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Z世代に9秒で読めるニュースを提供 米国メディア・スタートアップのVolvとは

左:Volv社CEOプリヤンカ・バジラニ氏 右:同社アプリのサイト (Volv提供の加増を組み合わせ加工)

左:Volv社CEOプリヤンカ・バジラニ氏 右:同社アプリのサイト (Volv提供の加増を組み合わせ加工)

 アメリカでは昨年から大統領選挙、トランプ第2次政権の誕生と次々とニュースが供給されてきたため「ニュース疲れ」という言葉をよく耳にするようになった。ニュースを生業とする筆者でさえも、連日洪水のように流れてくる政治関連ニュースの膨大な量に「お腹いっぱい」の状態がつづいているというのが正直なところだ。

 また、保守系メディアとリベラル系メディアを比較すると、同じ出来事を報じる記事であってもその評価は180度違った内容であることも少なくない。こうしたニュース・メディアの現状に課題感を抱き、その解決策として新たなメディア「Volv(ヴォルブ)」をスタートさせたVolv社CEOであるプリヤンカ・バジラニ氏(32)を取材した。

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プリヤンカ・バジラニCEO(記事中の写真・動画すべてVolv提供)
プリヤンカ・バジラニCEO(記事中の写真・動画すべてVolv提供)

 Volvが誕生したのは、トランプ第1次政権下の2020年はじめだ。当時カリフォルニア州の大学を卒業し、金融機関に勤めていたインド出身のバジラニ氏は、「何かしら社会貢献をする会社」を立ち上げたいと考えていた。

 当時、コロナ禍前のアメリカでは、メキシコとの国境における移民問題が大きく注目されていたが、メディアによって情報の食い違いがあることに気付き、そのことに危機感を覚えたという。

 移民問題に興味のあった同氏は、ムンバイの高校に一緒に通っていたアメリカ在住の友人と、Z世代に向けた「偏見がなく、読みやすいサイズのニュース」を届ける事を思い付いたと語る。

「従来のニュースは長すぎるし、分断されていて、ほとんどの人には見向きもされない、時代にそぐわないものになってしまったと感じていました」(バジラニ氏)

 バジラニ氏によると、Volvはスマホのアプリで、名称は「進化する」という意味の英語「Evolve(イヴォルブ)」から、語尾を取って命名した。

 このアプリはこれまでのニュース・サイトのように、見出し一覧からそれぞれの記事のページに移動して記事を読むのではなく、TikTokのように画面を上下にスワイプしながら、要約された短いニュースの文章を次々に読むことができる。ニュースに特化した進化系メディア・プラットフォームである。

Volvのアプリ
Volvのアプリ

Z世代向け 9秒で読めるニュース

 バジラニ氏によると、現在Volvは主にアメリカやイギリス、インドにおける300以上のニュース・ソースから、主要な政治・社会・テック・スポーツ・芸能ニュースなどを選び、それらを読みやすい数行ほどの文章に要約して提供している。そのニュースについてより詳しい内容を知りたければ、ユーザーは画面下に表示されているリンクをクリックすれば、元の記事を読むことができる。

 記事の選択や要約はAIが行っているが、最終的な内容の確認は人が行っているとのこと。特に、アプリ内に表示される「記事要約」には事実関係だけを記載している。内容を“盛った”り、ユーザーの気を引くための「過剰な形容詞」を使用することは避けるように努めている。

 さらに、ニュース・ソースは伝統的な新聞や雑誌だけではなく、Substackなどのニュースレター、音声メディアであるポッドキャスト、映像メディアのYouTube、そして増加し続けるニュース・インフルエンサーのSNSなどにも広げている。

 8年前のトランプ第1次政権の時にも「ニュース疲れ」という言葉は聞いたが、その当時と今とで大きく違うのは、ニュースの多様化がさらに進んでいるところにあるとバジラニ氏は説明する。

 SNSだけでも、トランプ氏による「Truth Social」や保守系の「GETTR」、イーロン・マスク氏のXに対抗する形で出てきた「Bluesky」など、新たなプラットフォームが続々と生まれている。

 Volvは、分散したメディアを1カ所にまとめて、ひとつのアプリで読みやすくするというのが大きな目的のひとつであると同氏は語った。

新しいニュースのかたち

「ニュース疲れ」や「ニュース離れ」は、アメリカだけではなく世界中で起きている。ロイター・ジャーナリズム研究所が毎年公表している「ロイター・デジタルニュースリポート」によると、世界47カ国の約9万5000人を対象にした調査で「ニュース回避をする人」が2024年には全体の39%となり、調査を開始した2017年に比べて10%増えたとの結果が報告されている。

 さらに報告書によると、ユーザーは「ニュース・メディアは往々にして、同じニュースを繰り返し報じ、退屈である」と感じていることがその原因だとしている。

 この傾向は、若いユーザーの間で特に顕著である。バジラニ氏によると、SNSに慣れ親しんだ若者の集中力は10秒にも満たない。そのため、Z世代に向けたニュースはひと目見ただけで理解しやすく、スクロールして簡単に観覧できるようなTikTokのような形が理想的であると同氏はいう。

 しかし、TikTokは画像・動画中心であるのに対し、Volvは文章要約を軸としている。バジラニ氏は「文字は最も古いメディアであり、決して無くなることはない」とし、「ニュース読者向けのTikTok」を目指していると語る。

 こうした前提を受けて、Volvを運営にあたりいくつか工夫している点がある。

 1つ目は、前述した通りアプリ上では短く簡潔に事実だけを伝えることを目的とし、過激な形容詞の使用や、読者の興味を引いてクリックさせるような「クリックベイト(Clickbait)」を排除すること。

 2つ目は、短い時間でより多くの重要なニュースを消費できるように、アプリを開いた際にトレンド入りしているニュースを最優先表示し、同じ話題の別記事を複数表示しないこと。

 現在あるキュレーション型ニュースアプリの問題点は、同じニュースに対する記事がいくつも表示され、時には全く正反対の内容が書かれているものもあり、読者を混乱させることにあるとバジラニ氏は指摘する。

 3つ目は、数多くあるニュースの中でどのような記事や内容を取捨選択するのかという、キュレーションの問題。

 アプリ立ち上げ当初は、記事要約に使えるような生成AIも無かったため、スタッフが時間をかけて記事を選び、要約を作成していた。しかし、そのおかげで記事選択、要約のノウハウ、データが蓄積され、生成AI登場後それらの活用で、Volvに合ったAIによるニュース選択や要約スタイルが確立したとバジラニ氏は強調した。

 現在のアプリ・ユーザー数は公開できないとしつつも、こうした工夫のおかげで、ユーザーの平均利用時間がこれまでは約3分間だったのが、過去数ヶ月の間におよそ2倍になったそうだ。

有料で記事要約が音声でも
有料で記事要約が音声でも

メディアの問題点と今後の挑戦

 もちろん、Volvのようなキュレーション型ニュースアプリには、情報元となる事実に基づいた確固としたジャーナリズムを持つメディアが不可欠である。しかしバジラニ氏によると、従来のメディアの最大の問題点は、IT企業に頼り切りになっている部分にあるという。

「これまでのメディア産業は、他のIT企業などが新たな技術を開発することに頼り切りになっていて、上手くいかなければ文句を言うだけというのが問題であると思います」(バジラニ氏)

 自ら進んで技術開発に積極的に関わっていないことに加え、伝統メディアは暗号資産や新たなSNSなど最新テック系の話題を取り上げるのが遅すぎると指摘する。それが、現在のニュースレターの急増や、従来の新聞・雑誌・テレビなどの人気の減少につながっているとみている。

 さらに、多くの記事には読者の気を引くための「かざりつけだけの言葉」があふれており、それがかえって集中力の短い若者世代を遠ざける原因となっているとバジラニ氏は指摘する。

 一方で、現在のSNSは明確な事実よりも「角度のついた意見」をもてはやす傾向があるので、短く簡潔な事実だけを伝えることを目的とするVolvは、メディアと若い世代の架け橋として、大切な役割を担っていけると同氏は確信している。

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 多くの情報が氾濫している時代だからこそ、事実に基づいたニュースの重要性が以前よりも増しているのは間違いない。しかし、その情報が世の人々、特に次世代を担う若者に届かなければ元も子もない。その問題点を解消するため、Volvの取り組みを今後も注目していきたい。

Written by
ニューヨーク在住フリージャーナリスト。米首都ワシントンのアメリカン大学国際関係学科を卒業後、現地NGOジャーナリスト国際センター(ICFJ)に勤務。その後TBSニューヨーク支局での報道ディレクターの経験を経て、現在フリージャーナリストとして日本とアメリカで活動中。東京都出身。