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一品生産から量産へ 宇宙スタートアップが乗り越えなければならない壁とは 〜「第2回SPEXA」講演より

「第2回 SPEXA 国際宇宙ビジネス展」の様子

「第2回 SPEXA 国際宇宙ビジネス展」の様子

 10年間で1兆円規模の基金となる「宇宙戦略基金」など、国による宇宙分野への大規模かつ長期的な投資が始まり、宇宙産業がより一層盛り上がりを見せている。その一翼を担っているのが、大学の研究室などから誕生したスタートアップだ。

 だが、大学発のスタートアップは、製品を個別に開発する“一品生産”では大きな強みを発揮するものの、いざ市場に大量の製品を投入する段階となると、サプライチェーンの構築をはじめさまざまな壁にぶつかることも多いようだ。

 2025年7月30日〜8月1日に、東京ビッグサイト(東京都江東区)にて「第2回 SPEXA 国際宇宙ビジネス展」が開催された。その中で「宇宙開発利用の新潮流とビジネスの現状と今後」と題したセミナーに、株式会社アクセルスペース(本社東京都中央区)代表取締役CEOの中村友哉氏と、株式会社Pale Blue(千葉県柏市)代表取締役の浅川純氏、モデレーターとして東京大学大学院工学系研究科 教授の中須賀真一氏が登壇。国内のスタートアップが競争力を高めていくうえで乗り越えなければならない課題やその対策法などが議論された。

 なお、アクセルスペースとPale Blueは、どちらも東京大学発のスタートアップだ。アクセルスペースの中村氏は、もともと中須賀氏の研究室で学んだ後、同社を立ち上げた。現在は顧客向けに人工衛星を開発するAxelLiner事業と、衛星データを活用したさまざまなサービスを提供するAxelGlobe事業の2つを展開している。

 Pale Blueは以前当媒体でも紹介した、人工衛星の推進器を開発するスタートアップだ。東京大学 大学院新領域創成科学研究科 小泉宏之准教授らが長年研究してきた「水エンジン」を実用化し、国内外の市場に打って出ている。

一品生産から量産への移行が“鍵”

 最初に議題に上がったのは「今後どのような技術が必要なのか」だ。中村氏は「『宇宙ならではの制約』を取り除くことができるような技術」を求めていると発言。特に衛星データを地上とリアルタイムにやりとりできる光通信技術や、衛星画像を撮影する際に「微妙に位置をずらす」といった衛星の可操作度(マニューバビリティ)を向上する技術に注目していると述べた。

 一方、浅川氏は「必要なものを“製造”する技術」をあげる。現在、同社では国内のさまざまなステークホルダに協力を仰ぎながら推進器を作ることが多いが、たとえば「バルブ(水を流したり止めたりする部品)」など推進器の要となる部品の製造技術の向上を強く求めているとした。

 こうした意見を受け、中須賀氏は「サプライチェーンを維持する難しさ」に言及した。

登壇中の中須賀氏

「私も大学時代からそういったメーカーとは日々コミュニケーションを取らせてもらっていますが、サプライチェーンの維持において、いつも大きな課題だと思うのは、なかなか数が出ない(大量発注できない)ことです。スターリンク(米国SpaceX社)のような規模ならまだしも、そんなに数が出ない中で、メーカーにこの製品を継続して作って売ってくださいとは言いにくい」(中須賀氏)

「こうしたことは、宇宙産業ではずっと問題になってきたことだ」と中村氏は同調する。

「ただ、アポロ時代などは宇宙の方が技術が進んでいたので、そこで生まれた技術を地上で用いる“スピンアウト”という流れでしたが、今は地上の方が進んでいるので、逆に“スピンイン”という流れにどんどんなっている。そう考えると、宇宙専用のものを作るのではなく、地上向けに作っているものにプラスアルファ工夫をして宇宙に転用することで、たとえ宇宙の(部品)の数量が少なくても対応できるのではないかと思います」(中村氏)

「我々使う側も、要求レベルを工夫によって下げる。企業側には産業用のものを少し上げてもらう。これによって折り合いがつく場所というのがあるのではないかと考えています」(中村氏)

 もう一点、中須賀氏は、大学流のものづくりで課題になる点として「量産する難しさ」にも触れた。

「信頼を維持しながら(大量に製品を)作っていくことは、大学は得意じゃないと。そういったことに関して皆さんはどんな工夫をしているのでしょう」(中須賀氏)

 これを受けて浅川氏は「組織の強化」に力を入れており、特に部品のトレーサビリティやコンフィギュレーション(設定)管理にも力を入れていると言及。中村氏は「一品生産の時と、これから大量に作っていかないといけない時の取り組みは全く違う」と大量生産に移行する難しさを説明する。

登壇中の中村氏

「一品生産の時って、本当にその一機しか作らないので、もしも不具合が出たらその場で調整してOKになっていたケースも多い。これをやっていくと、同じものを5機作ったのに、一機一機挙動が違うみたいなことになってしまいます。(中略)そうすると、量産していく際には、設計段階から十分な品質を持ちながらも“製造しやすい設計”を考慮し、やはりパートナー企業と組んで設計と製造をしっかりと分けていくことが重要になってきます。これ他の業界では当たり前ですが、宇宙産業にとっては初めてのことなので、実は世界的にみんなまだ悪戦苦闘している状態だと思います」(中村氏)

 中須賀氏は「(宇宙スタートアップが)設計に特化して、作ることは外部に頼む」形に移行することもひとつの道としながらも、「設計者と製造者の連携が非常に難しく、工夫が必要になる」のではないかとの懸念も表明した。

「昔、米国に『スカンクワークス』というチーム(航空機メーカー ロッキード社内の開発チーム)がありました。設計する場所、作り場所、実証する場所がすぐそばにあって、これをぐるぐる回すことで、どんどん設計も洗練されていく。こういう風なものが多分これからのスタートアップには必要になるのかなと思っています」(中須賀氏)

実証の機会を増やすことも重要

 ディスカッションの後半には「宇宙空間での実証の数をいかに増やすか」も議題に上がった。

 宇宙領域に参画するコンポーネントメーカー(宇宙システムを構成する装置を製造するメーカー)にとって「宇宙で実際に動いた」という“お墨付き”を得ることは重要だ。しかし、実際には宇宙で実証できる機会は非常に少なく、さまざまな問題が生じている。

 浅川氏は「実証機会を獲得していくことの難しさ」について以下のように発言した。

登壇中の浅川氏

「少しずつ環境は改善されつつありますが、本当に実証機会が少ないというのが実情です。たとえば私たちも採択されたJAXA(宇宙航空研究開発機構)の革新的衛星技術実証プログラムも、2年に1回の実施となっています。ただ、我々のような創業期のスタートアップにとって2年後なんて、本当に会社があるかどうかわからない。やはり時間のスケールが長くなってしまうことは難しい点かなと思っています。(中略)そこで我々は、国の研究機関に加え、最近は民間企業でも実証サービスを提供してくれるところが増えているので、そういったところと頻繁にコミュニケーションを取るよう心がけています」(浅川氏)

 アクセルスペースでは、AxelLiner事業の一環として、宇宙用コンポーネントの軌道上実証の機会を提供する「AxelLiner Laboratory」というサービスを2026年より開始しようとしている。まさに浅川氏が言う「民間企業が提供する実証サービス」だ。

 中村氏は同サービス開発の意義を以下のように説明する。

「我々は年間で、たとえば4回打ち上げますよってことを先に決めてしまいます。そうすると、コンポーネントメーカーの開発スケジュールに合わせて、実証の設定ができるし、テストシーケンス(装置や部品が正しく動作するか確認する試験)もあらかじめ『こういう風にやりましょう』と決めることができる。なおかつ、我々は衛星メーカーだから『このコンポーネントはいいですね』とお墨付きを与えることもできる。こうした付加価値サービスを提供していくことで、コンポーネントメーカーが世界に対して物を売りやすくなるような環境を一早く作りたいと考えています」(中村氏)

 宇宙産業は、この先の日本を支える基幹産業となることが期待されている。その実現のためにも、宇宙領域のスタートアップの成長を促す環境が、より一層充実することが求められている。

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