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【日本人が知らない 、世界のスゴいスタートアップ 新春番外特別編】2026年はどんな1年に AIバブルの崩壊か 中国テックの逆襲か 著名投資家が語る世界のベンチャー投資

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 連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、昨年も1年間、世界の最新スタートアップ事情について、台湾の投資家マット・チェン氏が様々な話題を提供してくれた。

 2025年はAIが話題を独占し、投資も集めた1年だった。しかし後半には「AIバブル」との声もチラホラ。

 2026年のスタートアップ投資はどうなるのか。投資家としてどのような戦略を持つべきか。投資対象となる有望AI企業の見極め方、米中の対立の影響、さらに台湾、日本のスタートアップの評価など、盛りだくさんの話題を今回は新年特別編としてお届けする。

鄭博仁(マット・チェン、Matt Cheng) ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・ベンチャーズ)の創業パートナー。創業初期をサポートするエンジェル投資の専門家として、物流テックのFlexport、後払いサービスのPaidyなど、これまでに15社ものユニコーン企業に投資してきた。元テニスプレーヤーから連続起業家に転身。ジョインしたティエング・インタラクティブ・ホールディングス、91APPは上場し、イグジットを果たしている。

AIバブルの正体

――現在のスタートアップ業界、ベンチャー投資を語るうえで欠かせないのは、いわゆる「AI(人工知能)バブル」です。2022年末のChatGPTローンチ以後のAIブームによって、関連投資が過熱しています。米国は今年4~6月期に民間IT関連投資が対GDP比で4.4%まで上昇し、2000年のドットコム・バブルに匹敵する水準に達しました。ドットコム・バブルとは1999年から2000年にかけて米国を中心に発生したもので、過剰な通信インフラ投資やナスダック株の急騰急落を引き起こしました。そのAI版が起きているのではないかと疑念は、次第に強くなっています。

「このAIバブルはいつかクラッシュする」という警鐘がある一方で、「これはバブルではない。そのうち投資に見合うビジネスに成長する」という主張もあります。また、トランプ政権下でも意外と米国の経済成長は堅調のように見えるが、AI関連投資が牽引しているだけで実体経済は減速しているのではといった説もあり、AIへの巨額投資にまつわる解説は百花繚乱です。

マット・チェン(以下、M):昨年から続くAI投資は、2つの側面から見る必要があります。短期的には「バブル」の側面は否めません。マサチューセッツ工科大学のレポート「GenAI Divide(生成AI格差)」によると、(AIを)試験導入した企業で明確な成果が得られたのはわずかに5%にとどまります。他の調査でも同様の結果がでており、足元のROI(投資対効果)を見れば、今のAI投資は明らかに過剰です。

Matt Cheng(マット・チェン)氏近影
Matt Cheng(マット・チェン)氏近影

ですが、長期的視点で見れば、話は変わります。ドットコム・バブルは弾けましたが、インターネットという技術の重要性は確かなものでした。AIも、水や電気、インターネットと同じで、世界の人々にとって必要不可欠なインフラとなる未来は間違いないでしょう。

またドットコム・バブルのダメージは甚大でしたが、その過剰投資の中でアマゾンやグーグルという巨人を生まれ、育ったことも記憶する必要があるでしょう。

今のAI投資は、大手AI企業とその開発運用基盤を提供する巨大クラウドサービスプロバイダー、いわゆる「ハイパースケーラー」が牽引しています。彼らもリスクは十分承知していますが、それでもデータセンターに天文学的な投資を続けているのは理由があります。次の時代の水道管、送電網を握るためにリスクを取っているのです。この勝負に敗れれば大きな痛手となりますが、チャンスを見過ごすリスクのほうが恐い。だから投資を続けるのです。

パラダイムシフトの最中において、過剰投資が生じるのは必然的なプロセスとも言えるでしょう。

失敗企業が出るのはスタートアップの常

――長期的なタイムスパンで見るとAIは必ず普及し投資は意味を持つが、短期的には投資に見合う利益を生まないのでどこかで一度は調整が入る。この構図は理解できますが、短期的には投資リスクが高いのではないでしょうか。マットさんもAI企業への投資には慎重になっているのですか。

M:いやいや、思いっきりアクセルを踏んでいます(笑)。

AIバブルに関連して、投資家として困っているのはスタートアップのバリュエーション(評価額)が跳ね上がったことです。民泊プラットフォームのAirbnb、クラウドストレージのDropboxが登場した2010年代前半、シードラウンド(創業初期)の調達額は100万ドルから150万ドルが平均でした。今のAIスタートアップはシードでさえ500万ドルから3000万ドルを調達します。プロダクトがまだ完成していない段階でも、評価額が1億ドルに達することも珍しくないのです。

そこで、私はシードではなく、さらに早いエンジェルラウンドでの投資に特化しました。まだプロダクトもできていない段階で、そのスタートアップの可能性を見極める目利きが必要となりますが、より大きなリターンを見込めます。

――マットさんの洞察力はすばらしいですが、それでもリスクが大きいのでは。

M:リスクはありますが、もともとベンチャー投資とはリスクを取るものです。私は2015年にチェルビック・ベンチャーズを立ち上げ、現在は第6号ファンドを運営しています。約200社に投資してきましたが、うち投資額の20倍から500倍になるようなホームランとなったのは15社程度。10%未満です。

その他の企業は、そこそこの成功を収めるケースもありますし、3割から4割程度はまったく目が出ずに終わります。ただ、これは健全な割合で、これより失敗の割合が低ければリスクテイクできていないとも言えます。

有望AIスタートアップの探し方

――エンジェル段階でどうやって有望スタートアップを見極めるのですか。

M:自分の中に明確な基準を持ち、その戦略に基づいて投資することです。私は「バーティカルAI」(分野特化型AI)と「AIインフラ」にしぼっています。

米国にて起業家たちと交流するMatt Cheng。写真は左から、Max AI共同創業者 Zubair Ahsan、Matt Cheng、Avela 共同創業者 Greg Bybee。中央下は Magic Labs 共同創業者 Sean Li。(注:Max AI、Avela、Magic Labs は全てCherubic Venturesの投資先です)
米国にて起業家たちと交流するMatt Cheng。写真は左から、Max AI共同創業者 Zubair Ahsan、Matt Cheng、Avela 共同創業者 Greg Bybee。中央下は Magic Labs 共同創業者 Sean Li。(注:Max AI、Avela、Magic Labs は全てCherubic Venturesの投資先です)

バーティカルAIですが、レガシーな産業をAIの力で改革するようなサービスを指します。たとえば「医療業界のStripe」と呼ばれるMax AI社はその代表格です。同社は、非常に複雑で煩雑な米国の医療費請求プロセスをAIで自動化し、病院スタッフの事務作業を軽減します。同社に投資を決めた理由は、創業者が医師という点にも注目しました。テック企業がレガシー産業に入り込むのは容易ではなく、どれだけ優秀なエンジニアでも困難です。その業界の「中の人」が手がける必要があります。

バーティカルAIの発展には「ロールアップ戦略」が注目を集めています。特定業界の中小企業を買収し、効率的なソリューションを導入することで、その企業の価値を高めるという手法です。もともとはPEファンドの手法ですが、AIスタートアップがソリューションを売るのではなく、買収した企業に導入するというスタイルが近年、広がっています。

ロールアップ戦略を採る場合、優れたソリューションを生み出せるかどうかと同じぐらい、どれだけ早く資金を集めて買収を進められるかも成長のカギを握ります。エンジェル投資でそのスタートを加速させることができれば、大きな強みとなります。

Max AIも私が投資した時点の評価額は1000万ドルでしたが、次のラウンドでは1億ドルの評価額を獲得し、猛烈な成長を続けています。

――もうひとつの戦略が「AIインフラ」ですね。

M:「インフラ」といってもデータセンターなどのインフラを作るのではなく、AIサービスに必要なサービスを開発する企業を意味します。AIエージェントの認証サービスを実施する米国のMagicLabs社や、利用されていない計算資源のシェアリングを行うInference.ai社のアプローチは参考になります。

かつてのゴールドラッシュで一番儲かったのは、「ツルハシ」を売った人だと言いますよね。AIサービスで真正面から戦うスタートアップよりも、そうした企業にサービスを売る会社に可能性を感じます。AIだけではありません。昨年ロボット開発企業のための合成データ提供を支援するHillbot社にもそうした観点から投資しました。すでにあのテスラもクライアントに加わり、投資から1年でユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場企業)の仲間入りを果たしました。

マーケットは「中国」と「それ以外」に別れた

――AIと並ぶビッグトピックが中国テックの台頭です。マットさんはもともと中国企業にも投資していたと聞きましたが。

M:中国で働いた経験もあるので、投資をしていましたが、2018年には撤退しています。政治的な判断だと誤解されることも多いのですが、純粋にビジネス的な判断です。

というのも、当時の中国スタートアップはアイデアや技術革新を競うのではなく、マネーを注ぎ込んで顧客を奪うゲームとなっていました。シェア自転車やコーヒーチェーンなど新興スタートアップは、赤字覚悟の安売りを続けて顧客を増やし、その業績で資金調達し、さらに安売りを続けるということを繰り返していました。ビジネスの本質を見失っていたのです。

もうひとつ、中国企業の米国市場での上場が難しくなりつつあったことも課題でした。半導体やロボットなど中国政府の政策と深い関わりがある企業は、米国市場に上場することは難しい。

私のファンドは出資者から米ドルを集めていますので、ファンド満期後の返済も米ドルで行う必要があります。中国で上場して人民元を得ても、それを米ドルに換えるというハードルがあるのです。

中国には現在、多くの優れた企業がありますが、投資するには超えなければならないハードルがあるのです。

――政治的問題によって中国企業は海外にアクセスしづらくなっている。これが成長のボトルネックになることはありませんか。

M:世界のマーケットは今、2つに別れています。「中国」と「それ以外の世界」です。世界から隔離されたことによって、中国企業は「中国」マーケットを独占できる、これはある意味では強みかもしれません。

たとえば、通信機器・端末大手のファーウェイです。中国国産半導体を使ったスマートフォンが中国市場でヒットしていますが、半導体の微細化加工の技術では世界の最先端から2~3世代遅れています。ファーウェイは優れた統合技術によってそのハンデを感じさせないプロダクトを作っていますが、処理性能では見劣りします。それでも分断された「中国」マーケットであれば、十分に勝てるのです。

そして、次のフェイズでは「中国」マーケットで勝った中国企業が、「それ以外の世界」を席巻するのではないか。私はそう予測しています。

IPO(新規株式公開)による資金調達で2025年の世界一となったのは、ナスダックでもニューヨーク証券取引所でもありません。香港です。「中国」マーケットの覇者となった中国企業は、それだけで世界の投資家から評価され、高い時価総額を得ます。香港市場のIPO待機列にはなお300社がひかえているとのことですから、この熱狂は今後しばらく続くでしょう。

では、中国企業はこのIPOで得た資金をどのように使うのでしょうか。もし、彼らがこの資金で世界の企業を次々と買収していったのならどうなるでしょう。「中国」マーケットでの勝利をそのまま、「それ以外の世界」マーケットでの覇権へと拡大できるのです。

日台スタートアップのチャンス

――ドキドキするような想像ですが、中国企業の立場に立つと合理的な戦略にも思えますね。さて、マットさんの祖国である台湾、そして読者がいる日本のスタートアップについてどのようにみておられるのか、うかがいたいです。

M:台湾には追い風が吹いています。半導体の製造、AIサーバーの製造、ロボット開発のサプライチェーンと、ホットトレンドに必要な産業集積があるからです。日本もロボット産業にチャンスがあると見ています。介護ロボットの需要は世界に共通していますが、「機械による介護」に抵抗を持つ人は多い。日本は鉄腕アトムやドラえもんなどアニメの影響もあってロボットを受け入れる土壌があり、保険制度が整備された福祉国家でもあります。どれだけすごい技術があっても、それだけ普及するわけではありません。文化と制度という背景がある日本は、介護ロボットを突破口に消費者向けロボットの世界的リーダーになる可能性があると期待しています。

――課題についても教えてください。

M:米国と比べると、台湾も日本もベンチャー投資の中心はCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル、事業会社が出資運営するファンド)です。民間のVCは先ほど説明したとおり、ホームランを狙ってリスクを取った投資を行います。ですが、CVCは自社とのシナジーを求めたり、赤字が出ないよう、投資先に早期の黒字化を求めたりと体質が異なります。日本も台湾もベンチャーキャピタルが増えているとはいえ、CVC中心の現状では破壊的なイノベーションは生まれません。

――台湾、日本が失敗しているというよりも、米国と中国だけが異質というほうが正しい気がします。膨大な数のVCが存在し、投資先を奪い合っている。VCが多い米中では有望なスタートアップの立場は強力ですが、日本や台湾を含めたその他の国ではその逆です。

M:そうした投資環境を変えることは必要です。私が実際に会って話している印象では、日本の起業家はきわめて優秀です。後はその力を伸ばす環境が必要なのです。

* * *

 今回の対談ではマットさんの投資家としての戦略を中心に話を聞いた。政治、経済、国際情勢、いずれの面でも世界は混迷の度合いを深めているが、マットさんの視点は明快だ。「先が見えないものに投資する」というエンジェル投資の達人として、細部までは把握できなくても正しいベクトルなのかどうかという方向感覚を備えていると感じる。

 AIの行く末にせよ、中国テックの台頭にせよ、不確実なことばかりで正確な地図は存在しない。鋭敏な方向感覚を身につけ、陥穽を回避し、正しいゴールへと近づく知恵を身につけることしかできない。2026年も本連載が方向感覚を養う一助となることができればこれに勝る喜びはない。

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ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。