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宇宙でも大容量・リアルタイム通信を「宇宙光通信」の実現を目指すスタートアップ

株式会社ワープスペース 代表取締役CEOの東宏充氏

株式会社ワープスペース 代表取締役CEOの東宏充氏

 近年、地球低軌道上に多くの人工衛星が打ち上げられている。こうした衛星から送られてくるデータは、災害対策のほか、さまざまな産業用途に使われはじめている。しかし、大量のデータを地上に降ろすための通信インフラがボトルネックとなっている。

 現在、人工衛星と地球上の地上局、宇宙空間にある衛星と衛星の間の通信に主に用いられているのは「電波通信」だ。しかし、電波通信は伝送できるデータ量がそれほど多くないことに加え、衛星と地上局が通信できる時間が限られるため、リアルタイムにデータをやり取りすることは難しい。また、第三者から傍受されやすく、セキュリティ上の問題も発生する。

 こうした宇宙通信の課題を「光通信」を活用することで解決しようとするスタートアップがある。それが2016年に設立された株式会社ワープスペース(本社:茨城県つくば市)だ。

 ワープスペースは、より多くのデータを伝送できる光通信の普及を目指した技術開発を行っている。光通信を用いることで、宇宙通信のあり方がどう変化するのか。また、同社が提供する製品やサービスが光通信の普及にどう貢献するのか。同社代表取締役CEOの東宏充氏に話を聞いた。

電波の「数十万、数百万倍」のデータ伝送量

インタビュー中の東氏

「電波通信」と「光通信」にはどのような違いがあるのだろう。東氏によると、「電波」と「光」はどちらも電磁波の一種であり、伝わる速度(光速)に違いはない。しかし、波長や周波数が異なるため「性質が違う」という。

 まず電波は広範囲に広がりながら伝わる性質があり、障害物があった場合、回り込んだり、屈折して遠くへと伝わったりしていく。通信に用いる場合には、それほど多くのデータを送ることはできない。たとえば、月の近くにいる衛星から地球にデータを送信した場合、「悪い条件下では1秒間に数10ビットから数100ビット程度しかデータを送れない」という。

 一方、光はレーザービームのように直線的に伝わっていく。地球上では大気などの影響を受けてしまうが、そうした障害物がない宇宙空間では、非常に遠くまで伝わる。さらに、伝送できるデータ量は電波の数十万、数百万倍にもなり、月付近にいる衛星から地球にデータを送った場合、「1秒間にギガビット単位のデータを送れる可能性がある」とのことだ。

「たとえば月付近にいる宇宙飛行士がスマートフォンを使って船内の様子を地球に届けようとした場合、電波通信の場合は(数秒かけて)文字や音声情報ぐらいしか送れません。しかし、これが光通信になると(数秒かけて)4K動画をそのまま送れるようになるかもしれない。それくらい送れるデータ量は増えます」

光通信で「ほぼリアルタイム」が実現

 光通信が宇宙の通信インフラとして普及した場合、どういった変化が起こるのだろう。東氏が「最もインパクトが大きい」とあげたのが、「ほぼリアルタイムに膨大なデータをやり取りできるようになる」ことだ。

「電波通信では、衛星側のデータを常にリアルタイムで地上に送ることは難しい。だから、衛星から撮ったストリーミングデータを中継できるサービスなどはありません。しかし、これが光通信になればできるようになると言われていて、今世界中でこれを実現しようとしているところです」

 衛星からの画像や動画などをほぼリアルタイムで送れるようになれば、たとえば、災害対策のあり方も大きく変わるだろう。今雲がどう変化をして、どこに線状降水帯が発生しはじめているかを調べたり、地震や山火事の影響を即座に調べたりできるようになる。また、宇宙からの監視や偵察の精度も上がるので、国土防衛や軍事戦略の面でも大きな影響があるだろう。

 ちなみに、冒頭でお伝えしたように電波と光の伝わる速度は同じである。にもかかわらず、なぜ光通信を使うと、ほぼリアルタイムにデータを伝送できるのか。その理由は、送信できるデータ量が増えることに加え、静止軌道衛星などを使ったデータリレーが容易になるからだ。

 地球観測型の衛星の多くが低軌道上を周回しながら、画像や動画を撮影している。そのデータが送信できるのは、地球上にある地上局の上空を通るタイミングだけだ。このため、リアルタイム性を担保するのが難しいという。地上局が常に見える位置にいる静止軌道衛星にデータを送り、そこを経由するデータリレーも考えられるが、広範囲に広がる電波通信の場合、他の衛星の電波と干渉し合うため、実現が難しい。

 一方、光通信なら、光が直線的に進むため干渉が避けられるうえ、大量のデータを送れるため、データリレーによってほぼリアルタイムにデータを地上におろせるようになる可能性が高いという。

 このほかにも、広がりながら進む電波通信に比べて、直進性の高い光通信は第三者から傍受・妨害される可能性が低くなり、セキュリティが向上する。さらに、電波を利用しないので、各国が定める電波利用料を納める必要がなり、「運用コストが大幅に下がる」などのメリットも期待できるとのことだ。

光通信の利用イメージ(画像提供:ワープスペース)

超高精度に光を“的”に当てる難しさ

 さまざまな利点がある光通信だが、その普及は簡単ではない。東氏によると、その要因のひとつが「極めて高精度に光を“的(まと)”にあて続けなければならないこと」だ。

 一般的な衛星は、サイズと電力が限られているため、レーザーを照射するための装置も小型になる。小型の装置で大量のデータをのせた光を遠くまで飛ばすためには、「光を絞り切って、強い光に変える」必要があるが「このことが大きな制約になる」という。

 というのも、光を絞れば絞るほど、光線が細くなり、的にあてづらくなるからだ。東氏によると、「たとえば筑波山の山頂から富士山の山頂にあるダーツのブル(的の中心にある得点の高いエリア)に光を当て続けるほどの高精度」が求められるという。

「しかも、衛星は秒速7kmとか8kmで互いに動いています。ものすごい距離があって、互いに動く中で、さらに光が到達するまでの位置のズレも計算し、正確に追尾する必要があるわけです。これが非常に難しく、光通信の最大の課題となっています」

光通信インフラを構築するために

 現在、ワープスペースが主に開発・提供しているのは、こうした光通信を実現するための専用モデム「HOCSAI」と、衛星に光通信システムを搭載する際に、事前にその精度などをチェックするためのデジタルツイン型シミュレーター「Digital Twin System(DTS)」だ。

 なお、宇宙空間における光通信の規格は(国防にも関わるため)各国が独自に定めているケースが多い。同社が提供する光通信専用のモデムは、小型なことに加え、多くの規格に対応しており「相互運用性にも優れている」とのことだ。

「実は日本はすでに20年前の段階で、衛星同士の光通信で、精度高くピタッと照準を合わせて通信する技術を、JAXA(宇宙航空研究開発機構)を中心に欧州と実現していました。しかし、当時はニーズが少なく、結局産業的には発展しなかった。これらの技術を掘り起こしてブーストし、ビジネスにしていこうというのが我々の狙いであり、そうした研究者の方々とつながりを持っていることも大きな強みです」

 今後の展望を聞くと、2027年に事業を黒字化し「2029年には宇宙銘柄初の黒字上場を実現する」と東氏は意気込みを聞かせてくれた。

「さらにその先は、IPO(新規公開株)で得た資金を元手に自社で光通信の中継衛星を打ち上げ、最終的にはJAXAらと一緒に月や火星などを含めた宇宙の通信インフラを構築することを目指します」

 ロケットの打ち上げや月面着陸には大きな注目が集まる宇宙産業だが、それを下支えする通信インフラも、今大きな転換期を迎えている。その一翼を担えるのかどうか、ワープスペースの取り組みを引き続き注視したい。

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