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多民族国家アメリカの教育課題をチャンスに変えるSXSW EDUのエドテック

2011年の初開催から15周年を記念した特別なロゴ(著者撮影。以下同)

2011年の初開催から15周年を記念した特別なロゴ(著者撮影。以下同)

 教育のイノベーションを支援するSXSW EDU(サウス・バイ・サウスウエスト イー・ディー・ユー)の開催地、テキサス州オースティンへの機内で、映画『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』(2014)を観た。多民族国家となったフランス製作の作品で、その物語は、校則で禁止されている宗教上の服装で学校に来た生徒と教師の口論から始まる。まさに文化的な摩擦が、日常の学校環境に存在することを印象付ける導入だ。あらすじは、問題児クラスがベテラン教師のもとアウシュビッツ収容所に向き合う全国歴史コンクールで優勝を遂げる、というものである。この実話は、筆者が持参していたアメリカで20年読み継がれる教育書『子どもの誇りに灯をともす』(邦訳は2023、英治出版)の主題とも共鳴する。それは制作物などに「エクセレンス(質の高さ)」を求める学校文化の醸成で、これこそが基礎学力などの向上にも繋がるとするものだ。この2つの作品は、今回のSXSW EDU 2025視察の補助線となった。

教室で活用できる多言語翻訳機

 知られているようにアメリカには、白人、黒人、ハイチ系、ヒスパニック系、アジア系といった多様な民族の通う公立小中学校が多い。異なる母語、文化背景の生徒がおり、英語のレベルもまちまちである。

 SXSW EDUのEXPOにポーランドの企業が出展した「VASCO」は、英語学習者と保護者のための多言語サポートを提供していた。その機材は、専用のAI翻訳機とマイク付きイヤホン、そしてアプリからなる。話者がマイク付きイヤホンを通じて任意の言語で話した音声は、アプリ(AI)を通じて別の任意の言語へ翻訳されて、別のマイク付きイヤホンから出力される。翻訳機本体の画面で、翻訳・文字起こしされたテキストも見られる。

多言語サポートを提供するVASCOの翻訳機とマイク付きイヤホン
多言語サポートを提供するVASCOの翻訳機とマイク付きイヤホン

 ポーランド語=日本語間の翻訳を筆者も試させてもらった。音声と文字のどちらも、ニュアンスにはややおかしなところもあるものの、意思疎通には十分に正確だと感じた。音声出力のタイムラグは体感2~3秒(翻訳自体は~0.5秒と謳われている)。また、音声とテキストという2つの方法を用意しているところも気が利いている。聴覚と視覚のどちらで情報を収集するほうが得意かは、個人差があるからだ。

 同時接続数はマイク付きイヤホン10台、翻訳機本体は100台までとのことだ。このような翻訳デバイスがあれば、教師が英語で話して、生徒が母語でそれを受け取る、逆に生徒たちが母語で話して、互いにあるいは教師とやりとりをすることが、リアルタイムに近いかたちで実現できる。実際に学校でのテストも行っており、良いフィードバック、感触を得ているそうだ。すでにアメリカにオフィスとカスタマーサポートも構え、260USD/ユニットでのサービス展開を試みているとのことであった。

書くためのガイドを提供するWebサービス

 共創型で創造的、かつサポートしあう「ソーシャルライティング」のWebサービス「we will write」。これをアメリカでローンチしたばかりだというノルウェー企業の出展者にも話を聞いた。K-12(小学校入学前年のKindergartenから、日本の高校卒業学年にあたる12年生までを指す)のどの教科でも活用できるという。

 このサービスでは、生徒たちにとって魅力的になるようさまざまな執筆テーマがキュレーションされて一覧になって、書くためのガイドが提供される。

 例えば「この絵のサイエンスフィクション都市を説明してみよう」というテーマに対して、「空気は冷たそう? 電気に繋がれていそう? そこではどんな音が鳴っている?」といったガイドだ。各テーマの執筆には、3分30秒などの短い制限時間が設けられている。取り組む際に生徒たちはランダムにチーム分けされ、加えてポイントとなるのが、”対戦”して投票により勝ち上がりを決める形式を取ることだ。「共創」を前提とした適切な「競争」環境は、学びの質を高める。教員は、AIアシスタントによる文法的なアドバイスも活用しながら、投票前に書き上げられた「作品」をクラス全体にシェアし、その中身について理解を深められるようガイドしたり、ディスカッションしたりできる。そこでは文化的な相互理解も不可欠だろう。もちろん、短い時間で書き上げるという学力的なトレーニングも伴う。

キュレーションされた執筆テーマを一覧する、we will writeの画面例
キュレーションされた執筆テーマを一覧する、we will writeの画面例

 6万5000人の教員にベータ版として使ってもらっているという。課金形態はサブスクリプションで、月額9USD、年額で60USD。日本の教室でもペア・ライティングなどの手法は取り入れられてきているが、Webサービスとして特化したものは見当たらない。出展者は、ノルウェーと似たような教室環境をもつ日本でのサービス展開にも関心を示していた。本質的には国を選ばない仕組みをもつため、無料プランさえあれば、かつてSXSW EDUでローンチされ日本の公立学校でも珍しくなくなったクイズ化Webサービス(Kahoot!)のように広まるかもしれない。

特別教育の課題解決にはシンプルさが必要

 さて、前回拙稿でも触れた、ニューロダイバーシティ(神経多様性)を踏まえた特別教育にVRを活かすセッションでは、機材のコスト高が指摘されたという。適応例の少ない薬が高額になるのと同様の構造が、特別教育にもあり得てしまうことが示唆された。

プロトタイプのWebアプリ「Spark」をピッチする高校生創業者
プロトタイプのWebアプリ「Spark」をピッチする高校生創業者

 一方で、6組の学生ファイナリストによるピッチ「Student Impact Challenge」では、特定の自閉症児と親をサポートするWebアプリのプロトタイプ「Spark」が優勝し、オールステート財団から推定5,000ドル〜1万ドルの支援を得た。ペンシルバニア州ピッツバーグの高校生で創業者のNandana Menonさんは優勝の驚きと喜びを爆発させていた。

 このアプリは、コンテンツ集・アクティビティ集であると同時に、その活用履歴を記録・可視化してケアラーやセラピストとの共有でモニタリングするサポートツールでもある。最初期のトラクションとして100以上、早期アクセスとして250以上のユーザーを得たこと、3つの専門的な協力機関を得ていることなどが力強くプレゼンされた。また、2026年末までのローンチを計画しており、多言語化も視野に入れているという。「情報格差」を埋め「個別化」を進める、ある意味でシンプルなサービスが、特別教育での課題解決に繋がることを感じさせる結果であった。

 ピッチ自体は開始15分前から200弱の客席が半分ほど埋まり、最終的に立ち見も出て、注目度の高さを感じさせた。開催日はSXSW EDU自体が無料開放されるフリーデイだったこともあり、地元学生と思われる観客も多かった。ピッチへの登壇自体がPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)のような教育的意義をもっており、さらに次世代への刺激にもなるという好循環を生むだろう。先行して開催されたSXSW EDUの“本丸”ピッチ「Launch Startup Competition」では地元オースティンの起業家が優勝したことは、好循環の結果かもしれない。

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専門知の編集者。自然科学・社会科学・人文学すべてが興味範囲。ワークショップデザイナー®でもある。有形無形のコンテンツを創って"誤配"し、イノベーションやクリエイションを活性化していきたい。