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自律型ロボットタイルが宇宙産業にもたらす未来と可能性〜「NCC2025」講演より〜

「NCC2025」に登壇したオーレリア研究所の創業者兼CEO アリエル・エクブロー氏

「NCC2025」に登壇したオーレリア研究所の創業者兼CEO アリエル・エクブロー氏

  2025年6月30日、渋谷パルコ18階の「Dragon Gate」にて、株式会社デジタルガレージが主催する「NEW CONTEXT CONFERENCE  Tokyo 2025 Summer(NCC)」が開催された。

 世界情勢がますます複雑化する中、NCCでは「グローバルデジタル社会で日本が目指す未来」をテーマに掲げ、日本の「調和」「共生」「信頼」といった価値観を軸に、いかに技術革新と倫理的配慮を両立するか、どのように地球環境と持続可能なデジタル社会を共存させるかなどが議論された。

「“Moonshot”から“Earthshot”へ」と銘打たれたSession4では、宇宙建築などを研究するオーレリア研究所(米マサチューセッツ州)創業者でCEO(オーレリアFoundry Fundゼネラル・パートナー/MIT Space Exploration Initiative創設ディレクター)のアリエル・エクブロー氏が登壇。地球低軌道上で自動的に組み上がる宇宙居住空間「TESSERAE(テサリー)」がもたらす宇宙産業の近未来と可能性について解説した。

宇宙居住空間を自律的に作るロボットタイル

「現在宇宙産業は、信じられないほど大きな転換点にあります」と、エクブロー氏は口火を切った。

 エクブロー氏によると、現在運用中の国際宇宙ステーション(ISS)は2030年から2031年にかけて運用を停止する予定だが、これに代わるものとして、米Vast Space社やSpace X社が商業宇宙ステーションの構築を提案している。これが実現すると、地球低軌道へのアクセスを「人類史上初めて“商業企業”が提供する」ことになる。

 こうしたアクセスは、Space Xの輸送ロケット群などに支えられることになるが、その効果のひとつとして「宇宙に物を運ぶコストが劇的に下がる」ことが挙げられるという。

「宇宙に物を運ぶコストはこれまで1キログラム約5万ドルだったものが、今後は約200ドルにまで下がることが見込まれています。これはDHLやFedEx(国際宅配便業者)を使うようなもので、世界中に貨物を送るような感覚で、宇宙にも物を送れるようになります」

 こうした輸送コストの低減は「大きなイノベーションの波」を巻き起こしており、そのひとつが、エクブロー氏自身がMIT(マサチューセッツ工科大)博士号研究論文で提案した宇宙空間での建造物構築技術「TESSERAE(テサリー)」の開発だという。

 これは、ロケットで宇宙空間に運ばれる組み立て式の(5角形や6角形の)タイルを用いるもので、各タイルの端には「非常に注意深く設計された磁石」が取り付けられている。実は、このタイル一枚一枚はロボットになっており、宇宙空間に放出されると自律的に集合し、立体として組み上げられ、宇宙居住空間などを形作ることができる。

 組み立てに使うタイルはロケットにフラットパック(部品を分解して平らに梱包)して宇宙空間に送る。輸送コストが安くなれば、大量のタイルを宇宙空間に輸送し、巨大構造物を組み立てることも可能だ。

 実際に「TESSERAE」の小型試作タイルはISSに2度送られ「自己集合のコードやアルゴリズム、自律性のテスト」が行われているほか、宇宙居住施設としての模擬体のための巨大なモックアップが地球上で構築されるなど、実用化に向けた開発が着々と進められているという。

「TESSERAE」について説明するエクブロー氏

ISS微小重力バイオラボをスケールアップ

「TESSERAE」を使って、どのような宇宙建築ができるのだろうか。そのひとつが、運用停止が予定されているISSで何十年にもわたって行われてきた「微小重力空間におけるバイオテクノロジー研究」を代替するための実験施設だという。

「私たちはロボットによる自己集合を利用して、元のISSよりもさらに大きなモジュールを構築する予定です」

 微小重力のある施設内では「地球上では作れない物を作ることができる」という。その例として、まずエクブロー氏が紹介したのが「オルガノイドと呼ばれる組織(試験管の中などで作られる3次元的な組織構造を持つミニチュア臓器)を利用した創薬」だ。

 たとえば、がんやアルツハイマーの治療薬をテストする際にオルガノイドを用いることが多いが、試験薬は正確に老化するオルガノイドでテストする方が優れた性能を発揮する。さらに、このオルガノイドは「無重力下で、より正確に老化する」ため、宇宙空間に設けられた実験施設のニーズは極めて高いのだという。

 もう一点、エクブロー氏が紹介したのが「人工網膜」の開発だ。人工網膜を作成するには「200層ものタンパク質を重ねる」必要があり、それらの層のひとつでも重力のために歪むと失敗してしまう。しかし無重力下では層は浮遊するため「完璧な200層」を作ることができる。これを利用して底軌道上で人工網膜を作り、地球に送り返せば「失明の原因にもなる加齢黄斑変性の治療に役立つ」とのことだ。

 こうしたISSに代わる低軌道上のバイオラボステーションを「5年で構築できる」とエクブロー氏は話す。また、オーレリア研究所の姉妹組織であるオーレリアFoundry Fund(ベンチャーキャピタル)では宇宙スタートアップのインキュベーションにも力を入れており、これらの活動を通してイノベーションエコシステムを成長させ「今後数十年にわたりプロジェクトを持続していく」とこの先の展望を述べた。

低軌道上に太陽光発電パネルを

 もうひとつ、「TESSERAE」を用いた構造物の例として示されたのが「低軌道上に作成する巨大な太陽光発電パネル」だ。

 宇宙空間に浮かぶ太陽光発電パネルは、地上にあるものと異なり「大気で“ろ過”されていない日光を得る」ことができるため、非常に発電効率が良い。さらに、従来の太陽光発電や風力などの再生可能エネエルギーでは、安定的に電力を供給することが難しかったが、宇宙空間にある太陽光発電パネルがあれば、季節や天候に左右されず、24時間365日安定的に電力を供給できる。

「これは大規模に構築された宇宙インフラが、地球上の生命に即座に恩恵をもたらすことができる例のひとつです。SFの話ではなく、すでに中国では大規模なプログラムを発表しています。米国もこれと競争しており、日本にもこのアイデアに関連する素晴らしい研究の歴史があります」

 講演の最後にエクブロー氏は「オフワールド化」というアイデアを紹介した。これは、地球環境を保護していくために、重工業など地球上を汚染する特定のシステムや産業を全て「オフワールド」、すなわち宇宙に移すという考え方だ。

 もちろん宇宙空間は真空であり、化学物質の排出や採掘による副産物の処理については、(ダイレクトに影響が出るため)地上よりもはるかに厳重な対応を考える必要がある。そのため「おそらく100年規模のビジョン」となるが、「地球を回復させ、来るべき世代のための“庭園の惑星”にできる価値ある考え方」だとし、エクブロー氏はプロジェクトへの参画を広く呼びかけた。

 冒頭でも述べたように、世界情勢はますます混迷を深めており、米国の宇宙開発の行方も揺れ動いている。そうした中で、自らが見出した技術の可能性を信じ、困難が予想されてもブレることなく持続可能な世界を作ろうというエクブロー氏の意思が強く伝わる講演であった。

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