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宇宙での「食体験向上デバイス」や「宇宙天気予報AI」も登場 S-Booster2024最終選抜会

「S-Booster2024最終選抜会」で最優秀賞を受賞したSpace Weather Companyの高崎宏之氏(中央)

「S-Booster2024最終選抜会」で最優秀賞を受賞したSpace Weather Companyの高崎宏之氏(中央)

 2025年1月16日、室町三井ホール&カンファレンス(東京都中央区)にて、内閣府主催の「S-Booster2024最終選抜会」が開催された。

 S-Boosterとは、アジア・オセアニア地域のスタートアップや企業、起業家を対象とした、宇宙分野のビジネスアイデアコンテストだ。一次選抜(書類)、二次選抜(面接)を潜り抜けた参加者は、専門家による数ヶ月間のメンタリングを受け、ブラッシュアップしたビジネスアイデアを最終選抜会にて発表する。今回は11チームの代表者が登壇し、それぞれ5分間のピッチを行った。

味覚調整デバイスで宇宙での食体験を向上

 会場の大きな関心を集めていたのが、名古屋大学発のスタートアップ・株式会社UBeingの代表取締役CEO で、医師としても活動する福島大喜氏の「umaiNa(ウマイナ)宇宙・地上で食体験を劇的に向上させる」と題された発表だ。

登壇中の福島氏

 福島氏が提案したのは、電気刺激味覚調整デバイス「umaiNa」により、宇宙滞在者や減塩生活が必要な人に健康な生活と食の楽しみを提供するアイデアだ。

 宇宙環境において、食事は心身の健康を保ちミッションを継続するための重要な習慣となる。しかし、福島氏によると、宇宙では味覚が低下する傾向にあるうえ、宇宙食の味のバリエーションが少ないことから、宇宙飛行士の食欲が低下しがちだという。実際に宇宙飛行士の健康管理を担うフライトサージェントに話を聞くと、「味が薄くなった」「食欲が減退した」といった声が聞こえてくるとのことだ。

 また、今後宇宙旅行サービスが広まることなどで、一般滞在者の増加が見込まれるが、味が濃い宇宙食を食べ続けることで生活習慣病になる可能性が高まるという。

 一方、地上では「塩分の過剰摂取」が世界的な課題となっており、もしこの課題が解決できた場合、「医療費は年間2兆円ほど削減でき、年間200万人近い人を救える」と福島氏は強調する。

「この宇宙と地上における課題の解決に挑むのが、我々が開発する『umaiNa』による“おいしい減塩”の実現です」

電気刺激味覚調整デバイス「umaiNa」

 福島氏らが開発している電気刺激味覚調整デバイス「umaiNa」は、あごに貼ると、皮膚から電気刺激を与え、舌が感じる「塩味と旨みを約1.4倍に増やす」という。

 実際に「umaiNa」を装着した同社のメンバーが、減塩タイプの味噌汁を食べたところ、「塩味、旨みが通常の味噌汁レベルまで上昇した」とのことだ。さらに介護施設や病院などでヒアリングを行うと、「食事がおいしくなった」「味が濃くなった」といった評価が返ってきており、「脳卒中患者さんでも味が増強することを、世界で初めて論文発表させてもらった」と福島氏は胸を張る。

 同社では、すでに多くの医療機関、食品会社などと連携しながら事業を推進している。宇宙領域に関しても、「宇宙航空環境医学会での発表と、(岐阜医療科学大学田中教授と)重力変化環境下での研究準備をしている」と、地上と宇宙の両方で事業活動や研究開発が進みつつあることをアピールした。

 最後に福島氏は、「2025年度中にマスク型『umaiNa』を販売、2027年にはIoT対応し、2031年に小型化・宇宙領域での利用を開始する予定」だと述べ、来場者およびリモート視聴者に広く支援を訴えた。

宇宙天気予報AIを活用しデブリ衝突を回避

登壇中の高崎氏

 もうひとつ、来場者の強い興味を引いていたのが、Space Weather Companyチームの高崎宏之氏(京都大学 生存圏研究所 特任准教授)による「宇宙天気予報AIによる衛星のデブリ衝突回避の実現」と題された発表だ。

 ここ数年、宇宙産業は急速に拡大している。特に、地球に近い低軌道には、人工衛星が毎年2千機以上も打ち上げられ、それに応じて宇宙デブリ(衛星の残骸や破片)の数も増えており「衛星運用者の業務負担が急増している」と高崎氏は指摘する。

「現在、衛星運用者は、毎日300件以上、デブリ衝突アラートを受け取り、年間5000時間以上も詳細な軌道分析を行わなければなりません。しかも3年後(2028年)には、この衝突回避の頻度は現在の約40倍にも増えると言われています」

 これに加え、太陽活動の影響で低軌道において「深刻な経済的損失も起きている」と高崎氏は続ける。

「低軌道では、太陽活動によって突発的に地球大気が変化し、大気抵抗(物体が大気中を移動するときに受ける抵抗)が増加し、予期せず衛星が落下してしまう事案が起きています。これによりスペースX社は2年前、38機も衛星が落下し、150億円もの巨額損失を出しています」

 そこで高崎氏は、同チームが専門とする宇宙天気予報とAI技術を駆使して、デブリの軌道変化と大気変動を高精度に予測し「衛星運用者の業務負担軽減」と「突発的な衛星の落下防止」という2つの課題を解決するアイデアを提案した。

 高崎氏によると、太陽の影響は(下図、左側赤枠内の)「太陽」から「太陽風」(宇宙空間)、「地球大気」へと伝播し、これらの複雑な相互作用によって、デブリ軌道や地球大気の変化が起こる。しかし、従来の予測手法は、地球近傍の「地球大気」のデータのみを用いて計算されるため、「太陽活動が活発になると、大きな予測誤差が発生する」という。

Space Weather Company社が開発する予測技術

 これに対して高崎氏らは、変化の大元である太陽に関する膨大なデータと最新研究成果をAIに機械学習させた。これにより、従来手法では対応できなかった急激な変化の影響を正確に予測することに成功したとのことだ。

「我々が開発したAIによって、これまで毎日300回以上受けていたデブリ衝突アラートは3日に1回の頻度にまで減らすことができました。さらに突発的な衛星の落下防止についても、(リスクがある軌道を)従来の1000倍も高精度に7日先まで予測可能になりました」

 さらに高崎氏は、これら予測技術に加え、微小デブリを観測できる専門レーダーの開発も検討しており、「これまで観測できなかった1cmから10cmという小さくて危険なデブリ(の観測)にもチャレンジする」と宣言。加えて、将来的には、NASAのアルテミス計画の実施に合わせて同社のAIの利用対象を拡大するとし「2030年には磁気嵐による通信障害回避サービス」を「2035年には月面活動の放射線被曝回避サービス」を提供し「ユニコーンを目指します」と力強くアピールしピッチを終えた。

* * *

 審査の結果、UBeingは、「スポンサー賞(大正製薬賞、Honda R&D賞)」を受賞。Space Weather Companyは、「スポンサー賞(ANAホールディングス賞、スカパーJSAT賞)」と「最優秀賞」を受賞した。

 筆者は2018年よりS-Booster最終選抜会をほぼ毎年取材しているが、今回は、発表されるビジネスアイデアの質やレベルが以前より向上しているのを感じた。その背景には、「宇宙が新たな事業を創出できる場である」との認識が一層広まったことがあるだろう。この熱気の高まりが、ひとつでも多くの事業の実現につながることを期待したい。

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