人が細かく指示せずとも、目標を理解したAIが自律的にツールを使いながらタスクを実行するAIエージェントの社会実装が日本でも徐々に始まっている。日本電気株式会社(本社:東京都港区、以下「NEC」)も、昨年12月に「NEC 調達交渉AIエージェントサービス」をリリースした。これは、主に製造業の「調達業務」において最良の取引条件を自律的に生成し、サプライヤーと交渉するAIエージェントとなっている。
このサービスでコア技術として活用されているのが、同社が独自開発した「自動交渉AI」だ。このAIは、以前当媒体で紹介した「AI間連携技術」(A I同士で相談や交渉をさせるための技術 ※)がベースとなっている。
(※ 参照「自動運転車同士が交差点で出会うと何が起こる?問題を解決する“相談するAI”」 )
AIエージェントが登場するかなり前から、この時が来ることを見越して研究開発が進められていた「AI間連携技術」が、どのように昨今のAIエージェントの技術につながり、活用されているかについて、NEC AIテクノロジーサービス事業部門の片岡昭人氏と臼井夏美氏に話を聞いた。
人手による膨大な調達業務を大幅に削減
臼井氏によると、現在NEC AIテクノロジーサービス事業部門ではサプライチェーンマネジメント(以下、SCM)に着目し、「SCMに関する課題や困りごとを解決するためのAIエージェント」の実現を目指しているという。
たとえば「需要と供給のバランス調整」や「物流における配車の手配」、「顧客との納期や数量の交渉」など、サプライチェーン上のさまざまな場面で「交渉」や「調整」が発生しているが、それらの業務を自動化するAIエージェントを開発・提供しようというわけだ。
「そうしたいろいろな交渉ごとの、ひとつ目のユースケースとして選んだのが『調達業務』です。特に、ものづくりにおいて必要な部品部材を納めてくれるサプライヤーとの交渉に利用できるものとして商用化したのが、今回の『NEC 調達交渉AIエージェントサービス』です」(臼井氏)
AIエージェント(自動交渉AI)が担うのは主に2つ。ひとつが「交渉案の生成」、二つ目が「取引相手との交渉」だ。
「交渉案の生成」では、部品部材の「入出庫データ」や「オーダ情報」「品目情報」などをもとに、たとえば安全在庫(絶対に下回ってはならない在庫の下限)が足りなくなってしまいそうな場合に、AIはその状況を自動検知し、サプライヤーに「納期の前倒し依頼をするための交渉案」を自動で作成する。
続く「取引相手との交渉」では(現時点では相手方の人間の)サプライヤーとチャット上で交渉する。この時に行われているのは、以下のようなやり取りだ。
まずひとつ目の交渉案は「自社にとってベストな内容」のシナリオだ。まずは、相手にこれ提示する。それに対して、相手のサプライヤーから「応じられない」と返事が来れば、互いに譲歩できる内容を探りながら、新たな交渉案を自動的に案出し提示する。最終的に「合意」に至るまでそれを繰り返していく。
大手企業であれば、サプライヤーは数百社にのぼり、何万点もの部品部材を納めてもらう場合もある。そうした中で調達担当者が一社一社に電話やメールをしたり、ファックスで注文したりするのは非効率的だ。また急な変更などに対応するのも難しいだろう。
「そうした中で『NEC 調達交渉AIエージェントサービス』であれば、人手で行っていた膨大な調達業務を大幅に削減できます」と臼井氏はいう。また、販売機会の取りこぼしや欠品の防止による「収益機会の最大化」や「在庫の適正化」などの効果も期待できるとのことだ。
なお、説明を聞く中で筆者の頭に浮かんだのが「他社との交渉を通して発生する“責任”は誰が負うのか」という問題だ。これに対しては「契約に関しては、基本的に人手で行うことを想定している」(片岡氏)とのこと。
「今回商用化しているのは、コミュニケーションに関する部分です。その範疇であれば『中小受託取引適正化法(取適法)』などにも対応しており、たとえば受注する側(サプライヤー)が不利にならないよう配慮する機能などは搭載しています。しかし、交渉を通して発生する“責任”に対しては(サービス外で)人間同士で契約書を交わすことを想定しており、契約部分まで含めるのであれば、他の契約システムと連携することなどを想定しています」(片岡氏)
「レジリエントなサプライチェーン」を目指して
同サービスにおいて、AIエージェントがサプライヤーと交渉し、合意に至るまでのプロセスで基礎技術として活用されているのが、2019年3月に当媒体で紹介した「AI間連携技術」だ。
片岡氏によると、「AI間連携技術」をベースとした「自動交渉AI」については、ドローンや物流などさまざまな分野で実用化が試みられていたが、その中で顕著な効果が得られたのが、2024年11月にNECグループ会社で実施した調達交渉に関する実証実験だったという。
これは、NECグループ会社における約1300品目の部品調達に関して、社外のサプライヤーとの交渉にAIを用いたものだ。購買側の担当者が介在せず、AIのみで合意が達成された割合「自動合意達成率」が約95%に達し、NECグループ会社、サプライヤー双方にとって最適な条件で交渉が成立したという。さらに、従来であれば数日要していた調整時間がわずか約80秒(中央値)に短縮できたとのことだ。
加えてサプライヤー側からも、「対AI」だと交渉のやり取りが非常にスムーズに進むために「確実に効率化できる。ぜひ商用化してほしい」と反響があったと片岡氏は胸を張る。
「こうした非常に良好な結果が出たこともあって、ご利用いただく価値があるということで、今回商用化いたしました」(片岡氏)
今後の展望を尋ねると、臼井氏は「(SCMの他領域への)多面的な展開」に加え、「より安心して使えるようガバナンスにも力を入れたい」と話す。
片岡氏は「まずはグローバル展開を目指したい」としたうえで、「技術軸でみた場合には(『AI対人』の先に)『AI対AI』で自動交渉する世界を早期に実現したい」と意気込む。
「この『AI対AI』による自動交渉実現の先に目指したい世界観は、自然災害や地政学的なリスクによって、国際的に利害の異なる二者、つまり『国対国』レベルのサプライチェーンが分断された時に、AI同士が自律的に『何を解決すべきか』を議論(交渉)し合い、解決の道を探るような未来です。我々はこれを『レジリエント(自己修復型)なサプライチェーン』と呼んでいるのですが、そういった未来もAIエージェントで実現できるのではないかと期待しています」(片岡氏)
筆者が「AI間連携技術」について取材したのは、まだ生成AI登場以前の2019年のこと。そこから6年余りが経過し、いよいよ商用化の第一歩が踏み出された。AI同士の交渉が社会の各所で行われることにより、どのような変化がもたらされるのか。希望に満ちた未来を期待したい。
