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揺れるトランプ政権の宇宙政策~日本の宇宙企業・スタートアップにチャンス

「Interop Tokyo 2025」と、その中で開催された「Internet×Space Summit」の様子

「Interop Tokyo 2025」と、その中で開催された「Internet×Space Summit」の様子

 第2次トランプ政権の発足以降、さまざまな分野で前政権からの路線変更が打ち出され、国際月面探査プロジェクト「アルテミス計画」をはじめとする米国の宇宙政策にも変化が見られるようになってきた。そうした中で、日本および宇宙産業に参画する企業やスタートアップにはどのような姿勢が求められるのだろう。

 2025年6月11日から13日に、幕張メッセ(千葉県千葉市)にて「Interop Tokyo 2025 」が開催された。その中の「第3回 Internet×Space Summit」にて、外務省 軍縮不拡散・科学部長の中村仁威氏と、モデレーターとしてPwCコンサルティング合同会社の下斗米一明(しもとまい・かずあき)氏が登壇。「トランプ政権2.0と日本の国際宇宙政策・協力」と題した講演を行った。

 中村氏は、オバマからトランプ、バイデンと3代大統領の任期中にワシントンの日本大使館で勤務し、チーフ・ロビイストとしても活動した経験を持つ。またアルテミス計画を立ち上げたスコット・ペース氏が所長を務めるジョージワシントン大学の宇宙政策研究所で、客員研究員としての活動もしている。なお、今回の講演では、政府の公式見解ではなく、中村氏個人として意見を述べている。

アルテミス計画に見られる方針の“揺れ”

 冒頭、下斗米氏から出た質問は「第2次トランプ政権下で宇宙政策がどのように変化しているか」だ。これに対して中村氏は、バイデン政権時に掲げられていた「まず月に人を送り、その後に火星を目指す」というアルテミス計画の大きな方針が揺れていることに触れた。

登壇中の中村氏

「バイデン政権時には、まず月に人間を再び連れて行き、その後、中長期の課題として火星に有人飛行をするといった段取りが組まれていました。しかし、(第2次トランプ政権となった後)イーロン・マスクさんがご自身の考えとして『これからはむしろ火星に直接行くことを目指すべきじゃないか』と言い出した。これにトランプさんも呼応したのだと思いますが、同じようなことをおっしゃるようになりました」(中村氏)

 ただ、その後の発言を追いかけていくと「やはり月と火星の両方に行く」と言い出し始めているという。この裏には「外交安全保障政策の影響がある」と中村氏は分析する。

 オバマ政権の末期から15年ほどの間、米国の共和党と民主党が一致して外交安全保障政策の柱としてきたのが「中国との戦略的競争」だ。この戦略的競争で優位に立つというのが両党の共通した政策である中で、「月に再び人を送る」ことは中国に優位に立つための象徴的なプロジェクトとなる。

「このため、第2次トランプ政権の発足当初に『直接火星に行く』話が出たものの、やはり米国の中に根強くある対中関係で優位に立つということが前面に出てきて、再び『月にも行く』方向に向かいつつあるのだと考えられます」

 では、こうした“揺れ”は、アルテミス計画にどのような影響を及ぼすのだろう。中村氏は「NASA(アメリカ航空宇宙局)の長官がまだ決まっていないため、まだどうなるかよくわからない」と前置きしたうえで、具体的な影響のひとつとして「ゲートウェイ」への予算配分に触れた。

 もともとアルテミス計画では、月の周りを回る宇宙ステーション「ゲートウェイ」を作る計画が立てられており、日本企業も参画している。しかし当初は「(月を抜かして)直接火星に行くべきだ」という意見が強かったため、現時点で米国政府が提示している予算にはゲートウェイの建設は含まれていないという。

「ただし、ここで大事なことがある」と中村氏は強調した。

 中村氏によると、米国における予算は議会が握っている。日本であれば、財務省の担当部署が予算をまとめたうえで内閣として予算案を出し、国会で決定する。しかし米国では、まず政府が予算の考え方を議会に示したうえで、実際の予算の積み上げは議会が全て行うそうだ。

「今年10月以降の予算について、今まさに米国の議会の中でワイワイやっているところです。これを通して、予算がどう固まっていくのかが一番大事で、それを見ていくことで大体(宇宙政策が)どうなるかわかると思います」(中村氏)

米中競争の激化で「日本の存在感」が増す

 講演の後半では「米中の戦略的競争」や「国際協調」に話が及んだ。

 中村氏によると、1960年代のアポロ計画の際に、当時のケネディ大統領は「米ソの象徴的な戦い」だと明確に打ち出しており、「月にどちらが先に行くか」が米ソ冷戦の勝ち負けと直接結び付けて語られていた。それに対して、現在の「米中の戦略的競争」も競争という文脈で捉えられてはいるものの、「アポロ計画とは異なる点が2つある」という。

「ひとつは米国政府が、民間企業が作るサービスを調達するという形で取り組みを進めようとしていることです。それはつまり今回の『月に行く』プロジェクトは、多くの民間企業が参画する巨大なビジネスであるということ。今回の勝負は、ビジネスチャンスをめぐる勝負でもあることを意味します」(中村氏)

 もう一点、「米国も中国も一国だけで全部をやろうとは思っていない」ことが米ソ冷戦時代とは大きく異なるという。どちらも国際パートナーシップを組んで多くの国の力を集めようとしており、「全体として包括性、すなわちみんなで一緒にやろうということが前面に出てきている」と述べた。

 しかし、その一方で「米中の戦略的競争」の構図の中で、インドや中東などの開発途上国が「立ち位置に迷う」ことが課題だと指摘する。

「開発途上国の皆さんは、どちらか一方だけに依存するということに非常にリスクを感じています。しかし、それがあるがゆえに、日本や日本企業の存在感が増しています」(中村氏)

 中村氏は、今年8月末に開催される「アフリカ開発会議(TICAD:Tokyo International Conference on African Development)」を例に説明する。

「このTICADは日本政府が行うものですが、そこに各国宇宙庁のトップが何人もやってきます。何を考えているかというと、アフリカ諸国の皆さんは日本や日本企業と話がしたいのです。『米中の戦略的競争』という難しい構図の中で、日本と日本のビジネスに対する信頼や安心感が大きくなっているということです。我々も開発途上国のリーダーと(日本の関係者の)皆さんがお話することに大きな価値を感じています」(中村氏)

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 ニュースでは日々、米国の動向を軸としたさまざまな世界情勢の変化が報道されている。こうした激動の時代だからこそ、日本や日本企業が持つある種の“安定感”が各国の注目を集めるのかもしれない。こうした変化を好機と捉え、多くの日本企業、スタートアップが宇宙業界における存在感を増すことを期待したい。

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