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【日本人が知らない 、世界のスゴいスタートアップ Vol.19】「何の仕事をやめるか」から考えるAI時代のホワイトカラー生存術

イメージ図(記事本文とは関係ありません)

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 連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。今回のテーマは、「AI時代のホワイトカラー生存術」です。(聞き手・執筆:高口康太)

 *  *  *

 前回(Vol.18)の記事「技術的失業に焦らないために、AI時代に求められる2つの力」では、AIによって「試行錯誤のハードルが下がり、チャレンジしやすくなった」世界を紹介した。流行のバイブ・コーディングを利用すればAIエージェントと対話しているだけで、簡単なアプリを作ることができる。素人でもソフトウェアのモックアップ(サンプル版)ぐらいは簡単に作れてしまう。

 それを実感する出来事があった。5月25日に渋谷のイベントスペース「404 Not Found」で、AIエージェント「Manus」(マナス)のワークショップが行われた。日本人として初のManusフェローとなったナル先生の指導の下、アプリ作りにチャレンジしてみた。40分程度で、あっという間にアプリができあがった。

 AIと対話しながらゲームができていく様子はこちらから見ることができる。簡略化してまとめると、次のような流れだ。

私:「ワークショップのコンテストで勝てるアプリのアイデアを考えて」

Manus:「感情リアルタイムトラッカーはどうでしょう?ウェブカメラから表情を分析し、ユーザーの感情を可視化するアプリです」

私:「顔写真を使うのは面白いですね。この手法を使った他の候補は?」

Manus:「笑顔でジャンプ、驚きで加速など、表情でコントロールするゲームとかどうでしょう?」

私:「じゃあ、それで」

Manus:「できました」

私:「動きません」

Manus:「直しました」

という簡単なやりとりで、ゲームができあがった。
*完成したゲーム https://ocimfkxi.manus.space/

 少し手直ししないと、このままでは利用しやすいとは言えないが、それでもあっという間にアプリが作れるという体験は新鮮だ。アイデアがあっても、専門知識を持つ誰かにプログラムをお願いするのは敷居が高いし、自分が技術を学ぶのもひと苦労。バイブ・コーディングならば、とりあえずアイデアが使い物になるものかどうかぐらいは、自分一人で確かめられそうだ。

 と興奮していたのだが、前回の記事を読んだ友人からは、「試行錯誤のハードルが下がることで新たなバリューを出せるようになるって話は面白かったが、あてはまるのは、デザイナーやプログラマー、ライター、起業家といった、いわゆるクリエイティブ系の仕事の人だけでは?普通の会社員には関係のない話じゃないか」と言われてしまった。

 なるほど、確かにその通り。というわけで、今回はサラリーマンがいかにAIと技術的失業に立ち向かうべきか、最新の技術トレンドに詳しい、台湾の投資家マット・チェン氏に話を聞いた。

鄭博仁(マット・チェン、Matt Cheng) ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・ベンチャーズ)の創業パートナー。創業初期をサポートするエンジェル投資の専門家として、物流テックのFlexport、後払いサービスのPaidyなど、これまでに15社ものユニコーン企業に投資してきた。元テニスプレーヤーから連続起業家に転身。ジョインしたティエング・インタラクティブ・ホールディングス、91APPは上場し、イグジットを果たしている。

 *  *  *

――前回うかがったお話は、主にクリエイティブや企画の領域に関するものでした。一般のサラリーマンにとって、AIと技術的失業はどのような状況にあるのでしょうか。

マット・チェン(以下、M):確かにAIは、サラリーマンの雇用を大きく脅かしています。ほんの数年前までは、好待遇のポジションにつくための道筋は明確でした。良い大学に通い、インターンシップの経験を積み、良い履歴書を書き、就職して経験を積み、キャリアアップしていく。競争は激しいですが、勝ち筋ははっきりしていました。

しかし、この道筋は急に不鮮明なものとなりました。

トップクラスのビジネススクールの卒業生でさえ、キャリアの構築に苦労しています。報道によると、ハーバード・ビジネス・スクールの2024年卒業生のうち、4分の1弱は卒業3ヶ月後も仕事を見つけられていません。2022年には90%の卒業生が就職先を見つけていました。

良いキャリアのルールが変わったのです。先鋭的な取り組みをみせたのが、政府や企業にデータ分析サービスを提供するパランティア社です。今年4月、高校生を対象とした有給インターン制度「メリトクラシー・フェローシップ」を発表しました。大学卒業後からトレーニングするのは非効率だ、未来のデータアナリストは既存の教育プログラムではなく、AIが主導する新たな環境で育てるべきとの考えです。

求人数が減っているわけではありませんが、「人がやるべき仕事」は確実に減少していますし、既存の学歴や教育プログラムのバリューは減少しています。

――それはAIの影響でしょうか?

M:統計的にはっきりと分かるのはまだ先でしょう。ただ、いくつかの象徴的なトピックが雇用の劇的な変化を指し示しています。

ネットショップ構築サービス「Shopify」(ショピファイ)のトビアス・リュトケCEOは「リソースを要求する者は、まずそのタスクがAIにはできないと証明しなければならない」と社内に通達しています。新たなサービスや機能を開発するにあたって、エンジニアや資金を手当てしてくれるよう稟議をだすのは当たり前の話ですが、AIで解決できないことを証明しないかぎりは認可しないことを宣言したわけです。

言語学習プラットフォーム「Duolingo」(デュオリンゴ)も類似のコンセプトです。「AIファースト企業」への転換戦略を打ち出し、プロダクトにAIを活用するのはもちろんのこと、社内のあらゆる業務をAIで効率化する方針です。新規採用はAIで代用できないポジションに限定されます。

スウェーデンのフィンテック企業Klarna(クラーナ)はOpenAIの生成AIを活用して、人間700人分のカスタマーサービス業務を処理しています。米マイクロソフトは、一部のプロジェクトでは、AIが作成したコードの比率が30%に達したことを明かしています。

中小企業でもカスタムAI導入が可能に

――大企業やテック企業では“人減らし”の動きが鮮明になっているわけですね。ただ、この流れが、AI投資が難しい中小企業にまで波及するには時間がかかるのでは?

M:中小企業でもAI活用による人員削減ができるように支援するスタートアップが登場しています。

米ニューヨーク市のスタートアップ「Hebbia」(ヘビア)は、ナレッジワーカー向けのAIプラットフォームを開発しました。「AI検索エンジン+高精度要約+推論ツール」を組み合わせたプロダクトによって、大量の非構造化情報を処理することが可能です。

――非構造化情報?

M:データベースのような構造化された情報を検索、AI処理することは容易ですが、メモやマニュアル、あるいは財務報告書や上場目論見書などのテキストや画像からなる非構造化情報の検索、AI処理は困難でした。テックについてのノウハウを持たない中小企業でも、こうした情報を容易に処理できるよう支援するサービスです。

たとえば、上場目論見書は本にして数冊分にもなるような膨大な文字とグラフの集合体です。従来は専門のアナリストが数時間、あるいは数日間かけて読み込んで、ようやく必要な情報を得ることができました。Hebbiaならばわずか数分で高品質な要約、重要な情報の抽出を完了させることができます。従業員は「読む」ことではなく、「なぜこの情報が重要なのか」という分析と判断に集中できるようになります。

シリコンバレーのスタートアップFireworks AI(ファイアワークスAI)は中小企業でもカスタムAIモデルが容易に開発できるプラットフォームを提供しています。カスタムAIモデルの開発には高価なGPU(グラフィック・ユニット・プロセッサー)と機械学習の専門家が必要でした。Fireworks AIはすぐに使える開発と実装のプラットフォームを提供し、中小企業でも独自のAIツールを構築できるようにします。

個別企業向けの、カスタマーサービス自動応答、エンジニアリングチームのコード最適化、デザインチームの画像下書き生成などが構築可能です。大企業でなくとも、AIを活用して人的リソースを節約し、人はより重要なタスクに注力できるようになります。

ホワイトカラーの生存術

――なるほど、こうした支援サービスの発展を考えると、「大企業は大変だけど、うちの会社には関係ない」とは言えなさそうですね。技術的失業の足音が迫っているといいますか。

M:カスタマーサービス、エンジニアリング、デザイン、マーケティング、コピーライティング……。ホワイトカラーのどんな業務であっても、そのタスクが分類、分解、モジュール化できるものであるならば、AIによる効率化の対象となるでしょう。

自分が日々こなしている業務を振り返ってみてください。作業マニュアルにしたがって手を動かす、過去のプレゼンテーションを修正する、ほぼ定型のメールを作成するといった業務であれば、すでにその一部はAIに取って代わられつつあります。

「私の仕事はAIに取って代わられるのか?」が多くの人の不安ですが、本当に考えるべきは「この仕事は私がやる必要があるのか?」という残酷な問いです。人間がやることで、違いやバリューを生み出せないのであれば、AIから仕事を守ることはできないでしょう。

――どんな仕事でも、定型業務や事務作業はそれなりの量を占めていますよね。それがなくなるとしたら、働く人の数は減るでしょうね。

M:逆に考えると、自分がやることで違いを生み出せるのであれば、そこにバリューは存在します。AIはプログラムを書くことはできますが、ユーザー体験を定義することはできません。AIはレポートを作成することはできますが、組織文化を理解することはできません。AIはマーケティングコピーを生成することはできますが、そのブランドの中核的な価値が何かを知ることはできません。

違いはどのようにして生み出せるのでしょうか。私は次の3つが出来る人は、今後も必要だと考えています。

  • タスクを実行するだけでなく、正しい問いを立ててタスクを設計できる人
  • さまざまな役割の視点を、明確な道筋にまとめ上げることができる人
  • 組織、顧客、ユーザーの背後にある感情や文脈を感じ取り、意思決定ができる人

――なるほど、どれもAIには難しそうなタスクです。

M:では、このような役割ができる人間になるためには何をすべきでしょうか。

1つ目は“「できる」ことを証明するだけでなく、「なぜそうしたのか」を示すこと”です。例えば履歴書や面接では、「何を達成したか」を強調するのではなく、「その問題をどのように考えたか」を説明する。成果だけでなく、あなたの意思決定の論理、価値観の選択、過程での学びを示すのです。

2つ目は、AIは自らの能力を「拡張」するために使い、自分を「代替」させるために使わないことです。AIはあくまでアシスタントであり、自分自身は戦略的判断、品質決定、最終的な選択の役割を捨てないようにしましょう。

そして3つ目は“単なるスキルアップではなく、役割のアップグレードを目指すこと”になります。古い世界では、「履歴書を埋めるため」にスキルを学びました。新しい世界では、「つなぐ人」、「定義する人」、「洞察する人」としての役割を目指し、そのために必要なスキルを学びます。

この道筋をしっかりと認識し、「AI時代でもなくならない仕事」を探すのではなく、「AI時代に違いと価値を生み出せる人」へと自らを成長させていくことを意識することです。AIが世界を揺るがす大きな変革であることは明らかです。どんな企業やポジションも、なくなる可能性は否定できません。ですが、「違いと価値を生み出せる人」という役割を極めていけば、間違いはないでしょう。

 *  *  *

「これは私がやるべき仕事なのか?」をひとつずつ問い直すこと、という言葉が印象に残った。なにをやれば生き残れるのかという前に、「自分がやらなくていいタスク」を洗い出して、未来に投資する時間や資金のリソースを捻出しなければいけないのだろう。

 と、理解しつつも目の前に積み上がった雑務は膨大で途方に暮れそうになるのだが。

Written by
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。