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ディープテック「死の谷」を越える経営術 Google X出身者、バイオVC重鎮、ソニー元CTOらが明かす「社会課題解決」経営

「From Breakthrough Science to a Billion-Dollar Company」をテーマとしたパネルディスカッション(筆者撮影)

「From Breakthrough Science to a Billion-Dollar Company」をテーマとしたパネルディスカッション(筆者撮影)

 世界のベンチャーキャピタル資金が、疾患の克服や気候変動、宇宙開拓といった深層課題に挑む「ディープテック」へと急速にシフトしている。一方で、優れた科学的成果がそのまま商業的成功を保証するわけではない。

 日米欧の投資家や起業家、研究者が結集し、大学発の基礎研究を時価総額10億ドル規模の企業へ発展させる要諦や、日本のスタートアップ環境が抱える構造課題を議論した。技術への固執から脱却し、社会課題解決を第一に掲げる経営への転換と、グローバルなエコシステムの構築が急務となっている。

 2026年9月2日〜3日に都内で開催された、国際会議「TECHNIUM Global Conference 2026」のパネルセッション「From Breakthrough Science to a Billion-Dollar Company」で、ソニーグループ元CTOの北野宏明氏らが議論した。

資金シフトの波と「死の谷」の現実

 過去10年間にわたりスタートアップ創出を牽引してきたのはソフトウェア領域であったが、人類規模の難題が激甚化するなか、資金の流れは物理的・生物学的解決を図るディープテック分野へと大きく舵を切った。2025年の世界のディープテックスタートアップへの投資額は約2,320億ドルに達したという。(インドのTracxnによる調査)

 だが、資金流入の一方で、画期的な科学的成果を挙げながらも収益化できずに挫折する企業は後を絶たない。本セッションでモデレーターを務めたエグゼクティブコーチのレニータ・カルホーン氏は、創業者が乗り越えるべき困難を「創業者の綱渡り(ファウンダー・タイトロープ)」と表現する。創業者には、遠大なムーンショットのビジョンを掲げて資金を調達しつつ足元の収益を立証すること、技術精度を高めつつ変化する市場に対応すること、そしてビジョンへの確信を持ちつつ手段においては柔軟であることという、相矛盾する要求を同時に満たす舵取りが求められる。

モデレーターを務めたエグゼクティブコーチのレニータ・カルホーン氏(筆者撮影)

技術への過度な愛着が招く事業の不全

 この綱渡りにおいて最大の障害となるのが「技術に対する過度な愛着」だ。グーグルの先進研究部門「グーグルX(現X)」出身で、耳かけ型脳波計測技術を手掛けるネクストセンス創業者のジョナサン・ベレントCEOは挫折体験を語った。ベレント氏は2017年、睡眠向上に関する論文を機に、耳道内で脳波を計測する世界初のプロトタイプ開発に成功した。しかし、同社は「耳かけ型脳波計」という技術の新奇性そのものに魅せられ、本来の目的である「睡眠問題の解決」を見失ってしまった。

 その後、事業をてんかん患者の管理用途へピボットしようとした際、米国のヘルスケア企業ゴー・フォーワード創業者から「君はてんかんを解決したいのではなく、自社の耳かけ技術に恋しているだけだ。手にしたハンマー(技術)で叩くための釘(課題)を探し回っている」と厳しい指摘を受けた。ベレント氏が技術への固執を捨て、真の市場ニーズに適合した製品へと舵を切り直すまでには2年の歳月を要した。

 ディープテックでは、まず解決すべき課題(Problem)を第一に据え、最適な手段として技術を選ぶ「課題先行(Problem-First)」の姿勢が成否を分ける。

ネクストセンス創業者CEOのジョナサン・ベレント氏(筆者撮影)

組織的な撤退基準と「台座の否定」

 技術への不必要な固執を防ぎ機動的に事業を推進するには、組織全体で早期撤退と失敗を許容する文化が不可欠だ。グーグルXでは「台座(ペデスタル)を作るな」という鉄則が徹底されている。容易で見栄えの良い「台座づくり」を排し、最も不確実性が高く困難な「サルの朗読(コア技術の検証)」から着手すべきだという教えだ。さらに同組織では毎年10月31日に「失敗プロジェクトの葬送祭」を開催する。その年に廃止が決まったプロトタイプを山積みにし、自らプロジェクトを打ち切ったリーダーが登壇して撤退理由と学びを誇らしく語る。早期撤退(Fail Fast)を称賛して正常化することで、埋没費用にとらわれない柔軟な経営資源の再配置を可能にしている。

ナラティブの「蒸留」と価値の言語化

 AIの進化に伴い科学的発見のコストが低下するなか、競争優位の源泉は単なる「技術の所有」から「明確な価値定義と説得力あるナラティブ(物語)の構築」へとシフトしている。

 ボストンで30年以上にわたりバイオテック投資を手掛けるモーニングサイド会長のジェラルド・チャン氏は、技術系創業者が陥りがちな「技術的過飾」の弊害を指摘する。資金や人材を引きつけるには、自社の提供価値を最小限の言葉に削ぎ落とす「蒸留(Distillation)」の技術が欠かせない。チャン氏は創業陣に対し、自社事業の価値をわずか1文で説明するよう求めている。製品や技術そのものは汎用化しやすいため、技術が何をもたらしどのような価値を創出するのかを言語化する力こそが、企業の成長可能性を決定づける。

モーニングサイド会長のジェラルド・チャン氏(主催者提供)

大学と産業界を繋ぐ「翻訳回路」の創出

 同時に、基礎研究の場である大学と製品化を担う企業の間に存在する不連続性を埋める構造改革が求められている。チャン氏は17世紀の英国王立協会創立の歴史を挙げ、科学の本質は「パブリック・グッド(公共の利益)」への貢献にあると強調する。欧州の主要大学では、MBA(経営学修士)と科学分野の研究者を初期段階から引き合わせ、商業化を前提とした事業構想を検証させる試みが進む。企業での実務経験を持つ人材が大学に戻り教壇に立つ相互交流の重要性も高まっている。

 これに対し、ソニーグループ元CTOで沖縄科学技術大学院大学(OIST)教授およびSBX代表取締役社長を務める北野宏明氏は、技術は価値創出の一要素に過ぎないと分析する。かつてソニーが開発した「ウォークマン」が音楽を屋外へ持ち出すニーズを察知して新市場を切り拓いたように、潜在的課題を見出し統合的な価値に昇華させる経営戦略が求められている。

日本の環境「楽園の逆説」の打開とグローバルハブ化

 日本のディープテック・エコシステムの将来像について、北野氏は日本の都市環境が持つ特異性に着目し、「楽園の逆説(パラダイス・パラドックス)」という概念を提示する。

 東京は治安、社会インフラ、食文化を備えた「完成された楽園」だ。しかし、生活の満足度が高い環境下では、社会構造を根本から打破しようとする起業家精神やイノベーションへの切実な飢餓感が芽生えにくい。東南アジア発の配車大手「グラブ」の創業者が「国民の約半数が銀行口座を持たない」という巨大な不条理の解決を目指し、金融と配送網を組み合わせて急成長を遂げたように、社会課題の深刻さそのものが推進力となる。

ソニーグループ元CTOで沖縄科学技術大学院大学(OIST)教授の北野宏明氏(主催者提供)

グローバルハブ化と生涯のミッション

 この壁を突破する将来展望として、北野氏らは2つの構造戦略を提言する。第一に、東京の安全で高品質な生活基盤を「グローバル起業家のセーフティネット(踏み台)」として再定義し、海外のハングリーな人材を呼び込むことだ。失敗しても尊厳が守られる環境を海外の挑戦者に開放し、多様な文化や強い意思を持つ人材が交錯する「混血型」の起業生態系を構築する。

 第二に、日本の高い技術力や品質基準、協調的な運用力を、成長する海外市場の課題解決へ「直接架橋(ブリッジ)」する戦略だ。インドなど新興国で増大する巨大な医療需要に対し、日本の技術や協調姿勢を結びつけることで、グローバル規模の事業創出が可能となる。

* * *

 ディープテック企業の立ち上げには過酷な「死の谷」が待ち受けている。これを乗り越え、科学を10億ドル規模の事業へ結実させる根源的な原動力は、創業者が自らの人生をかけて何を解決したいかという「生涯のミッション(存在意義)」に対する執念だ。社会を揺るがす深刻な課題に正面から向き合い、技術中心から課題中心へと経営パラダイムを抜本的に転換できるか。その成否が日本の産業界とスタートアップの未来を左右する。

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