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【日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップVol.29】”AIバカ”にならないために

イメージ図(本文とは関係ありません)

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 連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。

 今回のテーマは「”AIバカ”にならないために」。圧倒的な知識量で、自信たっぷりに断言してくるのがAI。ついついAIの言いなりとなり、答えを引き写してしまう人も多いのでは。こうした”AIバカ”にならないための方法について、世界のテック・トレンドに精通する台湾の投資家マット・チェン氏に話を聞来ました。(聞き手・執筆:高口康太)

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 AIで人は“賢く”なるのか、それとも“バカ”になってしまうのか。悩ましい問題だ。

 AIが思考を深くしてくれる側面は確実にある。従来のインターネット検索では、自分が考えたこともない発想や、まったく知らない知識にたどり着くのは難しい。しかし、AIを使えば短時間で未知の知識へ手が届く。物書きとして、毎日のように新たなトピックを調べている私にとっては、本当にありがたい存在だ。

だが、”AIバカ”のリスクも強く感じている。AIの回答を精査し、自分の頭で考えて判断する。その時間とエネルギーがない時は、答えを丸写しにする誘惑にかられる。AIの回答にはハルシネーション(幻覚)と呼ばれる間違いが含まれていることはよく知られている。また、AIの回答に誤りがないか人が突き詰めていく過程には、大きな実りにたどり着くアイデアが埋もれていているかもしれない。だが、回答を引き写すだけでは気づかない。これは大きな損失だ。

「“AIバカ”にならない方法」。この悩みでは私だけでなく、いまや世界共通の課題だと投資家マット・チェン氏は言う。AIを「人を賢くする方向」へ導く取り組み、この課題に挑むスタートアップが次々と生まれている。

鄭博仁(マット・チェン、Matt Cheng)ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・ベンチャーズ)の創業パートナー。創業初期をサポートするエンジェル投資の専門家として、物流テックのFlexport、後払いサービスのPaidyなど、これまでに15社ものユニコーン企業に投資してきた。元テニスプレーヤーから連続起業家に転身。ジョインしたティエング・インタラクティブ・ホールディングス、91APPは上場し、イグジットを果たしている。

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AIは「好き」を突き詰めるサポーター

――マットさんは、AIと教育というテーマをずっと追いかけていますね。

マット・チェン(以下、M):この連載でも教育は、繰り返し取りあげているテーマです。AIによって社会が大きく変わることが確実な中、新たな時代をどう生きていくか、どう対応するかは重要なテーマであり、同時に大きなマーケットでもあります。

教育という観点で、先日、深く考えさせられる話を友人から聞きました。彼の息子は中学生で、ゲームプラットフォームの「ロブロックス」とチャットアプリの「ディスコード」に夢中でした。最初はただのゲーム好きでしたが、遊んでいるうちに、ゲームのコミュニティには不便な点が山ほどあることに気づいたのです。

――確かに、チャットがあっても、メッセージの見落としや参加者の意見調整には苦労しますね。

M:そこで彼は、自分自身で解決策を作ることにしました。プログラミングを独学し、課題解決ツールを自作したのです。そして、さまざまなゲームのコミュニティに参加するうちに、外国人とも直接コミュニケーションしたいと考えるようになり、自発的に日本語の勉強も始めました。今では家庭教師に「もっと難しい内容を教えて」と頼むほどに進歩しています。

単なる「遊び」から「作り手」、さらに「異文化のコミュニケーター」へ。ただ目の前のことに夢中になっただけで、ここまで来た。その原動力はなんでしょうか。自分の取り組みについて話す時、その子の目は輝いていました。「没頭できるもの」それこそが人を本当に成長させるのではないでしょうか。

――本当に好きなことがあれば、独学でもどんどん成長していく。誰もがなにかしら同じような経験はあると思います。

M:そうですね。でも、昔と今の大きな違いはAIです。学びたいものが決まった子にとってAIは最高の相棒です。どんなにマイナーなトピックでもその知識を持っている。24時間いつでもすぐに相手してくれるし、理解できなくて何度聞き返しても嫌な顔一つしない。人間の先生ではできません(笑)。

脳を「外注」してはいないか

――独学の支えになる一方で、“さぼる”助けにもなるのがAIです。

M:多くの子どもは、宿題を出されてもAIの答えを丸写ししています。大人だって、判断と思考をどんどんAIに肩代わりさせるようになってきた。つまり、脳を外注しているわけです。

答えがいつでも手に入るがゆえに、判断力がじわじわと失われ、AIが出したものをそのまま受け取ってしまう。情報の濁流に浸かりながら、自分で「その良し悪しを見分けることができない」そうなりつつあります。

――確かに。

M:こうしたAIの影響を測定しようという研究も表れました。2025年6月、MITメディアラボ関係者は「Your Brain on ChatGPT」という研究論文(プレプリント)を発表しました。実験内容は54人の被験者にエッセイを執筆させるもので、自力での執筆、検索エンジン使用、ChatGPT使用という3つのグループに分けました。その執筆作業中の脳の状態を脳波計(EEG)で測定しました。

その結果、AIのサポートを受けたグループは自力執筆グループと比べて、認知的関与(深く思考しながら作業している度合い)が有意に低かったのです。興味深いのは同じ被験者に3回、同様の作業を行わせた後、AIサポートグループは自力執筆に、自力執筆グループはAIサポートに切り換えた結果です。自力執筆グループはAIを使っても認知的関与が高かったのに対し、もともとAIを使っていたグループは自力執筆になっても認知的関与は低いままでした。

――最初からAIを使っていると、自力で思考しづらくなるという示唆ですね。とはいえ、コンピューターやインターネットの登場時にも「人間がバカになる」という話はあったような記憶があります。

M:電卓も「人間の計算能力を破壊する」と言われていましたからね(笑)。ただ、AIは少し違います。「思考」そのものまで代替してしまう。

「面倒くさい」から始まったAI家庭教師——YouLearn

――どうすればいいのでしょう?

M:「どうすれば人にAIを正しく使わせ、頭を動かし続けさせられるか」。これは今や、スタートアップの一大起業テーマです。2024年創業の米国のYouLearn(ユーラーン)が代表格です。

デビッド・ユー、アチュート・ビャンジャンカル、ソアミ・カパディアはもともとミシガン州立大学の学生でしたが、いわゆる優等生ではなく、動画授業のつまらなさに不平たらたらでした。そこでAIを使い、既存の学習素材を「対話型の家庭教師」に変えるというアイデアを思いつきました。

PDFの資料や授業の録音、動画授業のYouTubeリンクを放り込むと、AIが学習素材に変換します。質問し放題ですし、テストや暗記カードも自動生成してくれる。しかも、暗記する事項が多い医学部生には単語カードと反復訓練を強化し、法学部には法律論証のロジックを、数学科には計算原理を一歩ずつ教えるといった具合に、学習内容に応じて教え方を変えてくれます。

ポイントは「AIがすぐに答えを教えてくれない」ことです。哲学者ソクラテスとの対話のように、問いを繰り返し投げかけ、思考を導き、学生の批判的思考と主体的な探索能力を育てることを狙っているのです。

――ChatGPTにも学習向けの機能が搭載されていますよね。

M:OpenAIは2025年7月29日、ChatGPTにスタディモードを投入しました。ユーザーのレベルと目標を問い返し、質問と小テストを通じて学習をサポートします。

スタディモードのローンチから1週間後、グーグルは自社AIのGeminiに「ガイデッド・ラーニング」を投入しました。回答の中に図解、動画、対話型クイズを自動で織り込みます。さらに、米国や日本、韓国、インドネシア、ブラジルなどの学生を対象に、有料版(Google AI Pro)を1年間無料で提供するという強力なマーケティングを行いました。

OpenAIもGoogleも、YouLearnと同様にソクラテス的学び、すなわち人間が思考を深められるよう、AIが問いかけを通じて導く手法を採用しています。

――大手が参入すると、スタートアップは苦しいですね。

M:YouLearnの強みは、体験の「摩擦」を徹底的に削った点にあります。資料アップロードはわずか2ステップで完了し、生成された単語カードやノート、対話やテストなども一つの画面に集約して見やすくなっています。

学生目線から学習を妨げる「摩擦」を徹底的に排除したのですが、わざと残した「摩擦」があります。それは「頭を使う」工程です。YouLearnのAI講師は、最初から答えを出しません。質問を投げかけ、人間の思考を促すように作られています。不要な手間を徹底的に省いた代わりに、本質的な学習、思考は人間が行うようにしているのです。

――マットさんの説明のうまさもありますが、これは気になるサービスですね。

M:すでに大ヒットしています。マーケティング予算ゼロなのに、利用者は初年度に100万人を突破。米国だけでなく、エジプトやインドの学生がSNSで自発的にシェアし、利用者が拡大しました。現在、累計利用者は200万人を突破。2025年にはシリコンバレーの名門アクセラレーター、Yコンビネーター(YC)の2025年春バッチ(X25)に採択され、シード資金の調達も完了しています。我々も出資しました。

AIを取り込んだ学校も

M:テック企業ではなく、学校が自らAI活用に踏み出した事例もあります。米テキサス州の私立校アルファ・スクールは、AI個別学習システムを全面導入しました。

従来1日6時間以上あった学科の授業を2時間に圧縮し、残りの約4時間で、パブリックスピーキング、チームワーク、起業家精神、金融リテラシー、芸術、スポーツなどをワークショップや実践課題で学びます。

この学校では教師を「Guides(ガイド)」と呼びます。伴走し、励まし、感情面を支える役で、従来の意味での教師ではありません。その賛否をめぐっては議論もありますが、テック業界や一部の保護者の注目を集め、全米各地に展開中です。

――大胆な改革ですね。

M:AIによって、学習の形態は根本的に書き換えられるでしょう。生徒一人ひとりに24時間待機のAI講師がつくようになり、人々は自分のペースで問いを立てて学ぶのです。

これからの時代に本当に値打ちがあるのは、批判的思考、知識を応用する力、そしてAIを自分のワークフローに組み込む適応力、これだけです。そしてこれらは、皮肉なことに「自分の頭を動かしたことのある人」にしか身につかない。だからこそ、“脳をAIに外注する”のは、この時代でいちばん割に合わない取引なのです。

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「脳を外注してはならない」、納得のいく教えだ。

 私自身も身に覚えがあるが、人間は怠惰な生き物だ。考えることが面倒な時もしばしばだが、AIに任せてはならない一線が明確にあることを改めて教えてもらった。どんなに面倒でもAIに明け渡してはならない、人間の縄張り。その領域を見極め、守っていきたい。「面倒だけれども」、だ。

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