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豊田自動織機がフォークリフトの出荷作業を最適化する擬似量子システムを導入 その効果と展望は

株式会社豊田自動織機は、フォークリフトの出荷作業を最適化する擬似量子システムを導入した(画像はイメージです)

株式会社豊田自動織機は、フォークリフトの出荷作業を最適化する擬似量子システムを導入した(画像はイメージです)

 近年、量子コンピューター(ゲート型)の開発で最大の課題のひとつである量子エラーを訂正する手法が複数開発され、実用化に向けた動きが一段と加速している。

 一方、組合せ最適化問題を解くことに特化した量子アニーリングマシン(アニーリング型)はすでにビジネス現場への導入が進んでいる。これまで当媒体ではそうした事例をいくつか紹介(※)してきたが、今回は、量子現象をヒントに開発された最適化エンジンを従来のコンピューター上で稼働させる量子インスパイアド(シミュレーテッド・アニーリング)の活用事例を紹介したい。

※『量子コンピューターで「2024年問題」に挑む トラック運転手不足解消に活用』、『航空機の整備計画が10分で完成 航空業界における量子コンピューター活用事例

 株式会社豊田自動織機(本社:愛知県刈谷市)と株式会社豊田自動織機ITソリューションズ(愛知県刈谷市)、日本電気株式会社(本社:東京都港区、以下、NEC)が共同開発した「量子コンピューティング技術を活用したフォークリフト出荷時の荷積みと配車を最適化するシステム」がそれだ。

 同システムの開発を担当した豊田自動織機 トヨタL&Fカンパニー 生産管理部 国内物流室 国内グループの澤田陽介氏と、NECグローバルイノベーションビジネスユニット 量子コンピューティング統括部の中村暢達氏、NECエンタープライズビジネスユニット モビリティソリューション統括部 第八インテグレーショングループの北村祐貴氏に話を聞いた。

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豊田自動織機の高浜工場にて、荷積みされたフォークリフト(画像提供:NEC)

 豊田自動織機は、倉庫や工場で使うフォークリフトの製造を主な事業のひとつとする会社だ。同社の高浜工場では、日本国内向けに年間約4万台のフォークリフトを生産し、日本全国に出荷している。その際、輸送トラックにフォークリフトを積み込み、配送計画を立てる作業が発生するが、この作業が課題になっていたという。

 フォークリフトはその用途や目的に応じて、形状や重さが一台一台異なる。このため、複数台の輸送トラックへの荷積みと配車を同時に最適化しようとすると、その組み合わせ数は「約1兆通り」と膨大になり、従来のコンピューター技術では、自動的に出荷配送計画を作成するのが難しかった。そのため、担当者が毎回人手で立案しなければならず、大きな負担になっていたという。また、できるだけ効率的な出荷配送計画を作るには実践で培った経験が必要になり、人材育成に時間がかかることも問題になっていた。

「こうした課題を解決するには、スピーディーに出荷配送計画を出してくれて、その計画を見ながら『このやり方で行こう』と現場が最終判断できる仕組みが必要です。そこで共同開発したのが、『量子コンピューティング技術を活用したフォークリフト出荷時の荷積みと配車を最適化するシステム』です」(中村氏)

組み合わせ最適化問題が「2つ絡み合う」課題

NECの中村氏(画像提供:NEC)

 中村氏によると同システムは、「輸送トラックの最大積載量や荷台サイズ、配送先など約100項目にわたる制約条件を加味した『組合せ最適化問題』を解くアプリケーション」となっている。

 組合せ最適化問題とは、膨大な数の組み合わせから、制約条件を満たしたうえで評価指標(求める価値)を最大・最小化する組み合わせを見つけることだ。

 特に有名なものに「巡回セールスマン問題」がある。セールスマンが複数の都市を巡るときに、総移動距離・コストが最小となるコースを求める問題だが、この問題を解くときに難しいのが「全てのコースを試したうえでないと最適なものを見つけられない」点にあるという。

「つまり、一発で『最短コースはこれになります』と導き出せる計算アルゴリズムがないのです。単純な計算だけど、膨大な数の選択肢の全てを調べる必要があり、計算時間が膨れ上がります。これが組合せ最適化問題の難しいところであり、従来技術でなかなか解けなかった理由です」(中村氏)

 豊田自動織機が抱える課題はまさにこの組合せ最適化問題にあてはまるが、ややこしいことに「2つの要素」を含んでいたという。

NECの北村氏(画像提供:NEC)

「『配車』の作業は『巡回セールスマン問題』に該当します。しかし、もうひとつの『荷積み』は『ナップザック問題(※)』と呼ばれる別の種類の問題にあてはまります。つまり、ひとつでも難しい組合せ最適化問題が、2つ絡み合っている状況だったのです」(北村氏)

※いくつかの種類の品物をナップザックに詰めるときに、詰め入れた品物の価値が最大化する組み合わせを求める問題

 この複雑な課題に対応するためNECでは、スーパーコンピューター(「SX-Aurora TSUBASA」)上で、大規模な組合せ最適化問題を安定的かつ高速に解く量子インスパイアドのソフトウェア(「NEC Vector Annealing」)を最適化エンジンに活用。さらに、可能性の低い選択肢を事前に弾く独自の探索アルゴリズムを用いるなどし、約1兆通りもの組み合わせの中から高速に解を導き出すシステムを開発したとのことだ。

作業時間が「従来の6分の1」に

 豊田自動織機は同システムを2024年10月より高浜工場に本格導入。その結果、積載率が向上したうえ「以前の約6分の1の時間で出荷計画を立てられるようになった」と澤田氏は頬を緩める。

「これまでは担当者3名が半日かけて日本全国に向けた出荷配送計画を立てていましたが、今回のシステム導入後は1名で行えるようになりました。工数は、12時間/日(4時間×3名)から、2時間(1名)となり、従来の6分の1にまで短縮することができました」(澤田氏)

豊田自動織機の澤田氏(画像提供:豊田自動織機)

 現在豊田自動織機では、同システムを国内向けの出荷配送計画のみに使用しているが、今後は「輸出用の出荷配送計画にも活用したい」とのことだ。

「最終的には、国内および輸出向けの出荷配送計画を1名で立案できるようにしたいです。これにより、人が行う必要がある業務にリソースを投入し、出荷対応のさらなる改善に努めたいと考えています」(澤田氏)

 一方、NECでは、現在、工場や倉庫、配送、材料開発など現場の課題解決を中心に量子コンピューティング技術を活用したソリューションを提供しているが、今後は、量子コンピューティング技術がシミュレーションと相性がいいことを鑑み、「経営課題の解決を支援するコンサルティング型サービスの提供」にも注力していく予定とのことだ。

 量子コンピューティング技術の社会実装が進み、実際に導入効果を発揮する事例も増えてきた。この先どのような影響を及ぼしていくのか。引き続き量子コンピューティング技術の開発動向を注視したい。

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