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アメリカではサブスク疲れの視聴者に人気 テレビ業界も注目する動画チャンネルFASTとは

NYで行われたNewsTECHForumセッションの様子(写真撮影はすべて 新垣謙太郎)

NYで行われたNewsTECHForumセッションの様子(写真撮影はすべて 新垣謙太郎)

 NetflixやHulu、ディズニープラスなど多くの動画配信サービスが広まって久しいが、サブスクリプション・サービス(以下、サブスク)の出費が年々かさみ、新年を迎え、そうしたサブスクを見直そうと決心した読者も多いのではないだろうか。近年「サブスク疲れ」や「サブスク貧乏」などの言葉を耳にすることも多くなったが、いまだ物価高騰に苦しむアメリカではFAST(ファスト)と呼ばれる、無料で視聴可能な広告付き動画配信サービスに注目が集まっている。

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 先月ニューヨークでテレビ業界関係者が集まるイベントが開催され、その中で「ストリーミング&FASTニュース3.0」と題したパネルディスカッションが行われた。

 パネルディスカッションには、米3大ネットワークのひとつであるNBCテレビやケーブルチャンネルのFOX、デジタルで天気情報を提供するWeather Companyの担当者などが参加し、新たな動画配信プラットフォームとしてのFASTの重要性について語った。

 現在アメリカにおけるテレビ視聴スタイルは多様化し、地上波やケーブルテレビを通した従来型放送から、インターネットを通したデジタルでの視聴者が増加している。それにともない、米国デジタル広告の業界団体Interactive Advertising Bureauが昨年4月に発表した報告書(※1)によると、広告収入も2024年に初めてデジタル放送が従来の放送を超えるとみられている。

NBCのグランデ氏(中央)
NBCのグランデ氏(中央)

 テレビ業界全体における広告収入の減少が続くなか、デジタル広告収入の確保は急務だ。パネルディスカッションに参加したNBCのストリーミング・ニュース部門を担当するアンジー・グランデ氏によると、同テレビ局は2022年以来11ヵ所の系列局と提携し、インターネット上で24時間ローカル・ニュースを放送するFASTチャンネルを提供しているという。

「私たちの(デジタル)戦略としては、最初からなるべく多くのプラットフォーム上に存在感を示すことでした。現在ある11のローカル局以外にも、今後さらにFASTチャンネル数を増やす予定です」(アンジー・グランデ氏、NBCUniversal Local)

 FASTは大手テレビ局だけではなく、すでにサブスク型の配信を手掛けているAmazon Prime Videoなどの動画配信サービスや、サムスンなどのTVメーカなども注目し、アメリカ市場で急速に拡大している。

■ FASTとは

 FASTとはFree Advertising-Supported Streaming Television(無料広告付きストリーミングTV)の略であるが、2013年にカリフォルニア州でPluto TV(現在はCBSテレビの親会社であるパラマウントが所有)が設立されて以来、現在では20以上のFASTプロバイダーがアメリカには存在する。

 FASTの特徴は、サブスク型の有料動画配信サービスと違い、広告が付くことによって無料で視聴が可能なこと。また、従来の地上波やケーブルテレビとは違い、インターネットがあれば視聴可能なため、契約を結んだりユーザー登録なしでもスマートフォンやタブレット、パソコン上などで、アプリケーションやブラウザーを通して観ることができる。

 NetflixやHuluなどと同じくオンデマンドで特定のテレビ番組や映画などを観ることも可能であるが、FASTの最大の特徴は従来のリニア放送(日本の従来型のテレビと同じく、事前に決められた放送予定に従って番組をリアルタイムで配信する放送)での視聴が可能であるところにあるだろう。

FOX系のTubi(画面キャプチャ)
FOX系のTubi(画面キャプチャ)

 日本の従来型のテレビとは異なるのは、Pluto TVだけで、CBS系列局のローカル・ニュースやCNNなどのニュースチャンネル以外にも、スポーツや旅行、子ども向け番組など、さまざまなカテゴリーに特化された250以上のチャンネルを24時間視聴することができること。さらに数千の映画や過去のドラマ番組などは、オンデマンドで観ることができる。

 FASTの名付け親といわれているTV業界アナリストのアラン・ウォルク氏によると、現在あるFASTプロバイダーは以下の3種類に分けられるという。ひとつは大手メディア企業(パラマウントのPluto TV、FOXのTubi、コムキャストのXumoなど)によるもの。そして、ストリーミング・テレビ端末会社(Roku、TCL、サムスンなど)が提供するもの。最後に独立系企業(Plexなど)である。

 また、FASTを専門とするアナリストのギャビン・ブリッジ氏によると、2020年6月には516あったFASTチャンネル数は、2024年6月には4倍近くの1,948にも急増したという調査結果がある。

■ FAST市場の拡大

 ニューヨークを拠点とする市場調査会社のKBV Researchが2023年8月に発表したレポートによると、FASTの世界市場規模は2019年に43億ドル(約6800億円)だったのが、2022年には68億ドル(約1兆700億万円)に拡大している。さらにこの先2030年には207億ドル(約3兆2700億円)の市場規模にまで成長すると予測している。

 また、アメリカ市場におけるFAST利用者数は2017年には4660万人だったのが、2023年には約1.5倍の7030万人まで増加したとの統計も出ている。

 FASTの成長の理由として、米メディア分析会社のWhip Mediaは3つの理由を上げている(※2)。1つ目は、視聴者の「サブスク疲れ(subscription fatigue)」である。同社の調査によると、アメリカの1世帯における動画ストリーミング関連のサブスク数は平均4.7(2023年)に達し、サブスクの量とコンテンツの選択肢の多さに視聴者が辟易しているという。

 2つ目には、サブスク料の高騰。同社によると、調査した世帯のうち85%が「(サブスク料が)高すぎる」と回答した。3つ目は、大手テレビ局などのコンテンツ制作者側からの視点からで、FASTに提供するコンテンツは以前放送されたテレビ番組や映画などの再放送が多く、制作費がほとんどかからないことをあげている。

 また、同調査によると「いくつもあるサブスク・プラットフォーム上で、コンテンツを探す時間がもったいない」と多くの視聴者が感じているとし、「これまで慣れ親しんできた(リニア形式の)テレビ視聴スタイルの使い心地のよさ」を求めているとしている。

 しかし、FAST人気の理由はユーザーの財布事情や、使いやすさだけではないようだ。

■ FAST大国アメリカ

 FASTは主に北米やイギリスなどの西ヨーロッパ、オーストラリアなどで普及しているが、世界市場シェアの約90%を現在アメリカが占めているといわれている。

アメリカで普及するCTV
アメリカで普及するCTV

 その理由として、アメリカにおけるコネクティッドTV(以下、CTV)の高い普及率があげられる。CTVには、スマートテレビやRokuなどのストリーミング・デバイス、そしてゲーム機などを介してインターネットに接続するテレビ端末が含まれるが、全米世帯の約88%が少なくともCTVを1台持っているとみられる。(日本での普及率は2023年時点で59.6%)

 CTVの中には従来のテレビとは違い、地上波放送を観るためのチューナーが付いていないものも多く出回っていて、通常のテレビと比べて比較的安い値段で購入できるため、最初から地上波放送の視聴を念頭においていないユーザーもアメリカには多い。

 また、アメリカでは従来のケーブルテレビや衛星テレビなどに有料で加入していた利用者が年々減少しており、こうした人たちは「コードカッター(コードを切る人という意味)」と呼ばれている。 

 市場調査会社のeMarketerによると、2021〜2022年の1年間でアメリカの650万世帯が有料テレビを解約し、同社が調査開始してから初めて有料テレビを契約している世帯数が全体の半数を割った。また専門家は、これらの「コードカッター」の多くが無料で視聴可能なFASTに流れているとの見方も示している。

■ ライブ配信を拡大するFAST

 CTVの高い普及率、そしてコードカッターの増加がアメリカ市場におけるFASTの拡大を後押ししている。こうした変化を受けてテレビ業界も、自社のFASTチャンネルに視聴者を取り込むためさまざまな試みを行っている。

 前述のパネルディスカッションでは、FASTやストリーミング・プラットフォーム上に多くの視聴者をひきつけるには、リアルタイムで動画を配信するニュースやスポーツなどのライブ番組こそが最も重要なコンテンツであると、参加していたすべてのパネリストが賛同していた。

FOXのストーン氏(右)
FOXのストーン氏(右)

 FOXは2014年に24時間ニュース動画配信サービス「LiveNOW from FOX」を立ち上げたが、これを2022年からはFASTチャンネルとして、AmazonのFire TVやTubiなどでも視聴できるようにした。

 パネリストの1人であるFOXテレビのエミリー・ストーン氏(デジタル・コンテンツ担当)は「私たちはFAST上で24時間、7日間ずっと(ニュースの)ライブ番組を配信していますが、LiveNow from FOXの目標は他のチャンネルよりもより多くのライブ映像を送り届けることにあります。それこそが、視聴者が求めているものだからです」とパネルディスカッションで強調した。

 また、番組のなかではリアルタイムの視聴者数を表示するなど、インターネットを通した「ライブ番組」でしかできない工夫を取り入れているとストーン氏は語った。

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 新聞や雑誌、テレビなど「オールド・メディア」と呼ばれるメディア業界における広告収入は世界的にも年々減少傾向にあるが、今回の取材を通して視聴者は必ずしも「テレビ離れ」している訳では無いのではないかと考えさせられた。視聴スタイルが多様化するなかで、これからの課題はいかに視聴者のニーズに合った、使いやすいプラットフォームを提供できるかが重要になってくるのであろう。

※1「2024 DIGITAL VIDEO AD SPEND& STRATEGYREPORT PART ONE」: MARKET SIZE &GROWTH PROJECTIONS APRIL 2024 (https://whipmedia.com/wp-content/uploads/2023/04/The-Rise-of-Fast-Channels_2023.pdf)

※2「The Rise of FAST Channels」— And the Challenges That Come With It White Paper | Whip Media April 2023(https://whipmedia.com/wp-content/uploads/2023/04/The-Rise-of-Fast-Channels_2023.pdf)

Written by
ニューヨーク在住フリージャーナリスト。米首都ワシントンのアメリカン大学国際関係学科を卒業後、現地NGOジャーナリスト国際センター(ICFJ)に勤務。その後TBSニューヨーク支局での報道ディレクターの経験を経て、現在フリージャーナリストとして日本とアメリカで活動中。東京都出身。