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“いんちきレビュー“などの「不正」と「詐欺」に技術で立ち向かう 日本の先を行く中国クレジット・テック

画像はイメージ図です

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 中国=監視社会というイメージは根強い。あたかもディストピア小説の名作『1984』が現実化したかのようだ、と。果たして本当にそうなのだろうか。

 中国が監視社会であることは事実だ。街中にはおびただしい数の監視カメラが設置されている上、AI(人工知能)を使って特定の人物を探し出すことができる。スマホのメッセージアプリの通信内容は検閲されているので、友人同士のグループチャットで国家指導者を批判する、あるいは謎の伝染病が広がっているらしいなどと書き込むと、警察が自宅までやってくる。

 一方で、誤解も多い。独ベルテルスマン財団傘下のオンライン誌『Change Magazin』では、中国監視社会を構成する仕組みが紹介されている。国民の道徳心をスコア化し、ボランティア活動、高齢者をいたわる、献血、貧困者救済、英雄的行為、さらにはSNSに政府のスローガンを書き込むといった行為で加点され、飲酒運転、非合法な政府への抗議、高齢の父母に会いにいかない、ネットで虚偽の噂を流す、カルトに参加する、オンラインゲームでチートツールを使うなどの行為で減点されるという。

 スコアが高い国民は路線バスが安く乗れる、無料でスポーツジムが使える、学校進学や就職が優遇されるといった報奨や、飛行機や高速鉄道の乗車拒否、子どもを私立学校に通わせられないといった懲戒が与えられる。こう紹介した後に、「まるで(SFドラマの)ブラックミラーで描かれたディストピアのように見えるが、現実だ。政府はビッグデータを収集し、善行を報奨し悪行を懲戒し、国民を規律化しようとしているのだ」と評している。

 ところがこれらの仕組みは実際には中国には存在していない。一部企業が実施しているサービスや、司法機関による懲戒制度など、複数の異なる仕組みを一緒くたにして、「恐るべき制度」との誤解を作り上げている。

 記事が解説するところの「恐るべき制度」は誤解ではあるが、できることならば道徳心スコアを作りたいと中国政府は望んでいるようだ。

 たとえば北京市は、2018年に全市民を対象とした信用スコア制度の導入計画を発表した。2020年までに導入するとの触れ込みだったが、現在も導入されていないどころか、延期や中止のアナウンスすらない。結局、道徳心をスコア化する仕組みを作る難易度は非常に高いのだろう。プロジェクト立ち上げを発表したものの、手つかずのまま放置された。拙著『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐との共著、NHK新書、2019年)で「紙の上のディストピア」と呼んだゆえんだ。

 中国監視社会に対する誤解の中でも、もっとも大きなものは「すべてが中国共産党の独裁を強化するためのアプローチ」との見立てであろう。だが、実際に調べていくと、「信用科技」(クレジット・テック)と呼ばれる一連の技術は、独裁体制維持のためだけのものではない。人々が円滑に商売することやフェイク情報に踊らされない社会を作るなど、社会課題への対策が大きな比重を占めている。

 先日、そのクレジット・テックで注目すべき新サービスが登場した。中国EC(電子商取引)最大手アリババグループの地図アプリ「高徳地図」(Aマップ)に実装されたストリートランキング機能である。レストランや小売店などのレビューや点数評価を投稿できるサービスは、フェイクレビューや極端な意見の投稿によって、本当の評価が見えにくい。信用スコアと行動データに基づいて、フェイクレビューを撲滅する試みは注目に値する。

ストリートランキングのイノベーション

白い軌跡は「徳財汪江西菜館」を目的にした移動の軌跡。遠距離からの来訪者数が評価となる

 Aマップとは中国シェア1位の地図アプリ。スマートフォンで使われているほか、カーナビとしても利用されている。グーグルマップなど日本で使われている一般的な地図アプリと同等の機能を持っているほか、お店の予約、割引クーポン配布、配車アプリ呼び出しなど多彩な機能を持っている。中国旅行する人ならばインストール必須のアプリと言っていい。

 そのAマップが9月10日に実装した新機能がストリートランキングである。飲食店やホテル、お店などに5点満点の評価がついていて、どこを訪問するかをリサーチする時の手がかりになる。これだけなら今までと変わらないが、その点数の付け方が変わった。行動データと信用スコアによって補正されたユーザー評価から算出される。

 行動データとはユーザーが実際に移動したデータを指す。このお店を目的地に設定して実際に移動した人の数、どれだけ遠くから訪問したのか、リピート客の多さ、検索回数の多さ、お店をお気に入り登録した人の数といったデータから、どれだけの熱意を持ってそのお店に向かっているのかを可視化している。

 そして、信用スコア。中国の決済アプリ大手「支付宝」(アリペイ)には「芝麻信用」(セサミクレジット)なる信用スコアが実装されている。決済やネットショッピングの利用履歴、ネット上での人間関係、保有資産や学歴などのデータ(ユーザーが自発的にアップロードした場合のみ参照される)、裁判判決不履行での懲戒記録、ネットサービスの不正利用履歴などを統合して信用スコアを算出する。スコアのもっとも大きな用途は消費者金融と割賦払いの限度額設定である。スコアが高い人ほど多額のお金を借りられる。加えて、ホテルに泊まる時にデポジット(保証金)が不要になるなどの特典がある。

はま寿司天津泰達イオン店の画面。総合評価4.5。口コミ評価(信用評価補正済み)3.8。訪問者数やリピーター数などの行動評価4.7。

 奇妙なサービスに思えるが、実際にはクレジット会社が利用者の限度額を設定する作業とさほど変わらない。与信審査に利用するデータが主にネットサービス経由のものとなっていることが大きな違いだろうか。ゴールドカードやプラチナカードなどグレードが高いカードの審査が通ることと、セサミクレジットで高得点を得ることはほぼ同じだと思えばいい。

 ストリートランキングでは、セサミクレジットのスコアが高いユーザーの書き込みほど重視される。ゴールドカード所持者の口コミは高く評価され、低所得者のレビューは排除されるとなるとひどい差別にも感じるが、「違法行為や不正行為の前歴があるユーザーのレビューが排除されている」と考えると、見方は変わるだろう。

 少なくとも、多くの中国人はこのサービスを支持し、Aマップのユーザーは一気に拡大した。背景にあるのは既存の口コミレビューが間違った情報だらけだったことにある。星5評価が乱発され、美辞麗句でほめまくったレビューがついていてもまったく信用できない。日本の地図アプリやランキングサイトもひどい状況だが、ネット大国・中国における“いんちきレビュー”の蔓延はそれ以上だ。「足による投票」で可視化された評価、怪しげな人が排除された口コミならば信頼性が高まる。

 レストラン評価サイトの点数を信じて、何度も痛い目にあった経験がある私からすると、日本でも導入してもらいたいと思えるサービスだ。

百花繚乱の中国クレジット・テック

 14億人がひしめく中国ではクレジット・テックの価値がすこぶる高い。フェイク情報を流して利益を得ようと考える人の数が多く、その切磋琢磨によってフェイクの技術はますます洗練されていく。その対策は必須だ。

 ストリートランキングは最新の成功事例だが、それだけではない。河北省衡水市は企業の汚染物質排出状況をブロックチェーンに記録するサービスを開発した。排水や排気の浄化設備を稼働させるとランニングコストがかかる。それならば賄賂を渡して、検査結果をごまかしてもらったほうが安く上がる。だが、このサービスを使えば、検査結果が即座にブロックチェーンに記録されるため誰も改ざんすることはできない。

 ビットコインなどの暗号通貨が禁止された中国だが、ブロックチェーンはクレジット・テックを支える技術的インフラとして重視され、開発が進められている。改ざんできないという特長を生かし、食品トレーサビリティなどに使われているほか、面白いところでは家政婦の評価記録に使うアイデアもある。客がつけた低評価を勝手に消せないようにすることで、本当に信頼できる人を可視化する発想だ。

 また、法人向けでも電力消費データを使ってその工場が本当にちゃんと稼働しているのかを調べる。あるいは、訴訟を起こされていないか、経営者は他にどんな企業の大株主なのかを可視化するサービスなどもある。不思議なところでは「チベット活仏検索サービス」。チベット活仏になりすまして仏教徒を騙す詐欺師は多い。そこで、その人物が中国政府公認の活仏なのかを手軽に検索できるサービスが開発された。

 中国発クレジット・テックの数々を見ていると、どのような不正が社会課題になっているのかが透けてみえる。日本では不必要なサービスも多いが、ストリートランキングのように同じ課題を共有しているものもあるだけに、注目して損はないだろう。日本の未来のデジタル社会を考える上でも、この「信頼」をテクノロジーで可視化する試みは、重要な示唆を与えてくれるはずだ。

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