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【日本人が知らない 、世界のスゴいスタートアップ Vol.22】タイパ重視の動画学習 プラットフォームに求められるイノベーション

イメージ図(記事本文とは関係ありません)

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 連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。今回のテーマは、「動画学習プラットフォームに求められる“革命”」です。(聞き手・執筆:高口康太)

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 大人も学び続けなければ取り残される時代だ。かねてから社会人の学び直しは必要とされてきたが、今や環境変化のスピードがより早くなり、学ぶべきことのリストは膨大に膨らんでいる。

 忙しい仕事の合間を縫ってそのリストをこなすことは、常人には難しいように思われるが、テクノロジーが“学び”も効率化させてくれるのではないかという期待はある。大人の学び方にどんな変化が起きているのか、効率的な学び方とはなにか。

 最新の技術トレンドに詳しい、台湾の投資家マット・チェン氏に話を聞いた。

鄭博仁(マット・チェン、Matt Cheng) ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・ベンチャーズ)の創業パートナー。創業初期をサポートするエンジェル投資の専門家として、物流テックのFlexport、後払いサービスのPaidyなど、これまでに15社ものユニコーン企業に投資してきた。元テニスプレーヤーから連続起業家に転身。ジョインしたティエング・インタラクティブ・ホールディングス、91APPは上場し、イグジットを果たしている。

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――学ばないと困ること、学んだら多くのメリットが得られること、あるいは個人的に興味があること……。学びたいことは山ほどありますが、そのための時間が取れず、手をつけても完走できません。

マット・チェン(以下、M):新たな知識、スキルを得たいと誰もが願っていますが、容易ではないですよね。ただ、テクノロジーの進化に伴って、学びのスタイルにも大きな変化が生まれています。特に日本の変化に注目し、観察してきました。

Z世代(1990年代後半から2010年代初頭生まれ)の学びは、予備校や参考書よりもまずは動画、ユーチューブになっていますよね。動画といってもきっちり作り込まれた動画だけではなく、ライブ配信やショート動画で学ぶのが当たり前です。Studyplusトレンド研究所が実施したアンケートによると、高校3年生の8割がユーチューブを勉強に使っているそうです。

――おじさんの私の感覚ではユーチューブは気が散るし、動画はどこで重要な情報が出てくるのかわからないので非効率に感じます。Z世代とはまったく感覚が違うのですね。

M:子供たちだけではありません。産業能率大学総合研究所が実施した実態調査によると、eラーニングは4社に3社が実施している、企業研修でもっとも一般的な教育手法です。対面の研修やセミナーよりもeラーニングが一般的になっているのですね。子供たちと同じく、ユーチューブで個人的に学んでいるケースも多いでしょう。

――確かにプログラミングやエクセルの使い方を教えるユーチューバーも多いですね。私も動画を見て参考にすることもありますが、断片的な知識が多いので、体系的に学べる本を選びがちです。

M:そこは感覚の違いですよね。若い世代には動画のほうが効率的に学べるという感覚があるようです。時間をかけて特定の分野や技術を学習するよりも、動画を通じてピンポイントで学び、いかに早く成果を得られるかに日本の若者のニーズが移っているのではないでしょうか。

ユーチューブを中心とした、新たな日本の学習文化を、私は「令和式学習」と名付けています。令和式学習は教育のパラダイムシフトです。そこには教師からクリエイターへという教育者の役割の変化、そしてなんのために学ぶかという需要の変化があります。

「誰が教えるのか」、「なぜ学ぶのか」が変化

――教師からクリエイターの変化ですか?

M:ユーチューブには知識系クリエイターが台頭しています。たとえば、登録者数が200万人を超えるユーチューブチャンネル「とある男が授業をしてみた」は、小学校から高校までの学習内容を解説するというシンプルな内容ですが、わかりやすく丁寧なコミュニケーションによって人気です。

他にも、実験を切り口に科学の面白さを伝える「GENKI LABO」、難しい内容でも飽きさせないトークで伝えてくれる「予備校のノリで学ぶ『大学の数学・物理』」などなど、多くの知識系クリエイターが活躍しています。

彼らの多くは教授や博士号、教員資格といった肩書きを持っておらず、昔ながらの「先生」という権威はありません。ですが、難解なテーマをわかりやすく伝え、コミュニティとのコミュニケーションに長けているという、新たな能力を持っています。

――思い返せば、予備校の人気教師も、授業のわかりやすさよりも楽しいかどうかが大きかった気がします。

M:ただ、コミュニケーションの巧みさだけが理由ではないはずです。前述のとおり、若者たちが新たな学習方法を選ぶ理由は効率の良さ。面白さと同時にタイパ(タイムパフォーマンス)を満たしている知識系クリエイターが支持を集めています。

「誰が教えるのか」と並んで重要なのが、「なぜ学ぶのか」です。社会人のリスキリング(学び直し)に関していうと、会社での成果を向上させたいというニーズに加え、副業ブームも大きく影響しています。

――副業ですか?意外ですね。

M:かつては「正規雇用された社会人は、副業をすべきではない」という観念が日本にはあったそうですね。ただ、その考え方は大きく変わっています。パーソル総合研究所の調査によると、日本企業の約60%が従業員の兼業を容認しており、正社員の40%以上が副業の意向(行いたいと思う+やや行いたいと思う)を持っています。

今、持っているスキルだけで副業できるという人は少ないでしょう。保有するスキルにプラスアルファすることで、副業市場での売り込みは優位になります。これが社会人の学習ニーズを高める大きな要因です。

令和式学習に欠けているピース

――なぜ若い世代が動画で学ぶのか、ここまでの説明でよくわかりました。今後もこのトレンドは続きそうですね。

M:ひとつ、課題があります。それがクリエイターの収益です。ユーチューブ黎明期では、人気クリエイターは広告収益分配だけで十分稼げました。しかし、現在は違います。1再生あたりの広告収益は低下していますし、クリエイターの数が増えて競争が激しくなったため、専門性の高い、つまりニッチなテーマを扱うクリエイターは再生回数を伸ばし難くなりました。

クリエイターは広告収入以外の収益源を見つける必要があります。多くの熱心なファンを持つユーチューバーはグッズ販売が大きな収益源となっていますが、知識系クリエイター、とりわけニッチ分野のクリエイターはそれも難しいのが現状です。これまでは無料で知識を公開していたのですが、今後は知識そのものの有料販売が一般化するでしょう。

――これまでは「ユーチューブで学べば無料だから」という面も強かったのではないかと思いますが、有料販売となると……。

M:その要素も強いですが、知識への課金は日本でも定着しつつあります。知識の収益化のプラットフォームとして、日本にはnote、Voicyという代表的なプラットフォームがあります。noteは文章を販売するもの、Voicyは音声コンテンツを販売するものです。この2つのプラットフォームの成功は、知識への課金が日本でビジネスモデルとして成立することを証明しました。ただ、動画での知識伝授というマーケットにはまだ余白が残っているとみています。

動画による知識販売プラットフォームとしてはUdemyが有名です。ユーザーは課金すると、参考資料と動画講座を閲覧できます。すでに膨大な数の講座がありますが、その品質は玉石混淆です。また、録画された動画を視聴するというスタイルなので、ユーチューブのようなインタラクティブ性やコミュニティ感が欠如している点も課題です。

――私もUdemyでいくつか講座を購入しましたが、素人の視点からするとどの講座のクオリティが高いのか、自分にあっているのかを見極めづらいと感じました。かなりやる気を出したのですが、挫折してしまいました。

M:そうした課題をクリアすれば、動画知識販売市場の図式は今後大きく変わるのではないでしょうか。まだ、この分野では安定的なチャンピオンは生まれていないのではないか、というのが私の見立てです。そう考えるのは台湾での経験からです。

台湾のオンライン教育市場の成長は日本よりも早く、2014年から大きく伸びています。その中で、前述の課題を解決するサービスが登場しました。その代表例が私も投資した「Hahow 好學校」です。

Hahowはたんに録画された講座を有料で視聴できるだけではありません。プラットフォームがクリエイターと共同で、カリキュラムの編成からコンテンツの撮影、そして先生と生徒の授業内でのインタラクションに至るまで関与し、講座の品質を保っています。

――プラットフォーム事業者が「販売している講座の中身も保証する」ということですか。

さらに重要なのは、Hahowの「先生」が伝統的な教授や講師だけではなく、イラストレーター、デザイナー、エンジニア、あるいは心理カウンセラーや写真家など、各分野の実務の専門家やクリエイターである点です。実務家が必ずしもよい先生になるとは限りませんが、プラットフォームの支援を受けて、体系的な講座を作成できます。

まとめましょう。令和式学習のパラダイムシフトが続く中、新たな教育のニーズが高まっています。しかし、動画講座には現在、「ユーチューブの広告収益では知識系クリエイターの収入源としては不足」「既存の有料動画講座プラットフォームはクオリティが担保されていない」という課題が残っています。これをクリアするサービスが今後、日本の市場でも頭角を表すでしょう。

このポジションを誰が占めるのかが注目されます。前述のHahowも候補の一つです。彼らは今年3月、日本のスクール・講座情報サイトを運営する株式会社パセリと提携し、オンデマンド学習サイト「Myte」(マイティ)をローンチしました。

こうした新たなサービス、プラットフォームが令和式学習を次のステージへと進めていくのではないでしょうか。そう遠くない未来に、日本の学習市場が、さらに多様なクリエイターと学習方法によって再定義されるでしょう。私にとって、これは引き続き注目すべき、そして期待に満ちた変化です。

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 マットさんの話を聞いていると、ユーチューバーとインフルエンサーが分化する時代が到来しつつあることがよく分かった。多くのフォロワーを抱えその影響力がもたらす広告収益を得るのがインフルエンサーである。動画クリエイターの数が増え続け、そのジャンルが細分化していくと、広告では食べていけない、つまりインフルエンサーではないユーチューバーが大量に出現するだろう。

 より収益性の高い有料課金モデルに転向できれば、そうしたニッチなクリエイターたちの生存手段が確保されていく。それはより多様なコンテンツの広がりをも意味する。

 中年の私には新たな知識を学ぶ以前に、新たな学習法に目を白黒させる展開ではあるが、新たな文化の広がりに期待したい。

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