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「見られる力」も重要 中国ロボットハーフマラソン大会は大規模な社会実験 

人とロボットが並走したロボットハーフマラソン

人とロボットが並走したロボットハーフマラソン

 2026年4月19日、北京経済技術開発区(Beijing E-Town 略称:北京亦庄」)において「2026北京亦庄ハーフマラソンおよび人型ロボットハーフマラソン」が開催された。コースは科創十七街を起点とし、南海子公園南門を終点とする21.0975km。人間のランナーと人型ロボットが同じルートを走り、ロボットはバリアや緑地帯で分離されたレーンを使う「人機共跑」の形式だった。昨年のこの大会は、参加20チーム規模で完走は6チームだったが、今年は102チーム、300台以上のロボットが参加し、47チームが完走したと報じられている。

人もロボットも同じコースを走るコース設計

 筆者は、日本でロボット競技を推進する一般社団法人次世代ロボットエンジニア支援機構(Next Generation Robotics Engineers Support Organization 法人通称:Scramble)の関係者らとともに現地で観戦した。ロボット競技を企画・運営し、学生や社会人チームの開発現場を知るメンバーと一緒だったこともあり、この大会の見え方が大きく変わった。ニュースでは「ロボットが人間の世界記録を超えた」ことがクローズアップされていたが、より重要なことは、この大会が技術競争であると同時に、社会と新技術がどう付き合うかを試す、大きな社会実験として設計されていたことだ。

市場はまだ見えず

 まず前提として、ヒューマノイドロボットはまだ明確な市場を見つけていない。人の型をしたロボットには大きな可能性がある。人間が働く環境にそのまま入り、人のかわりとなれるなら製造、物流、販売、家事、介護……。となんでもできる可能性があり、その潜在市場は大きい。とは言うものの、用途によっては必ずしもロボットが人型である必要はない。搬送なら二足歩行より車輪での移動。工場、倉庫などでのピッキング作業なら固定式または台車付きアームのほうが安定した作業が可能で、安価だ。すでに実用化されている掃除、配膳などのロボットも人型にこだわらず、それに適した形状のロボットが投入されている。

 二足歩行は不安定で、エネルギー効率も悪く、転倒リスクもある。ロボットの頭脳となるAIも汎用性はなく、環境が変わると認識や判断などに問題が出るので、都度学習が必要になる。こうした現実を踏まえると、ヒューマノイドロボットへの投資は、まだ技術と社会の双方の“お試し段階”にあると見るべきだろう。

 今回のハーフマラソンは、少なくともメカの部分について人間を超える可能性を示した。優勝した、スマートフォンメーカーHonor社傘下のチーム「斉天大聖」のロボット「閃電」(チーム名は「孫悟空」の意味、ロボット名は「Lightning」の意味)は、50分26秒でゴールした。前年優勝の「天工Ultra」のタイムが2時間40分42秒だったことを考えると進歩は大きい。新華社は、このタイムが人間の男子ハーフマラソン世界記録57分20秒を上回ったと報じている。

 もちろん、人間とロボットを同一条件で比較することはできない。ロボットは「車輪を使えばもっと安定し、速く走ることができる」という指摘も正しい。しかし、二足歩行のロボットが、限定された競技条件とはいえ、人間の身体能力を超える領域に踏み込んだ。チェスや囲碁でAIが人間に勝った時と同じく、「人間らしい能力」と考えられていたものの一部を、機械が超えた瞬間だ。

人型ロボットはシューズなど人間と共用できる

F1レースとロボットマラソン

 この大会は、カーレースの「F1」と似ている。F1マシンは日常の移動手段ではないし、市販車としてそのまま使えるものでもない。しかし、F1マシンのための技術は、長期的に一般車や周辺産業へ還流していく。F1は短期的な利益だけで評価するものではなく社会的注目を集めてブランドを育て、技術や人材、サプライチェーンを動員するための装置でもある。

 ロボットハーフマラソンも同じ位置づけだ。ハーフマラソンを走るヒューマノイドロボットは、すぐに役立つわけではない。しかし、長時間の二足歩行を成立させるためには、関節、モーター、減速機、バッテリー、冷却、制御、転倒復帰、補給、遠隔支援、安全管理などを総合的に改善する必要がある。さらに大会ルールでは、自律走行と遠隔操作の区分、スタート間隔、補給、右側走行、追い越しなどが設定されており、単に「速く走る」だけでなく、多数のロボットを社会空間でどう運用するかも試される。

 さらに、現地で見ているとよくわかるが、レースはロボット本体だけの競争ではない。チームの伴走者、ピットでの待機、輸送、補給、冷却、運営スタッフとのやり取りまで含めて一つの競技だった。F1がマシン単体で成立しないのと同じで、今回のロボットハーフマラソンも、チーム運営と大会運営を含むシステムとして動いていた。

 Honor社傘下のチームが優勝したことも重要な意味があった。そもそもHonorはスマートフォンメーカーであり、ロボット専業企業ではない。現地報道のインタビュー記事によれば、優勝機体は軽量で強い素材による脚と液冷技術を備えており、スマートフォン技術を背景にしていると紹介されていた。

人間を上回るタイムで優勝した機体

これは、スマートフォンで鍛えられた電池、熱設計、軽量化、精密組立、量産管理のノウハウがヒューマノイドに転用可能であることを示している。逆に今後、ロボットで鍛えられた制御や冷却、耐久性の知見がスマートフォン、EV、ドローンなどへ還元される可能性もある。投資家が見るべきなのはこの技術移転の回路だろう。

ランナーの表情が示したもの

 大会は、あえて人間とロボットの並走という形式をとっている。ロボットだけを閉じた競技場で走らせれば、安全で、評価もしやすい。しかし、人間と同じ空間をロボットが走ることで、ランナーも観客も「ロボットと共に暮らす社会」について何かを感じることになる。観戦していて気がついたのは、並走する人間のランナーたちが、ロボットを怖がらず楽しんでいたことだ。隣のレーンをロボットが走ると、笑顔で手を振り、スマートフォンを向け、力走するロボットに声援を送る。ロボットの歩き方がぎこちないと笑いが起き、速いロボットが走り過ぎると歓声が上がる。転倒や停止も、単なる失敗としてではなく、「いまの技術ではこうなるのか」と受け止められていたようだ。こうした現地の空気はテレビ映像では伝わりにくい。

柵の向こう側のランナーたちもスマホで撮影

 レースには大企業が製造した高速で走ることができるロボットだけでなく、個人や小規模チームが作った、どこか不格好なロボットたちも参加していた。沿道の観客は、高速で走り抜けていくロボットにだけでなく、愛嬌を振りまきながら走るロボットにも好意的な反応をする。性能だけでは説明できない、人型ロボット特有の「見られる力」というものがあることにも気がついた。

 昨年8月の北京での「世界ヒューマノイドロボット運動会」を見たときにも同じことを感じた。競技としての完成度だけではなく、未完成なロボットを社会へ押し出すことで、人々がロボットとの距離感を学ぶ場になっていた。

中国型の新技術受容

 こうしたイベントに対しては、安全対策を心配する声も出る。ロボットが転倒したり、観客やランナーと接触したりすれば事故になる。責任分界、緊急停止などの運営ルール、保険など制度の整備は必要だ。

 ただし、新しい技術を社会に溶け込ませる過程では、完全なリスクゼロを待っていては何も始まらない。中国はこれまで、スマホ決済、シェアサイクル、フードデリバリー、ドローンショー、EV、無人配送など、多くの新技術を社会に“投げ込み”ながら、制度と運用を後から整えてきた。

 外から見ると粗く、危うく見えることもある。一方で、新技術を実際に見て使ってみるので、失敗はあれども学ぶ速度は速い。ロボットハーフマラソンという仕掛けもそうだ。技術者だけはなく、ランナーや観客、メディア、行政、スポンサー、投資家が同じ場で未完成の技術を見る。そこから、安全への不安も、期待も、笑いも、投資判断も生まれる。

 重要なのは、優勝タイムやヒューマノイドロボットがすぐに利益を出しそうか見極めることではない。このような社会実験を通じて、技術、人材、資本、制度、社会感情が同時に動き始めていることを知ることがまず重要なことだ。北京ロボットハーフマラソンは、ロボット競技であると同時に、F1レースのような技術開発の場であり、新技術と社会を結びつける実験の場でもあった。そこに、中国のヒューマノイドロボット開発の強さと危うさ、そして面白さが同時に現れていた。

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