株式会社AIメディカルサービスCSOの金井宏樹氏
ここ数年、AI(人工知能)を医療機器に活用する試みが増えている。しかし、実際に医療現場で使われているものは、現時点ではそれほど多くないというのが実情だろう。その大きな理由のひとつとして、厚生労働省の製造販売承認を取る困難さがある。たとえ優れた技術を持つスタートアップであっても、承認までの高いハードルが存在するのだ。
そうした中、自社開発した内視鏡画像診断支援AIについて厚生労働省の承認を取得し、製品の提供を始めたスタートアップがある。臨床医として医療現場に立ってきた多田智裕氏が、2017年に立ち上げた株式会社AIメディカルサービス(本社・東京都豊島区)がそれだ。
同社が開発したAI搭載の内視鏡画像診断支援ソフトウェア「gastroAI™ model-G2」は、2024年12月に製造販売承認を取得し、今年(2025年)春からの販売が予定されている。同社 経営戦略部門 部門長でCSOの金井宏樹氏に同製品の特徴や承認を得るまでの苦労、今後の展望を聞いた。
消化器内視鏡には大きく、胃カメラと大腸カメラの2つがあるが、AIメディカルサービスが得意領域としているのは「胃カメラの内視鏡と併用するAIの開発」だ。
大腸カメラで検査する大腸がんは、早期にポリープ(腺腫)ができるため発見も比較的容易だ。よってAIでの画像認識のハードルも低い。このため、大腸カメラに関してはAIの黎明期から多くのスタートアップや企業が開発に取り組んでおり、現在市場はレッドオーシャンの状態にある。一方、胃カメラで検査する胃がんの早期には「(ポリープではなく)胃壁のテクスチャーが微妙に変化する」ため、AIに画像認識させるハードルが高く「参入プレイヤーはかなり限定されている」と金井氏はいう。
「さらに、胃がんは早期に発見しないと患者さんの生存率が大幅に落ちてしまいます(※)。市場的にブルーオーシャンであり、かつ臨床的にも意義が高いのであれば、この領域に挑戦するべきだろうと。我々はそう考え、胃カメラに搭載するAIの開発に注力しています」
※胃がんの5年生存率は、ステージⅠで発見された場合は8割以上だが、ステージⅢ以降は4割以下となる(国立研究開発法人 国立がん研究センター統計より)
今回、厚労省の承認を得た「gastroAI™ model-G2」はどのような製品なのだろう。
通常、内視鏡医が胃がんの内視鏡検査を行う際には、内視鏡に搭載されたカメラからモニター上に送信された胃内の画像(および動画)を観察し、病変を検出する。金井氏によると、「gastroAI™ model-G2」はこの内視鏡医による検査を補助するシステムとなっている。
具体的には、搭載したAIが、内視鏡検査中に胃カメラから受信した胃内の内視鏡画像を解析し、画像上の早期胃がんおよび腺腫らしき領域を検出して、モニター上に四角い枠で表示し、音とともに通知する。これにより内視鏡医の注意を喚起し、画像を解釈して病変検出することをサポートするという。
なお、同製品は承認を受けるときに、熟練の内視鏡医が同製品を使わずに読影(※)した場合と、同製品を使って読影した場合の「感度(病気を見つける力)」と「特異度(病気でない症例を見つける力)」を比較する性能評価試験を行っている。
※医師が内視鏡の検査画像を読み解き診断すること。
「臨床の現場では医師がAIを使うことになりますから、医師に使っていただいたときの性能が重要です。試験の結果、熟練医が本製品を使わなかったときに比べて、使ったときの方が『感度』が大幅に上がり(66.4%から83.5%へ)、『特異度』も上がりました(90.8%から92.9%へ)。こうしたことからも、本製品を医療現場でお使いいただく価値は高いと考えています」
では内視鏡AI技術は医療現場のどのような課題の解決に寄与するのか。金井氏はまず「見逃しの軽減」を挙げた。
先述したように胃がんは早期に発見することが重要だが、早期の胃がんは判別が難しく「最大で25%ほど見逃されている」とも言われている。しかし同製品を内視鏡検査中に使うと、AIがダブルチェックのような形で(画像上の)早期胃がんおよび腺腫の検出をサポートしてくれるため、見逃しを減らせる可能性が高いという。
2つめが「医療の質の均一化」だ。医師も人間であるため、人によって“手腕”は異なる。また、地域によっても医療の質が異なっているのが実情だ。こうした中で「日本の熟練医にアノテーション(注釈)してもらいながら開発したAI」を内視鏡検査に用いることで「医療の質の均一化が期待できる」と金井氏。
「3つめが『経済的効果』です。ステージIの胃がんの場合、胃を切除せずそのまま残す内視鏡的切除という治療法が使えることが多いため、抗がん剤治療などに比べて治療費がとても安くなります。患者さんの負担が減ることに加え、国家の社会保障(健康保険)上の費用負担が減るという点でも、とても意義のある製品だと考えています」
創業まもないスタートアップが医療ソフトウェアについて厚労省の承認を得て、実際に製品を販売することは簡単なことではないだろう。
特に苦労した点として金井氏は「薬事申請から承認を得るまでに、想定を大幅に超える時間がかかったこと」を挙げる。同社が最初にプロダクトの薬事申請をしたのは2021年8月だ。当初は「1年ほどで承認を得られる」と考えていたが、結果として2年以上かかってしまったという。
「その理由として(薬事申請における)当局とのコミュニケーションに特有のノウハウが必要で、当時の我々がそれを持っていなかったということがあります。今ではノウハウに精通した人材に参加してもらうなどで、当局対応をスムーズにできるようになったのですが、医療業界に参入したばかりのスタートアップにとっては、多くの場合、この対応が最初の大きな“壁”になるかと思います」
なお当時は、AI技術を活用した医療機器の薬事申請が今ほど多くなく、申請を受け付ける側が慎重になっていたことも、時間がかかった一因と考えられるようだ。現在では当局側の理解も進んだようで「承認までに2年以上かかるということは、まずないだろう」とのこと。
今回の「gastroAI™ model-G2」の市場投入を機に「日本市場において、本事業を確立することに尽力していく」と金井氏はこの先の展望を話す。
加えて、本製品を「保険診療の加算対象」として認めてもらう取り組みにも注力するとのことだ。
日本において、医師が保険診療をした際の報酬額は、各医療行為に対応した点数を加算することで算出していくが「gastroAI™ model-G2」はその加算の対象になっていない。そのため現時点では、本製品を保険診療に用いたとしても「基本的に医療機関はその医療報酬を請求できない」という。
「これは我々の事業としては大きな課題ですので、保険診療の加算対象になることが非常に大事です」
そこで同社では医療スタートアップが多く加盟する「AI医療機器協議会」に参画。政府に政策提言しながら、内視鏡AI(胃がん)を含むAI医療機器を保険診療の加算対象にしてもらうよう積極的に働きかけているとのことだ。
「一方、海外の、特にアジアにおいてはすでに事業を展開しています。将来的には『世界一規制が厳しい』と言われるアメリカにも進出していければと構想しているところです」
医療スタートアップが製品を提供するまでには、さまざまな“壁”を乗り越える必要があるようだ。その多くを乗り越えてきたAIメディカルサービスがこの先どのような事業を展開していくのか。その動向を注視したい。