IoT技術を活用し、住宅設備や家電、カメラなどをスマートスピーカーやスマートフォンで操作できるようにするスマートホーム。「Amazon Alexa」に加え、「Google Home」が登場し、いよいよ社会に普及するか……。と注目されたのが2017年だ。しかし、日本においては今のところ大きな変化は見られないように感じる。
だが、スマートホームの技術は着実に進化を遂げている。実はIoTの標準規格標準化団体、Connectivity Standards Alliance(米国・カリフォルニア州、以下「CSA」)によって、スマートホームのグローバル標準規格「Matter」やスマートロックの標準規格「Aliro」が策定され、スマートホームの市場はこれから拡大する可能性があると言われている。
現在スマートホームの市場はどういった状況にあり、何が注目されているのか。スマートホーム事業に特化したコンサルティングサービスを展開するスタートアップ・X-HEMISTRY株式会社(ケミストリー、2019年創業、東京都豊島区)の代表取締役/CEOで、CSA日本支部の代表でもある新貝文将氏に、同社の事業内容とスマートホーム市場の“現在地”を聞いた。
スマートホームのプロデューサーへ
もともと東急グループのイッツ・コミュニケーションズ株式会社でインターネット関連サービスの事業立ち上げに携わっていた新貝氏が、スマートホームに関わるようになったのは2013年のこと。当時同僚だった眞田真氏(現:X-HEMISTRY 取締役CTO)が書いた米国出張のレポートで「スマートホームというものが広まり始めている」ことを知ったのがきっかけだ。
新貝氏も海外視察に出かけ、多くの関連企業と接点を持つようになる。そして、当時米国で最大規模だったスマートホームのプラットフォーマーと手を組み、東急グループのスマートホームサービス「intelligent HOME」を立ち上げるに至った。
その後、新貝氏と眞田氏はスマートホームベンチャーの株式会社アクセルラボに参画。そこで住宅事業者向けスマートホームサービス「SpaceCore」を立ち上げた。
「しかし『SpaceCore』を作った後に立ち止まりました。スマートホームを日本で普及していくには、プレイヤーを増やさないといけません。そのためには、まず市場を育てる側にならなければならないと感じたのです」(新貝氏)
そこで二人は、2019 年9月にX-HEMISTRYを創業。スマートホーム事業を立ち上げる企業を伴走支援するサービスを開始する。
「我々はスマートホーム事業を展開する企業とたくさん仕事をしてきました。そこでこれまで培ったノウハウや知見を使って、今度はそういう人たちを支援する側に回ろうと考えたのです」
スマートホームのプロ集団
X-HEMISTRYではどのようなサービスを提供しているのか。新貝氏によると、スマートホームの技術は特殊で、たとえばAI領域のような世界共通の知見や関連書籍といったものはほとんどない。
「そこで我々のコンサルタントサービスでは、まずはスマートホームを正しく理解してもらうためのステップ『教育研修』を設けています。これを受けていただくと『スマートホームに本腰を入れよう』とスイッチが入ることが多い。そこから“同じチーム”として、スマートホームの検討や導入支援、もしくは、事業の企画設計、立ち上げ・運用、パートナー企業の選定などさまざまなプロセスを伴走支援しています」
同社が支援した代表的な事例のひとつに、三菱地所が提供するスマートホームサービス「HOMETACT」が挙げられる。これは、幅広い住宅設備や家電をまとめてスマートフォンアプリでコントロールするもので、三菱地所レジデンスが開発するマンションをはじめ多くの物件に導入されている。
同サービスの立ち上げ支援の依頼を受けた新貝氏らは、まず担当者と共に海外視察に出向き最先端の知識をインプット(「教育研修」)。そこから「システムの要件定義や基本設計」から「サービス提供の仕組みづくり」に至るまで、さまざまなプロセスをサポートし、同サービスは無事完成。現在多くの物件の価値(賃料)向上に寄与しているとのことだ。
「スマートホームの領域は、エネルギーマネジメント、セキュリティ、介護、家電、照明など、非常に多岐にわたっています。加えて、欧米では40%以上普及しているにも関わらず、日本ではいまだ10%にも達していません。大きな可能性がある市場だと我々は考えています」
標準規格、進化系エネマネがもたらすもの
ではスマートホームの市場トレンドはどうなっているのか。新貝氏が着目ポイントとしてまず挙げたのが、CSAが2022年に策定したスマートホームのグローバル標準規格「Matter」だ。
Matterの登場以前は、さまざまな通信規格が乱立しており、ユーザーは、どの規格なのか確認してから製品を購入する必要があった。この通信規格を統一したのがMatterだという。
MatterはApple、Amazon、Googleなどのビッグ・テックも参画している。このためユーザーは、「その製品がMatterに対応しているか」を確認するだけで、スマートホームのシステムにその製品を取り込める。
「つまり、とても簡単にスマートホームのシステムを構築できるようになったというわけです。しかも、セットアップも簡単です。これまでスマートホームの製品は、たとえば『Amazon Alexa』に対応したものであれば、まずその製品のアプリをダウンロードし、ユーザーアカウントを作ったうえで、あらためて『Amazon Alexa』に認識させないといけないなど、何ステップも経なければなりませんでした。これがMatter対応製品であれば、Matter製品についているQRコードなどをスマホで認識させるだけで、自動接続できるようになったのです」
Matterは現在バージョン1.4まで更新されており、世界中で対応製品が増加している。日本国内でもすでに100製品ほどが対応しており、Matterはスマートホーム普及の起爆剤のひとつになるだろうとのことだ。
もう一点、新貝氏が紹介してくれたのが、住宅の「エネルギーマネジメントの進化」だ。
2010年代に電力のスマートメーターなどを用いて「家の消費電力を見える化」するシステムが登場し注目を集めた。しかしこのシステムでは、節電のための工夫を住民自身が行う必要があり、効果を出すのが難しいとされた。
新貝氏がいう「エネルギーマネジメントの進化」は、これをさらに一歩進めたものだ。具体的には、家電や蓄電池、ソーラーパネルなどエネルギーに関連するあらゆるものがAIとつながり、節電に最適な設定を最適なタイミングで自動調整してくれるようになる。
たとえば、夏の電気代が高い時間帯に節電しようとした際に、これまでであればエアコンの設定温度を上げ、風量を抑えるといったことが一般的な対策だった。しかし、エネルギーマネジメントを行うAIが多くの家電や住宅設備とつながっていれば、たとえば家電をエコモードにしたり、電力会社からの電力利用を抑制して太陽光発電を活用したりといったことを自動で行える。つまり、AIが全体を見回しながら、節電に最適な状態へと導いてくれるというわけだ。
「特にこれから電力のダイナミックプライシング(需要と供給の状況により電気料金を変動させる仕組み)が広がってくると、人手で最適な対応をするのは難しくなります。AIが中心にいれば、電気代のデータを受け取り、宅内の機器が自律的に、節電対応できます。今こうしたシステムが米国で広がりつつあり、今後日本でも浸透していくのではないかと考えられます」
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こうしたトレンドを受け、X-HEMISTRYではどのような展望を抱いているのだろう。同社のゴールは「あくまでもスマートホーム市場を作ること」だと強調する。
「スマートホームというと、便利さや効率化が取り沙汰されがちです。もちろんそういう一面もありますが、それだけではなく生活の新しいインフラとして、高齢化や子育てなどさまざまな社会課題を解決するソリューションになる得るものです。そうした正しい認知を広めながら、スマートホーム市場に参入する企業が増えるよう今後も尽力したいです」
新貝氏らの事業が大きくスケールし、スマートホームの市場のさらなる拡大につながることを期待したい。