今年で30回目となる気候変動について話し合うための国際会議「国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP30)」が、11月10日から21日までブラジルのアマゾン地域で開催されるが、アメリカでは今年初めにトランプ第2次政権が発足して以来、世界の脱炭素化の流れに逆行する形で様々な政策を打ち出している。
大統領就任直後に、第1次政権以来2度目となる国際的な気候変動枠組み条約に基づくパリ協定からの再離脱を発表。さらに、7月に成立した米連邦政府の歳出削減のための「ひとつの大きく美しい法(OBBB = One Big Beautiful Bill)」には、EVや再生可能エネルギーなどの脱炭素・クリーンエネルギー関連の税額控除や補助金の大幅な見直しが盛り込まれた。
このような状況下で、スタートアップの集まるニューヨーク「ブルックリン・ネイビーヤード」で9月に行われたのが、「グリーン・スキルズ・サミット:逆境に負けない街と労働力」と題したパネル・ディスカッションだ。
このイベントでは「建物の脱炭素化とエネルギーの効率化」、「乗り物の電動化」、「再生可能エネルギー」、そして「暴風雨対策」の4つのテーマに沿って議論が交わされたが、特に「再生可能エネルギー」と「乗り物の電動化」の分野において、トランプ政権による環境政策転換の影響が顕著に感じられた。
逆風下でも電動化の流れは止まらない
バイデン前政権下では、2030年までに全新車販売台数の少なくとも50%をEVなどの排出ガスを出さないゼロエミッション車にするという目標を掲げ、EV購入者に対して最大で7500ドル(約110万円)の税額控除を2022年8月から行ってきたが、トランプ政権は、これを今年9月末に廃止した。
「EVに対する連邦政府の助成金の廃止や(ガソリン車に対する)規制の後戻りが起きており、現状は良くない方向に向かっていると思います」
そう語るのは、上記パネル・ディスカッションにも登壇していた全米でゼロミッション車を推進する非営利団体のCALSTART(カルスタート)で、リード・プロジェクト・マネージャーを務めるマック・ブルース氏だ。
今年7月には米環境保護局(EPA)が、これまで自動車の排ガス規制などの根拠となってきた「二酸化炭素などの温室効果ガスが人々の健康や福祉を危険にさらす」という連邦政府の判断を撤回する方針を明らかにした。この撤回は、今後自動車に対する排ガス規制の緩和につながると見られている。
これに対し、CALSTARTは「このEPAによる判断はアメリカの(EV)労働市場、そして国際的な競争力を著しく低下させるものだ」との声明を発表し「この政策による経済的、道徳的影響は受け入れがたい」とトランプ政権を厳しく批判した。
9月22日には、ニューヨーク州やカリフォルニア州を含む22州と9つの自治体が連名でEPAの方針に反対する意見書を提出した。
このような逆風下にあってもニューヨーク州では、EV新車登録台数は増え続けている。州政府の最新データによると、州内におけるEV(バッテリー式とプラグインハイブリッド式の両方)新車登録台数は2019年の1万4000台が、2024年には9万6000台までの伸びをみせている。
ニューヨーク州では、連邦政府による税金控除が廃止された現在でも「ドライブ・クリーン・リベート」として、EVの購入、もしくはリース時に2000ドル(約30万円)までの割引が消費者に適応されている。
ブルース氏は、こうした州政府によるEV移行への積極的な取り組みが、EVの普及を後押ししており、トランプ政権下において自動車の電動化は一時的に減速するとしても、これまでのEVインフラに対する投資や州による補助金の提供、そしてEVバッテリーの価格低下などにより、長期的には電動化の流れは止められないだろうと強調した。
一方で、同氏は連邦政府と州政府の間に格差が生まれ、中国やヨーロッパのEV市場との差がさらに拡大することについての懸念も示した。
再生エネルギー分野では駆け込み需要の増加
風力や太陽光発電など再生可能エネルギーの分野でも、トランプ政権による同様の動きが見られる。
しかし、再生可能エネルギーのパネルに登壇したブルックリン・ソーラー・ワークスのTRラドウィッグCEOは、「(太陽光パネルは)これまでに見たことのないほどの異常な売れ行きをみせています」と語る。
ラドウィッグ氏によると、7月に「1つの大きく美しい法」が成立する前までは太陽光パネルの売り上げは月に50〜60枚ほどであったのが、8月には2倍の120枚ほどに増加したという。その理由として同氏は、これまで一般家庭における太陽光パネル設置費の30%が連邦税控除の対象になってきたが、今年末にはその税制優遇措置が廃止予定であり、その駆け込み需要があること。加えて、電気代の高騰も太陽光パネルの購入ラッシュに拍車をかけているとラドウィッグ氏は説明する。
米国エネルギー省のデータによると、全米の一般家庭における電気代(1キロワットアワー平均)は2021年1月から2025年1月までの4年の間で26.3%上昇している。これは同時期における、消費者物価指数の増加率21.5%を超える値となっている。
トランプ政権は太陽光や風力発電の生産、そして事業投資に関する税額控除も2027年末までに終了し、バイデン前政権が拠出を確約していたグリーンエネルギー分野(原子力を除くクリーンエネルギー)への補助金130億ドル(約2兆円)を取り消す方針を明らかにしている。現政権はこれまでも、西部ネバダ州における国内最大規模の太陽光発電プロジェクトを中止に追い込み、東部メリーランド州沖で建設中の洋上風力発電プロジェクトも建設・運営計画承認を差し戻す動きをみせている。
だが、皮肉なことに現政権によるこうした動きが再生可能エネルギー開発への駆け込み需要を助長している。市場リサーチ会社のブルームバーグNEF(BNEF)はアメリカにおける太陽光・風力・蓄電池による発電容量が、2025年から2026年末にかけて10%以上増加するとの見通しを示している。
ラドウィッグ氏も太陽光電力の需要は無くならないだろうとしながらも、「最も心配しているのは連邦税控除が無くなった後に、消費者が(太陽光パネルなどを)購入する機会を失ったと思い、買い控えするようになることです」と同氏は語った。
現在ニューヨーク州は太陽光パネル設置費の25%、もしくは最大5000ドル(約75万円)の税額控除を行っているが、今後は州政府による消費者へのさらなる援助が必要だとラドウィッグ氏は強調した。
親グリーン州政府への期待
上記のように反クリーンエネルギーの政策を推し進めるトランプ政権と、カリフォルニア州やニューヨーク州など環境保護対策を進める州政府との差異が鮮明になってきている。
ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事は9月24日に、州内で暮らす低・中間所得者の住宅におけるエネルギーの効率化やスクールバスの電動化、そして複数の再生可能エネルギー事業への投資などを含む、同州史上最大額となる10億ドル(約1500億円)規模の「サステナブル未来計画」における具体的な投資計画を発表した。
その発表で、ホークル知事は「他の者が後退するなか、我々はこれまで以上に(投資を)強化するつもりである。この投資によりニューヨーカーたちの自宅ではエネルギーの効率化が進み、学校はより健康的になり、我々のコミュニティーはより強くなる。さらに雇用を創出し、公衆衛生を改善することになる」と語っている。
ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)の統計調査によると、州内における再生エネルギー開発や乗り物の電動化などに携わる雇用は、統計を取り始めた2016年に14万5778人だったのが、2023年には22%以上増加し17万8449人であった。
コロナ・パンデミックが起きた2020年以降は、クリーンエネルギー分野における雇用は毎年増加傾向にある。
パネル・ディスカッションに参加したブロンクス・コミュニティー・カレッジのリチャード・シークレスト氏によると、ニューヨーク市が運営する同専門学校では電気自動車に精通した整備工を育てるため、自動車技術科を専攻する学生にEVやハイブリッド車の整備訓練を行う授業を導入しているという。
さらに、2023年に始まった2週間の育成プログラムでは、高校を卒業したばかりの学生や若い自動車整備工を対象にEVのメンテナンスや、電力変換や安全保護などの電気自動車用電源装置(EVSE)に関する訓練などを行っており、これまでに80人の学生がプログラムを終了した。
シークレスト氏はEVを専門に扱う学生はまだ少数だとしながらも、EVの技術が進歩するにつれて今後も安全面を中心にトレーニングが必要だと、若い自動車整備工に対する教育の重要性を強調した。
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クリーンエネルギー業界の関係者に話を聞くと、トランプ政権による環境政策転換により一時的には乗り物やエネルギーの「グリーン化」は停滞するだろうが、気候変動対策はすでに後戻りできないところまで来ているというのが総意であると見受けられた。
しかし、現在のアメリカによる反環境保護政策により米国内だけではなく、世界的な悪影響が数年後、数十年後にボディーブローのようにじわじわと効いてくるのではないかと心配される。
このような逆境のなかで、州や自治体、企業などがそれぞれどのような温暖化対策を打ち出していけるのか、注視していきたい。
