
画像はイメージ図です
連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。
今回のテーマは「推し活輸出のためのプラットフォームが必要だ」。急成長を続ける日本のコンテンツ輸出を成長させるための不可欠な企業について、世界のテック・トレンドに精通する台湾の投資家マット・チェン氏に聞きました。(聞き手・執筆:高口康太)
* * *
「自動車に代わる主力産業は、アニメなどのコンテンツ……。」
と聞くと無理筋に感じるが、日本政府は大真面目だ。2025年発表の「エンタメ・クリエイティブ産業戦略」では、2033年までに海外売上高を約20兆円に伸ばす方針が定められた。日本の自動車関連輸出にほぼ匹敵する規模だ。2023年時点でコンテンツ産業の海外売上高は5.8兆円。20兆円には遠いが、過去10年で約3倍という高い成長率を維持している。すでに半導体や鉄鋼の輸出規模を追い抜いているのだという(経済産業省「エンタメ・クリエイティブ産業戦略」2025年6月)。

昨年は映画『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』が日本映画としては初めて興収1000億円の大台を突破した。3分の2は海外で、日本のアニメ、コンテンツ産業の実力を示す象徴的作品となった。
絶好調の日本コンテンツ産業だが、さらなる飛躍のためには足りないものがあるという。世界のテクノロジートレンドに精通する台湾の投資家マット・チェン氏の指摘だ。
鄭博仁(マット・チェン、Matt Cheng)ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・ベンチャーズ)の創業パートナー。創業初期をサポートするエンジェル投資の専門家として、物流テックのFlexport、後払いサービスのPaidyなど、これまでに15社ものユニコーン企業に投資してきた。元テニスプレーヤーから連続起業家に転身。ジョインしたティエング・インタラクティブ・ホールディングス、91APPは上場し、イグジットを果たしている。
* * *
――エンタメ・クリエイティブ産業を自動車に並ぶ稼ぎ頭に。日本政府の戦略には驚きました。
マット・チェン(以下、M):「日本IP(知的財産)の世界展開」はコンテンツ業界のホットトピックです。株式会社ヒューマンメディアの調査によると、2024年のコンテンツ海外売上(映画、テレビ番組、アニメ、ゲーム、出版)は前年比約4%増の6兆44億円。成長をけん引するアニメは26%増の約2.2兆円を記録しています。
その後も『鬼滅の刃』や『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』の記録的ヒットもあり、成長は続いているでしょう。ただ、さらなる成長には欠けている要素があります。
――というと?
M:デジタル化が進んだことにより、コンテンツの世界流通のハードルは下がりました。世界同時配信も珍しい話ではありません。視聴者の視点からするとコンテンツ消費の世界は限りなくフラットになりました。
ですが、その裏側にある税務、決済、コンプライアンスの仕組みは変わらず複雑で、地域ごとにまったく異なります。国ごとに消費税・付加価値税のルールが違うだけではなく、「この取引がどの国に属するのか」の判定基準も違います。決済規制、返金処理、不正利用への対応もバラバラです。
厄介なことにコンテンツ流通のハードルはさらに複雑化する傾向があります。
2024年には米国のCFPB(Consumer Financial Protection Bureau 消費者金融保護局)が、ゲーム内通貨や仮想世界における取引が、アカウント乗っ取り、不正利用、返金トラブルなどの金融・消費者保護上のリスクを抱えているとする報告書を公表しました。また、経済協力開発機構(OECD)も越境デジタル取引において、消費地課税を提案しています。日本ゲーム企業がインターネットを通じて世界にゲームを販売した場合でも、消費者がいる国・地域の税制や消費者保護ルールに対応する必要があるということです。
日本も取り締まりを強化しています。米国の大手ゲーム企業エピックゲームズは2023年に35億円の追徴税を科されました。スマートフォンゲーム「マフィア・シティ」を運営する香港ヨタゲームズも2025年に、18億円の追徴課税を支払っています。日本コンテンツの海外進出が盛んになれば、逆に日本企業が同様の落とし穴にはまるケースが増えるでしょう。
さらに日本は2025年4月から消費税のプラットフォーム課税を導入しました。アップルやグーグルなどの特定プラットフォーム事業者は、日本国外の企業が日本の消費者にサービスを販売する際に、消費税を代理徴収し納付する義務が課されます。
――そうした課題を解決する仕組みもありますよね?
M:MoR(Merchant of Record)がその役割を担います。販売者に代わり、税務、決済、返金対応、不正利用防止、法律対応の責務を担う代行業者です。
スマホアプリ内課金の場合では、スマートフォンのアプリストアを提供するアップルやグーグルが相当します。これらはプラットフォーム企業がMoRを兼ねているケースですが、MoRサービス単体を担う企業もあります。SaaSに強いPaddle(パドル 本社・英国ロンドン)、PCソフトウェアやデジタルコンテンツを中心としたFastSpring(本社・カリフォルニア州・サンタバーバラ)ゲーム向け老舗のXsolla(本社・ロサンゼルス)などです。彼らを活用すれば、自社サイトやMoR機能を持たない販売サイトでも多国籍展開が可能になります。
集客や販売などの機能を持つプラットフォーム企業と比較すると、MoR機能だけを提供する企業のほうが手数料は少額であるのが一般的です。また、自社サイトから直接販売することも可能となります。
――これだけそろっていれば、日本企業が困ることはないのでは?
M:既存のMoRを活用することは必要ですが、それだけでは不十分でしょう。まず、国の主力産業として考えた場合、コンテンツ輸出額の相当分をMoRに支払い、日本の“取り分”が目減りすることになります。また、海外展開の重要な役割を海外企業に把握されることは潜在的なリスクにもなります。
第二に、今後の日本IP輸出はマルチ展開、マルチレイヤーで進むためです。スマホゲームだけを海外に出すならアップルやグーグルを使えばよい。SaaSならSaaS向けMoR、アジアのゲーム課金ならアジア決済に強い事業者、電子書籍なら電子書店や漫画アプリという選択肢がある。
だが、日本のIPビジネスは本来、そうした縦割りには収まりません。一つの作品から、ゲーム、アニメ、電子書籍・マンガ、デジタルグッズ、ファンクラブ、オンラインイベントへと展開していく。
――いわゆる「推し活」ですよね。好きの対象に関連するものをごっそり買っていくという。
M:「推し活」を輸出しようとすれば、ゲームはゲーム向けMoR、電子書籍は別の販売プラットフォーム、デジタルグッズは別の決済事業者、ファンクラブはまた別の事業者と、複数の企業と契約しなければならなくなる。契約も、税務も、返金対応も、不正対策も分断されます。
大企業はこの手間を乗り越えて海外展開を続けているわけですが、中小企業や個人クリエイターには不可能でしょう。
――コンテンツ輸出大国になるためには、自前のMoRが必要ということですね。
M:必要であると同時に、日本のコンテンツ輸出が急成長する中で、大きなチャンスがあるビジネスです。その観点から昨年、日本発のMoR「Tokenz(トークンズ 本社・東京千代田区)」に出資しました。
同社は2024年に東京で創業しました。創業者はフィンテックユニコーン「Paidy」の初期メンバーの一人、Linmic(林伯寰)です。彼の創業ストーリーはきわめてユニークです。ヘビーなゲーマーだった彼はアプリ内ストアでアイテムを購入するより外部ストアで購入する方が安いことに気がついた。その理由を調べていくうちにMoRという存在に行き当たりました。
アップルやグーグルなどの手数料負担が重たいプラットフォームを回避すれば企業は安く販売できるようになるが、アジアにはこうしたソリューションを提供する企業がほとんどない。「需要はあったはずなのに、誰もやろうとしなかった。やれる人間がいなかったのかもしれません」とLinmicは話しています。
TokenzはPaidy、テンセントゲーム、ストライプ、バイトダンスなど大手企業出身者が集まって設立されました。創業者のLinmicは台湾人ですが、それでも東京で起業したのは日本のIP、コンテンツの成長力に賭けたからです。
ゲーム、マンガ、電子書籍、バーチャルグッズ、投げ銭などデジタルコンテンツに関するマルチ展開をすべてカバーする。大手企業から中小企業、個人までマルチレイヤーに対応するという、日本コンテンツ輸出にフィットしたビジネスモデルを構築しています。
――おもしろい取り組みですね。Tokenzのような日本発MoRビジネスは今後伸びますか。
M:日本のコンテンツ輸出が成長するならば必要不可欠でしょう。日本コンテンツ企業を第一の顧客とし、彼らにとってもっとも便利な形のソリューションを組むという需要は強い。
コンテンツ輸出は「どうやって売るか」だけではなく、「売れた後」のことを考える必要があります。税金やコンプライアンスなどの落とし穴をいかに回避するか、海外のプラットフォーム企業やMoRに主導権や利益を奪われないためには何が必要か。
コンテンツ産業を拡大させるためには、それを支えるエコシステムの形成が不可欠なのです。
* * *
ITプラットフォームの発展に伴って、個人が世界に向けてコンテンツや製品を販売するハードルは劇的に下がった。動画サイトを見ていると、英語でショート動画を発信している日本人クリエイターも増えている。
ただ、プラットフォーム企業にすべてを任せれば楽だが、手数料は重たく、コンテンツの認可・規制などのルールも先方次第。別の選択肢として、零細クリエイターでも使えるMoRは重要だ。
日本発コンテンツを世界に売るには、作品だけでなく、売れた後を処理するインフラが必要になる。日本発MoRは、その足りないピースになりうる。