連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。今回のテーマは、「ゲームとAI(人工知能)の融合、エンタメを超えた未来へ」です。(聞き手・執筆:高口康太)
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日進月歩のペースで進化が続くAI。さまざまな分野での実装が進んでいるが、意外と遅く感じるのがゲームではないか。
AI戦闘システムが導入された名作ゲーム「ドラゴンクエスト4」の発売が1990年。キャラクターが自分で考えて行動するというコンセプトにはワクワクさせられた(お世辞にも賢いとは言いがたかったが)。その後、ゲームの映像はどんどんリアルになっていったが、コンピューターキャラクターの自律的な行動という意味ではあまり進化が感じられない。
果たして、ゲーム向けのAIはどこまで発展したのだろう。最新の技術トレンドに詳しい、台湾の投資家マット・チェン氏に話を聞くと、実はAIはすでにゲーム制作に大きな影響を与えていることがわかった。
鄭博仁(マット・チェン、Matt Cheng) ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・ベンチャーズ)の創業パートナー。創業初期をサポートするエンジェル投資の専門家として、物流テックのFlexport、後払いサービスのPaidyなど、これまでに15社ものユニコーン企業に投資してきた。元テニスプレーヤーから連続起業家に転身。ジョインしたティエング・インタラクティブ・ホールディングス、91APPは上場し、イグジットを果たしている。
急増するゲームAI投資
――AI(人工知能)がゲームを変えると言われていました。人間のように考えて行動するコンピューターキャラクターと一緒にゲームを遊ぶことができるようになるなど、夢のある話でしたが、なかなか実現にはいたっていません。AIはゲームを変えられるのでしょうか?
マット・チェン(以下、M):間違いないでしょう。ゲームとAIの融合は最も注目されるトレンドの一つです。あのイーロン・マスクは2月18日、最新AIモデル「Grok3」を動画配信で発表した際にゲームスタジオ設立も表明しています。マスク自身が「エルデンリング」や「ディアブロ4」などを楽しむゲーマーであると公言しており、ゲームスタジオ開設についても発言してきましたが、準備は着々と進んでいるようです。
また、昨年11月には米国のAIスタートアップDecart(デカート)が同じく米国のAI半導体スタートアップEtched.AI(エッチドAI)と提携し、ゲーム「Oasis」(オアシス)が公開されました。大ヒットゲーム「マインクラフト」と似たつくりなので、一見するとどこにAIが使われているかわからないでしょう。実はこのOasisではグラフィック生成や物理演算(ゲーム内のオブジェクトが現実世界の物理法則に従って動くように計算する技術)をAIが行っています。
――ゲームエンジンと同じことをAIができるようになった、と。その意義はどこにあるのでしょう?
M:AIが直接、コンテンツ生成を行うことで開発の期間やコストを削減することが期待できます。プログラミングの手間が省ける、ゲーム内のオブジェクトを一つずつ制作しなくてもいいということが実現するわけです。
AIとゲームの融合、このトレンドは私たち投資家も強く興味を持っています。ゲーム業界をターゲットにしたベンチャーキャピタル「KONVOY」のレポートによると、ゲーム業界に投じられたベンチャー投資のうち、AI関連は2024年に10%となっています。2021年の6%から、2022年は7%、2023年は8%と右肩上がりで上昇しています。
ゲーム調査会社NAAVIKのレポートによると、金額ベースで見ると、AIゲームに対するベンチャー投資の総額は約7億ドルに達しました。AIの用途はゲーム開発の効率向上、新規性のあるゲームの開発、AIによる開発支援、コンテンツの審査という4分野に分類できます。
――AIでゲームのキャラクターを自律的に行動させるだけではなく、いろんな用途があるのですね。
M:むしろ現時点では、ゲーム開発の効率を大幅に向上させ、コストと開発上の障壁を削減することが主な用途です。ゲームは大作化してきました。それに伴う開発費の高騰、開発期間の長期化が課題です。AIツールはこの問題を変えるゲームチェンジャーとなりえます。開発費と開発期間の削減ができれば、実験的な作品を含め、より多様なゲームをリリースすることができます。
プロンプトで3Dゲーム世界を設計
M:さて、そうしたゲーム制作支援のAIスタートアップの事例として、米国のCybever(サイブバー)を紹介しましょう。同社は2022年設立の、新しい会社です。ゲームの舞台となる背景世界の作成を支援します。
――画像生成AIで背景を作るということですか?
M:そうではなく、3Dの世界を作ってくれるのです。
現在、多くのゲームは3Dの仮想世界を舞台としています。建物、木、草、道路、岩、山など、多くの3Dオブジェクトが配置されるのが常です。ゼロからこのすべてを作り出すのは大変なので、現在では3Dオブジェクトが販売されています。建物や木のデータを買ってくれば、だいぶ手間とコストを省けます。
ただ、買ってきてそれで終わりではありません。複数の3Dオブジェクトをどうレイアウトするのか、他のオブジェクトと干渉しないように調整が必要になる、世界観を統一するために修正しなければならない……。など多くの作業があるのです。
――パーツを買ってきても、そのすりあわせに苦しむ。あるあるの悩みですね。
Cybeverは「廃墟の村」、「曇り空」、「周囲に川」などの簡単なプロンプト(文章による指示文)を入力するだけで、Cybeverは要求通りの世界を作ってくれます。手持ちの3Dオブジェクトから使うべきものを選び出し、不足のものは購入し、マップに自動的に配置します。さらに世界観に合うか、3Dオブジェクトごとの不適合はないかなどを調整します。たとえば、「中世の農村」というシーンを作る場合、全体に占める農地の割合などを調整します。また、木や建物が空に浮き上がっているといったバグも調整します。
こうして数分もかからずに、生き生きとした3D世界が完成します。それだけではありません。地形の起伏、川の流れ、さらには天候の変化をリアルタイムで調整することもできます。作成された3D世界はアンリアルエンジンやユニティなどのゲームエンジン(ゲームの開発に使われるソフトウェア)に対応しています。
Cybeverによると、3D世界の構築に必要なプロセスの80%が自動化されました。生成された世界の微調整をするだけで、ゲームに使えるようになります。従来1〜2週間かかっていたシーン設計作業が1日で完了できるようになるのです。現在、30以上のゲームスタジオがCybeverのソリューションを導入しています。
ゲームAIの可能性
M:Cybeverの技術は、ゲームだけでなく動画コンテンツにも広がっています。「インディペンデンス・デイ」「デイ・アフター・トゥモロー」などの作品で知られる映画監督ローランド・エメリッヒは、新たなSFプロジェクト「Space Nation」を手がけています。ゲーム、TVドラマ、アニメなど複数のスタイルで同じ世界の物語が展開されます。このプロジェクトでは、Cybeverの技術で宇宙船や地球外の惑星などが作成されました。ゲーム以外への応用にも期待が広がる実例です。
――確かにゲームの映像はハイクオリティになってきているので、ドラマに使われても違和感がなくなりつつありますね。低コストでもSF作品が作れるのは夢が広がりますね。
M:Cybeverの事例からわかるとおり、ゲームとAIの融合は未来の技術ではなく、現在進行中の革命です。大手ベンチャーキャピタルのa16z(アンドリーセン・ホロウィッツ)が243のゲームスタジオを対象に実施したアンケート調査によると、87%がAIを利用中との回答でした。将来的に利用するとの回答を含めると99%に達します。2023年にゲーム業界ではリストラの動きが広がりましたが、ゲーム配信プラットフォーム「Steam」の新作ゲーム配給数はむしろ増加ペースを加速させています。AIが制作支援に与えた影響が顕現しているのではないでしょうか。
こうしたゲーム制作支援のAIに続き、今後はAIを使った新たなゲームの登場が期待されます。一番、楽しみなのは自律的なゲーム世界の誕生です。これまでのゲームではプレイヤーはゲーム世界のコントローラーだったのですが、AIを導入することによって、ゲーム世界とその住民は自ら発想し行動する自律的な存在となります。人間の友だちと一緒にゲームをするように、ゲーム内のキャラクターとコミュニケーションができるようになるでしょう。
――子どもの頃から待ち望んでいた世界がついに。楽しみですね。
M:自律的なゲーム世界を作るAI。この技術の応用範囲はきわめて大きく、もはやゲームの範疇を超えています。本物そっくりに作られた仮想都市の道路交通は自動運転のシミュレーションに最適です。実際、インテルはゲーム「グランド・セフト・オート5」のゲームエンジンを流用して自動運転の研究を行っていました。
現実と瓜二つの仮想世界を作り出す技術を「デジタルツイン」と呼びます。この技術は自動運転の開発だけではなく、都市計画、医療トレーニング、航空技術などさまざまな分野で応用が可能です。ゲームAIの発展はデジタルツインのさらなる発展につながります。
物理世界をシミュレートする物理演算がゲームの技術として発展したことによって、ゲームはエンターテインメントの枠を飛び越え、現実世界を探求する手段となりました。AIとの融合によって、この方面の探索はさらに進みます。仮想世界はますますリアルになっていくのです。AIが急激な発展を続けている今、ゲームを震源地とした新たなブレークスルーの登場はもうすぐそこに迫っています。
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ゲームを安く早く作るためのAIの普及が先行しているが、一方でゲームが作り上げてきた仮想世界を産業用途に拡大していくという別のベクトルも用意されている。
イーロン・マスクのxAIも取り組もうとしているゲームとAIの融合。年を取ってゲームで遊ぶ時間はなくなってしまったが、ゲームの技術が変える未来社会に触れることで、胸躍るワクワクを感じさせられる。