“未来のショーケース”と称されるSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)2025が、現地テキサス州オースティンの3月15日で閉幕した。その口火を切る形で3月3日〜6日に開催されていたSXSW EDU(イー・ディー・ユー)の視察報告第2弾は、AI×教育やSTEM教育にフォーカスした。(前稿、第1弾記事はこちら)30分〜1時間ほどのセッションが多数、同時並行で行われるため、情報収集を可能にするネットワーキングやミートアップも複数実施されている。なお、一部のセッションは配信・アーカイブされておりYoutubeで観る事ができる。一次情報を知りたい場合は視聴をお勧めする。
理系キャリア選択のために少女期に必要なこと
2日目に行われたキーノートセッション「スクリーニング・バイアス:“理系女性”に対するテレビ業界の透明なバリアをぶち壊す(原題:Screening Bias: Breaking Down Barriers for Women in STEM on TV」では、筆者の解釈では大きく2種類の「バイアス」が語られた。登壇したのは@TheSpaceGal としても活動し、番組『エミリーのワンダーラボ』や『Xploration Outer Space』のホスト、エミリー・カランドレリさん(Emily Calandrelli)。女性が主導する番組は「売れない」と考えられていた中、全米規模の科学番組として初めて、女性ホストを務めてきた人物だ。
知られているように、科学者やパイロットといった職業をイメージするとき私たちは無意識に「男性」を思い浮かべてしまうことがある。これが1つめのバイアスで、幼少期の“教育”により刷り込まれるとされる。映画やテレビのキャラクターに、たとえば黒人女性のスーパー博士や、ヒスパニック系女性の超人パイロットが見当たらないことも、刷り込みに一役かってしまうのである(「上映」の意味のスクリーニング)。航空エンジニアのうち女性は13%に過ぎないそうだが、こういった“事実”は、メディアにおける表象がキャリア選択に影響している結果であり、非効率性・不経済性などの不利益を私たち全員にもたらしていると登壇者は主張した。
2つめのバイアスは、生活環境のデザインや科学的な試験・実験において女性が対象外とされてきたことだ(「選抜」の意味のスクリーニング)。例えば車両事故の際の安全性テストや、薬剤の治験が、男性(オス)だけを対象としてきたために、女性は危険を被っているという。この考え方はジェンダード・イノベーションとして近年、影響力をもつ。
もちろん、「教育の力や価値は決して低く見られるべきではない」という。特に重要なのは、少女期における「成長志向」のマインドセットと、「結果ではなく努力の過程」を褒め、“失敗”と前向きに付き合えるようになることであると語った。
セッションの結びは、反DEI(多様性Diversity、公平性Equity & 包摂性Inclusionの頭文字)への、もしくは伝統主義への抵抗運動がポジティブな変化を生み出せることが強調された。先ごろ2期目の大統領に就任した共和党ドナルド・トランプ氏の名前を誰も直接には口に出さないが、彼の主張に呼応しているのは明らかだと感じた。またSXSW EDU開催期間中には、同氏が政府効率化の一環の名目で、かつ持論でもある「教育省の解体」を目指す大統領令に署名する見通しと報道され(※編注:米国時間20日に署名された)、セッションの質問でこれが話題になる場面も見られた。
多種多様な教材が展示
EXPOでは、具体的なSTEMあるいはSTEAM(STEMに芸術Artが加わる)の教材がいくつも見られた。まず、日本からは唯一の出展者であったパナソニックは、新規事業として教育領域に取り組んでおり、本業の家電にプログラミングをかけ合わせた2つのプロダクトをデモしていた。1つはオーブンレンジでクッキーを焼くもので、もう1つは空間照明を新たな変化軸でコントロールするもの。プログラミング入門として広く浸透しているMITメディアラボ発のツール「Scratch」を組みわせて、調理工程や照度を“ハック”するのである。つまり家電が情報通信網に繋がるIoTにおいて、家庭環境が新たな学びの場として拡張できる可能性を提示していた。
ほかにも、日本で言う知育菓子を本格化したような科学調理キットがあったり、医学教育のための実物大バーチャル献体(Anatomage®)がこれまた大きなモニターで実演していたり、触覚フィードバック付きミニモニター(mimo)で化石発掘を体験できたり、3Dレーザー加工機&3Dプリンタのメーカーがいたりと、多種多様。いずれの教材もハードウェアとソフトウェアの両面を備える。日本の一般的な学校では、3Dプリンタはまだしも3Dレーザー加工機はまず見かけないが、出展者によるとアメリカではそれほど珍しくはないという。セールストークを差し引いても、クラフトマンシップを発揮しやすい環境が整っていると感じた。STEM教材を専門に扱う卸業者もブース出展しており、出展者どうしのよい繋がりがこうした場からはじまることもあるようだ。
教育はAI前提に根本からリデザインする必要
一方、AIについてはどうだったか。EXPOの展示には関連するものが少なく、確認できたのはロサンゼルス拠点の合同会社による「STUDY FETCH」という、教育機関向けの学習サポートAIツールくらいであった。また、学生ピッチ「Student Impact Challenge」で“次点”となった「Swype AI」は、運動障害を抱える人のための機械学習型ジェスチャー&音声PC操作アプリケーションを提案した。一方、セッションについては、400超のうち、AIのタグが付けられたものは1割程度あり、注目度も高かった。
多数のセッションのうち、最終日に行われたフィーチャードセッション「AIと、教育の未来(原題:AI & the Future of Education)」を詳報しよう。テクノロジー教育企業WAYEの創業者シュネイド・ボーヴェルさん(Sinead Bovell)と、「バーチャルヒューマン経済(Virual Human Economy)」の概念および同名企業の創設者ナタリー・モンビオさん(Natalie Monbiot)という、二人のフューチャリストが対談(Youtube)した。
最初に語られたのは、AIが「電気」のような汎用技術だという考え方。すなわち、AIは今後の生活の基盤となるものであり、最終的に日常生活の背景に隠れるものであるというわけだ。
これを前提とするならば、教育は根本から長期間かけてリデザインされる必要がある。ことカリキュラムについては、種々のテクノロジーを組み込みつつ、さらなる技術の登場に生徒たちを備えさせるものでなければならないという。そして教室では、「批判的思考」や「ディスカッション」、「問題解決」、そしていわゆる「深い学び」を重視すべきで、そのインストラクターとしての教師がAIに置き換えられるようなことはないという。というのも、AIの“弊害”として、例えばChatGPTのようなAIツールを使えば、これまでアウトカムを測っていた「答えを出す」というテストにおいて“ズル”ができてしまう(そもそも、知識を教育の範疇から外すという極論も主張しうるかもしれない)。ただその状況下では、抜き打ちのテストやクイズが生徒の理解を測るのに役立つ。
逆にAIを組み込むメリットとして、個別最適な学習経験を積めることや、スピーチのようなスキルに対してフィードバックすることで向上が見込めることが挙げられた。また、数学の問題演習においては、無制限にAIを活用できたグループはAIなしのグループよりも事後のテスト成績は悪く、AIがガイドやチューターの役割を担ったグループのほうがよい成績をおさめたといった研究例も共有された。さきの「STUDY FETCH」も、後者に近い形でAIが活用されていると謳っていた。
今回は取材・情報収集できなかったものの、AIを実際に扱ってみる、遊んでみるというワークショップも実施されていた。SXSW EDUの現地参加者の約半数は教師だけでなく政府や経営・管理サイドも含めた学校関係者である。教師任せにせず、あらゆる関係者がそのようなワークショップで積極的にAIと関わり、そのうえで意図をもって戦略的かつ包括的にリデザインを進めるべきことは、強調してもしすぎることはない。 同時に、あらゆる教師がAIに触れておくこと自体はもはや避けられないであろう、と筆者は考える。
2026年のSXSW EDUは少し後ろ倒したタイミングの3月9日〜12日に開催予定である。参加バッジの料金は495USDに始まり、例年、595USD、695USDと何度か上がるタイミングがあるので注意されたい。