリカの労働者のどちらが作成したものかを判定させる実験を行った結果、AIを使用しない仕事については、60%の確率で見分ける事ができたが、AIを使って仕事をした場合はクオリティの差で、どちらの国の労働者の成果物かを見分けることができなくなった。
つまり、メール作成やデータ分析といった、ホワイトカラー職によくある仕事については、効率化や仕事の質を均質化させるツールとしての役割はすでに完成しているというわけだ。
確かに私も仕事では生成AIのお世話になっている。最近では、グーグルスプレッドシートで株価のデータを取得してグラフを作るようになったのだが、そのやり方についてはAIに教えてもらった。最初に教えてもらったコードではうまくいかなかったが、もう一度聞き直すと、AIは自身の間違いを認めて、別のやり方を教えてくれる。
このように、生成AIの実用的価値が認識されていくと、次はどのようなスタイルで使うのか、どんな端末で使うのかという課題が浮上してくる。
2024年はAI処理性能を高めたPCやスマートフォンが多数発売された。マイクロソフトは「Copilot+PC」という新たなカテゴリを打ち出した。iPhoneにはAppleインテリジェンスというAIが搭載された(日本語版は2025年以降)。現在、主流の情報通信端末であるPCとスマートフォンのAI搭載は自然な流れだろう。
だが、もっと便利にAIを使う方法の模索が始まっている。それが「ウェアラブルAI」だ。具体的にはARグラスを通じて、常にAIにアクセスできるようにするという発想である。スマホを取り出さなくても、ARグラスを装着して話しかければ回答が得られる。グラスに写し出された光景についても、質問すれば答えが得られるという仕組みだ。スマホとは異なりハンズフリー、つまり自分の両手は空いている。音声で質問しながら、手はAIの教えてくれた通りに作業するといったことができる。
2024年はARグラス関連の発表が多かった。グーグルは12月12日にXR端末向けのOS「Android XR」を発表した。AIを組み込み、音声やカメラからの画像入力で操作するという構想だ。メタの新型ARグラス「オリオン」も9月に発表された。
米国企業の動きは日本メディアでもフォローされていることが多いが、実は中国のビッグテックの間でも動きが加速している。XrealやRokidなどのARグラス・ベンチャーが開発を加速させているほか、ファーウェイ、テンセント、バイドゥ、バイトダンス、OPPO、VIVOなどの企業もARグラスに参入する計画だ。
昨年、中国では多数の企業が生成AI分野に参入、その過熱ぶりは「百模大戦」(百のAIモデルの戦争)と称された。今度は「百鏡大戦」(百のARグラスの戦争)になると、中国経済メディア・財聯社は報じている。
この参入ラッシュによってプロダクトの進化が一気に進み、ARグラスが普及するのではないか、2024年は「AR元年」になる。そうした期待がある一方で、今回もまた空振りに終わる可能性も否定できない。というのも、ARグラスは2015年ごろから何度も“元年”を迎えてきたからだ。
革新的なヘッドマウントディスプレイ「オキュラス」の登場、VRゲーム、メタバース、空間コンピューティングなど、“元年”をもたらした主役は年ごとに異なるが、そのたびごとに投資が過熱、しばらくして冷え込むという周期を繰り返してきた。
なぜARグラスは普及しないのか。いくつかの要因がある。スマートフォンのように誰でもすぐなじめる直感的な操作方法がない、使えるシーンが限られる、ディスプレイやチップ、バッテリーなどの技術的な制限などの課題がネックとなってきた。それらは次第に解決に向かっているが、今回の「ウェアラブルAI」が真の“元年”となるかは未知数だ。
とはいえ、今度こそはと期待できる面も強い。一つには操作方法として音声が一般化しつつあることがあげられる。中国では、テレビや照明器具、エアコンなど家電の音声操作がすでに普及している。さらにEV(電気自動車)では車内設備を音声で動かす機能が通常装備となりつつある。
そして、第二に、前述したとおり生成AIの実用性が明らかになっていることがあげられる。仕事や日常をちょっと便利にするAI、普通の検索よりも手軽に情報を入手できるAIといった活用法が広がっていく中、常にAIにアクセスできる状態でいたいというニーズが生まれつつある。
第三に、ウェアラブルAIが持つ潜在的市場の巨大さだ。過去何度もブームが崩壊しても、新たなブームのたびに資本が戻ってくるのはこのためだ。キーボードとマウスで操作するパソコンの誕生、タッチパネルによるスマートフォンの誕生はいずれも巨大市場を生んだ。どれだけ失敗のリスクが高くとも、ポスト・スマホの新市場には絶対に乗り遅れたくないのが資本の論理だ。
こうした要因が重なった今、ついにARグラスは普及の突破口を迎えるのではないか。2025年注目のテックトレンドだ。