衛星データを活用して新たなサービスを創造する株式会社New Space Intelligence(画像はイメージです)
ここ数年の宇宙産業の拡大により、地球観測衛星の数は大幅に増えた。これに伴い、衛星データの活用状況も変化している。以前はJAXA(宇宙航空研究開発機構)などの宇宙機関から提供される衛星データを利用するのが一般的だった。しかし、現在は多くの衛星データのうち、必要なものを“選択”して利用できるようになっている。
このように選択肢が増えたことは、衛星データを活用したい企業や団体に大きなメリットをもたらすだろう。しかし、新たな課題も発生している。
例えば、目的に合った衛星データを世界中の多種多様な衛星の中から選ぶには、高度な専門知識が必要だが、その知見を有している企業や団体は限られている。また、衛星データは、各人工衛星に搭載されているセンサーによって受信できる電磁波の波長が異なり、センサーの特性も異なるため、そのままでは複数の衛星データを組み合わせて活用することができない。地球上の広範囲を解析したい場合、ひとつの衛星だけではデータをそろえるのに時間がかかるため、これらの課題を解決するには、多くの異なる衛星データを一緒に使えるようにし、目的に応じた形で活用できる仕組みが必要となる。
こうした課題にいち早く取り組んでいるのが、2021年に設立されたスタートアップ、株式会社New Space Intelligence(山口県宇部市、以下「NSI」)だ。
同社は、顧客の目的・予算・データ取得頻度に応じて、最適な複数の衛星データを選択・統合・解析・提供できる「衛星データパイプライン™」を独自開発。これを基盤に、多種多様なニーズに対応した衛星データサービスを提供している。同社代表取締役CEOの長井裕美子氏と、CFO(最高財務責任者)の千束浩司氏に、同社サービスの特徴や強み、事業の推進状況を聞いた。
NSIのサービスの特徴はどういったところにあるのだろう。長井氏は大きな特徴として「たくさんの衛星データを一緒に使える技術により、衛星データ利用の仲卸とも呼べる、あたらしいビジネスモデルが生まれたこと」を挙げた。
たとえば、魚の仲卸は、質の良い魚を見極めて仕入れる『目利き』や、料理店の要望に応じた『下処理』を行うといった役割を担っている。こうした「目利き」や「下処理」を、衛星データに対して行えるところがNSIの強みだという。
具体的には、顧客の目的や予算に合致する衛星データを選択(目利き)し、その衛星データを独自の校正技術によって前処理(下処理)する。さらに、AIによる解析を加えたうえで課題解決に直結する情報として提供する。
この「下処理」における大きなポイントが、複数の衛星データを「統合利用できること」だと長井氏は胸を張る。
「私たちは独自の校正技術によって波長の違いを調整し、複数の衛星データを統合利用できるようにします。これが私たちの大きな強みのひとつだと考えています」(長井氏)
衛星データを統合利用できるということは、複数の衛星データを使って、同じ基準で地表面を評価できることを意味する。それはすなわち「対象エリア(全世界)を一元的かつ網羅的に見て、差分を検出できるようになる」ことを指す。人工衛星の運用期間は数年程度なので、次から次へと打ち上げられる特性の異なる衛星で観測された衛星画像も、同じ指標で継続的に利用できることになる。
「複数の衛星データを統合利用することで、たとえばESG投資事業者に(対象となる企業の)工場による海洋汚染が発生していないかという情報をタイムリーに提供したり、先物(穀物)取引を行うトレーダーに一般的な統計データよりも早く予測につながる情報を提供したりといった、新しい衛星データの利活用につながってくるのです」
長井氏によると、こうした衛星データ利用の“仲卸”ができるスタートアップは他にほとんど見当たらない。なぜNSIにはこうしたことが可能なのか。
NSIは、もともと山口大学とアジア工科大学院の長井正彦研究室のメンバーが設立したスタートアップだ。同研究室では、災害が起きた際に国際的な枠組みで衛星データを緊急対応に用いる「国際災害チャータ」「センチネルアジア」という取り組みに参画していた。
「その中で、JAXAのデータだけでなく、ブラジルや韓国の衛星データなどさまざまな衛星データを扱ってきました。この取り組みの中で世界各国の衛星データに精通していき、お客様の予算・頻度・目的に合わせて最適なものを選択できる、すなわち『目利き』ができるようになっていったのです。私たちほど多様な衛星データに触れているグループは他にはなく、世界でもNo.1レベルの実績を持つと自負しています」(長井氏)
また「下処理」については、さまざまな種類の衛星データを分析するにあたり、大気補正や放射量校正、幾何補正などを行わなければならないケースが多く、こうした知見も取り組みに参加することで蓄積してきたという。
加えて、長井研究室には先見の明があり「複数の衛星データを統合利用する技術を長らく研究してきたこと」も関係しているという。
「長井研究室では、近いうちに衛星データの数が飛躍的に増え、多様で大量の衛星データを扱う技術が必要になると予測し、2010年代から衛星データの統合利用に関する研究を続けてきました。NSIではそうした技術の事業化を進めているところです」
現在NSIでは、衛星データの「選択」「統合」「解析」「提供」という4つのプロセスを自動化する「衛星データパイプライン™」(下図参照)を開発し、このシステムをベースに、宇宙からの「定常監視サービス」や顧客のニーズに合わせた「ソリューションサービス」、衛星打ち上げ業者(川上)や衛星データを利用したい事業者(川下)向けの「衛星データ校正サービス」などを展開している。
複数ある導入事例のうち、長井氏はNSIサービスの強みが伝わりやすいものとして「インドネシアの離島のモニタリングサービス」の事例を紹介してくれた。
これは、衛星データの統合利用により、東西5,000キロメートル(米国領土の東西の長さと同程度)におよぶインドネシア領土内にある、18,000以上の離島における沿岸侵食や不法森林伐採、不法投棄などの違法行為を監視するシステムだ。
従来であれば、ひとつの離島のひとつの事象(沿岸侵食や不法森林伐採、不法投棄など)に対して、ひとつの衛星を使った大掛かりなシステムを構築しなければならなかった。しかしその方法だと、広範囲かつ多くの離島の様々な事象に対応するため、システム構築に莫大な資金と時間がかかってしまう。そこでNSIでは「衛星データパイプライン™」を活用して「複数の衛星データを統合的に利用し、広範囲にある離島の複数の事象を網羅的に監視できる」システムを迅速かつ安価に提供することに成功したとのことだ。
事業の進捗状況について千束氏は、2023年には経産省のSBIR(Small/Startup Business Innovation Research:5年間で15億円)に採択されるなど、特に開発面については「非常に順調だ」と自信をのぞかせる。ただその一方で「セールスが課題」との見解も示した。
「技術的なことやエンジニアの雇用といったことでは何も困っていません。ただ、国内外に販路を築こうとすると、それ用のチャネルも必要になります。そういった意味でもやはりセールスが課題ですね」(千束氏)
この課題に対処するためNSIではパートナー企業と組み、「国内・海外においてはそれぞれのパートナー企業の方にセールスを担っていただき、我々としては技術的な部分をどんどん深めていこうと考えています」と説明する。
さらに今後は経産省のSBIRの事業において「グローバルインデックス」という新たな基盤サービスを開発・提供していく予定とのことだ。
「全世界を対象に、一元網羅的に衛星データを統合利用できるような基盤を作ろうとしています。その出口戦略として、金融セクターや環境セクターといったところのサービスをローンチできないかと考えています。具体的には、商社、投資ファンド、先物トレーダー、環境保護団体、林業/森林管理といったところにコンタクトをとりながら、一つひとつサービスを模索しているところです」(千束氏)
一口に「衛星データ活用」といっても、実際に活用するまでにはさまざまな工程が必要であり、そこに大きなビジネスチャンスが埋まっているようだ。NSIが展開する「新たな衛星データの利活用」の動きを引き続き注視したい。