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中華料理の標準化を目指す T-Chefの調理ロボット

T-Chefスマート調理ロボットと耿凯平CEO

T-Chefスマート調理ロボットと耿凯平CEO

「世界中に中華料理屋はあるのに、なんでチェーン店はアメリカや日本ばかりなんだ?中華料理はもっと標準化できるはずだ」

 インタビューの冒頭、2023年に年間5000万元の売り上げを記録し、ここ数年は年間3-4倍と急成長中の調理ロボット会社、深センT-chef Technology Co., Ltd.(智谷天厨科技有限公司)の耿凱平CEOは語り出した。

自動化が難しい中華料理に取り組むT-Chef

 T-Chefの主力製品はスマート調理ロボットだ。レストランの規模、提供する料理のサイズによって様々な種類があるが、いずれも1台のロボットで複数の料理をその場で調理することができ、一人のシェフが同時に3〜4台のロボットを扱うことで、100人規模の顧客に対して、複数のメニューを短時間で提供することができる。

 仕込んだ材料をもとに、全自動でチャーハンを調理する様子を見せてもらった。

事前に仕込んでおいた材料を、プロの料理人と同じように調理するT-Chefのロボット

(動画を)見ての通り、調理そのものは3分間かからず終わるが、油を温めて卵を投入するところから、肉やコメを投入し、最後に香味野菜を入れて仕上げるところまで、細かく火力を調整し続けている。また、かき混ぜるヘラも単なる焦げ付き防止でなく、チャーハンがとびださんばかりに大きくかき混ぜている。

 外見から、家庭用の自動調理鍋を大きくしたものを想像していたが、実際の動作や出来上がる料理はかなり異なる。T-Chefのロボットは料理人にとってバラツキが出る部分を標準化するのがゴールで、料理の手順を省くための製品とは目的が違うようだ。

見事な炒めぶりのチャーハン
見事な炒めぶりのチャーハン

 完成したチャーハンは、筆者が中国で食べている平均値よりもかなり上だった。

「T-Chefの製品は、プロの中華料理屋に向けて提供しているものだ。材料の仕込みを事前にやっておけば、昼休みなどのピークタイムで大勢のお客さんが店に来ても、少人数のシェフで短時間にクオリティの高い料理を提供できる」(耿凱平CEO)

 中華料理は、作り置きや温め直しには向いていない。炒め物が多く、かつそれぞれの炒め物は最初に油を温めるところから、鍋に入れる材料の順番、火力と炒め方の調整、調味料を入れる順番とタイミングがどれも重要で、しくじると味が大きく変わってしまう。

製品説明をしてくれた王CFO
製品説明をしてくれた王CFO

 T-Chefのロボットは開発時に、混ぜるヘラの構造や、大型のものでは鍋全体を振る洗濯機のような構造を試行錯誤し続けている。また、火力の調整や調味料を入れる量の調整などではAIも活用している。ガスの火力は一定ではないし、食材の状態や量などで全体の温度は変わってしまうが、その時々の調理の段階で、最適に保たないとならない。かき混ぜる部分ではメカニカルな工夫が、温度やプロセスの管理ではセンサーや制御、そしてAIの工夫が必要だ。

「より自動化調理に向いた複合調味料など、食材メーカーとも協業中だが、それで味が落ちるのは本意ではない」と、製品説明を担当してくれた同社CFOの王亚文は語る。

マクドナルドに触発され料理店向けロボットを作り始める

 マクドナルドチェーンを世界中に広げた、マクドナルド・コーポレーションの創業者レイ・クロックの半生を描いた2016年製作の映画『ファウンダー ハンバーガー帝国の秘密』は、同名の書籍含めて中国でもヒットした。中国の大手金属加工機(CNC)企業で働いていた耿凱平CEOは、この書籍から冒頭の「マクドナルドは世界中にあり、中華料理屋も世界中にあるのに、なぜ中華料理屋はチェーン店になっていないのだろう?」という疑問を抱き、それが起業に繫がった。

 日本やアメリカに比べて、中国はチェーン店の存在感があまりない。大都市を歩いていても、もっとも目につくのは、マクドナルドやスターバックスといったアメリカのチェーン店、サイゼリヤや吉野家といった日本のチェーン店だ。耿CEOはそこにビジネスの可能性を見て、専門である自動化ロボット技術を調理ロボとして活用しようと起業した。

調理ロボットを作るため、まずレストランを作って料理を提供

 2018年11月に起業してから最初に手掛けたのは、チェーン展開可能なクオリティで実際に料理を提供するレストランの開業だ。「大々的に製品を売り出したのは起業してから4年後。それまではレストランの立ち上げに協力し、実際にロボットを使ってレストランを運営していた。」そのレストラン「面巷」は多くの支店を抱えるチェーン店として今も営業している。

「面巷」店舗でT-Chef調理ロボが稼働する様子 (動画提供:T-Chef)

「日本車が80-90年代にアメリカで大成功したのは、アメリカ顧客について理解していたことが原因でしょう。我々もまずレストランチェーンとは何か、どういう要求があるのかを理解するために面巷チェーンの立ち上げに協力した。T-Chefのロボットを使ったチェーンが成功し始めたのを見て、製品を売り出すタイミングだと判断した」と耿CEOは語る。

もっともニーズが大きいのは海外、日本でも販売中

 中華料理屋は世界中にあり、華僑の多い東南アジアには特に多い。人件費の高騰や労働者の高齢化は、中国大陸よりも香港・シンガポールなどで急速に進んでいる。T-Chefのロボットが本格販売後、最初にヒットしたのは香港やシンガポールなど、海外の中華料理チェーンだという。特に香港の有名チェーン「大家楽(Café de Coral)」は最初期からの大手クライアントだ。日本の四川料理チェーン「麻辣大学」もT-Chefのロボットを導入している。

事業は拡大中。Huaweiなどは社員食堂で利用
事業は拡大中。社員食堂で利用する企業も

「中国国内より海外の方が人件費削減の要求が高い。また、海外の方が最適なシェフが見つからないことが多い。たとえば四川料理は人気だが、どの国でも簡単に四川から来ているシェフを見つけるのは難しい。自分たちのロボットが海外でまずヒットしているのはそういうことだと思う。

「麻辣大学」に同社製品を導入した際には日本に行き、そのマーケットを見てきた。日本料理の多くは調理法が違うが、日本の中華料理屋はマーケットになりうる。東南アジア、東アジアで販売を広げていくのはまだまだ可能だ。「T-Chefのロボットは、ベトナム料理やタイ料理などにも対応できるだろう。」と耿CEOは語る。

 中国社会は急成長の時代が終わり、経済的にも社会的にも質を向上させていくタイミングにある。大規模にT-Chefのロボットを導入すれば、購買や調理プロセスの最適化などにも可能性が広がる。同社はそうしたキッチン全体のスマート化についてもソリューションを開発している。

 中国経済全体が減速する中、こうした省力化とクオリティ向上を両立させるロボット企業が、今後も深センから多く生まれてきそうだ。

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オープンソースハードウェア、メイカームーブメントのアクティビスト。IoT開発ボードの製造販売企業(株)スイッチサイエンスにて事業開発を担当。 現在は中国深圳在住。ニコ技深圳コミュニティCo-Founderとして、ハードウェアスタートアップの支援やスタートアップエコシステムの研究を行っている。早稲田大学ビジネススクール招聘研究員、ガレージスミダ研究所主席研究員。著書に第37回大平正芳記念賞特別賞を受賞したプロトタイプシティ』(KADOKAWA)、『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など。