
久保氏ソーホーにて(撮影/新垣謙太郎)
近年のAI(人工知能)発展にともない、医療を含むヘルステック市場は急激な勢いで変化を遂げている。現在、アメリカとカナダを含む北米は医療系AIにおいて世界市場の40%以上を占めるとみられている。その巨大な市場に挑戦する日本発の医療系スタートアップUbie(ユビー 本社・東京都中央区)の共同代表取締役を務める久保恒太氏に話を聞いた。
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「テクノロジーで、医療の願いを解き放つ」をミッションに掲げるUbieは、元エンジニアである久保氏と、医師である阿部吉倫氏が2017年に日本で立ち上げた。
医療の効率化を図るため、同社は生活者、医療機関、そして製薬企業向けの3本柱のサービスを提供している。
1つ目の生活者(個人)向けサービスには、アプリケーションやブラウザーを通して、ユーザーが気になる症状について、医師監修の質問に答えるだけで、関連する病気や対処法、そして近くの適切な医療機関を無料で調べることができる、医療AIパートナー『ユビー』を提供。
2つ目の医療機関向けには、生成AIによる診療記録や退院サマリー、そして紹介状の作成など、業務効率化のためのサービス『ユビー生成AI』を提供している。さらに、これまで紙で書き込んでいた問診票をデジタル化した『ユビーAI問診』は、AIが患者ごとに最適な質問を自動生成し、その回答に合わせて的確な問診を行うサービスである。患者の回答は自動的に医学用語に置き換えられ、電子カルテに出力されるため、入力作業の手間が省かれ問診業務の効率化を図ることが可能だ。
3つ目の製薬企業向けには、同社のプラットフォームを活用した研究開発やマーケティング支援の仕組みも提供している。
Ubieによると、現在生活者向けサービスの月間利用者数は世界規模で約1300万人におよび、同社の医療機関向けAIサービスは、日本全国の160施設以上の大規模病院に導入されている。
今年9月には、日本政府主催の「日本スタートアップ大賞2026」において、「生活者向けAIと医療機関向け生成AIを組み合わせ、適切な受診行動の支援と医療現場の業務効率化を一体的に進めている」ことと、「生活者、医療機関、製薬企業を結ぶ独自のプラットフォームを構築し、早期受診の支援による健康寿命の延伸と、医療従事者の負担軽減に貢献している」点が評価され、同社は厚生労働大臣賞(医療・福祉スタートアップ賞)を受賞した。
ちなみに久保氏によると、同社の名前の由来は、指を使って医療にアクセスできるということから「ユビ」というのと、医療から「イ」を取って、「ユビー」と名付けたという。

創業当初からグローバル展開を考えていたという久保氏は、2022年にニューヨークにアメリカ法人を設立。2024年からは現地で暮らしながら、アメリカにおける医療機関や患者を対象にサービスを展開している。
「もともとは、スタートアップで世界に対して何かインパクトあることをしたいというのがあって、その中で医療を選んだという背景があります」と久保氏は語る。
日本社会における医療技術やサービスの質の高さに着目した同氏は、「医療」こそ日本が世界に「輸出できる産業の一つだ」と確信し、東京大学大学院工学系研究科に在籍中、高校時代からの友人である阿部氏と一緒に、症状と疾患の関連性に関するアルゴリズムの開発に取り組み始めた。
日本での成功体験をもとに、34歳の時に久保氏は念願の渡米を果たし、現在ではニューヨークのファッションやアートの集まるソーホー地区にオフィスを構える。
同氏がテック系企業の集まる西海岸ではなく、東海岸を選んだ理由としてあげるのは、ニューヨークが医療・広告・技術が交差する重要地点にあるため、同社のサービスには最適な場所であったことだ。
また、久保氏はグローバル展開を進めるうえで、世界最大のヘルスケア市場があるアメリカに拠点をおくことが重要であると起業当初から考えていた。
確かにアメリカの市場は巨大だ。世界保健機関(WHO)によるグローバルヘルス支出データベースによると、2023年の国全体の医療支出が日本では約4500億ドルだったのに対し、アメリカでは4.5兆ドル以上であり、約10倍の規模となっている。
高額な医療費の問題などアメリカ独自のお国事情があるにせよ、これはスタートアップにとって大きな可能性を示している。
さらに、2022年11月にChatGPTが登場して以来、アメリカでは様々な分野でAIが急速に浸透している。それは、医療業界も例外ではない。
ボストンコンサルティングが2025年9月に発表したレポートでは、「ヘルスケア分野は他の業界に比べて生成AIの最も有力な実装先である」と分析しており、ヘルスケアにおける生成AI市場は年平均成長率(CAGR)85%で急速に拡大し、2027年には220億ドル(約3兆5000億円)規模の市場になるだろうと予測している。
それに加え、アメリカ医師会(AMA)が同国内の医師を対象にして行った調査によると、2023年には38%が実務でAIを利用していると答えたが、2024年には66%まで大幅に伸びている。
久保氏はAI利用の一例として、アメリカでは医師と患者の会話を自動で聞き取り、リアルタイムで電子カルテ用の要約や記録を作成するAI技術である「アンビエントAIスクライブ」が広く普及しているとし、時価総額が10億ドル(約1600億円)を超える医療系AIスタートアップも数多くあると語った。
「(アメリカの医療業界は)ビジネスとして稼いでいくという前提があるので、1回の取引あたりの単価がヘルスケア・スタートアップから見てもかなり大きいのです」(久保氏)

久保氏によると、アメリカにおけるUbieの生活者向けサービスの月間利用者はすでに約300万人に達している。現在はミネソタ州に本社を置く米大手医療機関「メイヨー・クリニック」と新たなAIプラットフォームの共同開発に取り組んでいるという。
両社が今年2月に発表した「Ubie Smart Support(ユビー・スマート・サポート)」は、AIを活用して病院と患者とのコミュニケーションを支援し、医療スタッフの業務負担を軽減するため、AIによる電話での問い合わせ対応や予約案内、受診に関する情報提供などを効率化する。
また、患者の症状や緊急度に応じて診療や治療の優先順位を判断する「トリアージ機能」を使って、予約案内や受診先への振り分けも行う。緊急性が高い場合や、人による判断が必要な場合には医療スタッフへと引き継ぐ。この機能はメイヨー・クリニックの臨床データを使用し、今後さらに精度を向上させていくことができると久保氏は語る。
同氏によると、一例としてアメリカのある医療機関では年間約50万件の患者との電話対応に追われていたが、AI音声を使ったSmart Supportを導入することにより、医療機関が抱えるコールセンターの負荷解消につながり、スタッフ業務の効率化、さらに患者満足度の向上にもつながるとしている。
一方で、アメリカにおけるAIに対する不信感は未だに強い。
アメリカの世論調査機関ピュー・リサーチ・センターが今年8月に発表した調査結果によると、AIに対し「期待」よりも「懸念」を抱いているアメリカ人の割合が2021年には37%であったのに対して、2026年には52%まで増加した。
さらに、同機関による別の調査では、アメリカ成人の72%が「医療提供者が自身の医療行為にAIを使用している場合、それを開示することが非常に重要である」と回答している。
こうした不安感を払拭するため、日本でもUbieが委員長として参加する日本デジタルヘルス・アライアンス(JaDHA)は、日本のAIセーフティ・インスティテュート(AISI)と連携して「ヘルスケア領域におけるAIセーフティ評価観点ガイド」を4月に公表。8月には英語版も公開した。
このガイドの中では、患者のプライバシー保護やセキュリティ確保など10項目のリスクをあげ、AIプロダクト開発におけるセーフティ評価の実践を提案している。
久保氏によると、他の消費者向けの業界とは違い、医療業界ではAIによるハルシネーションなどの失敗は許されない。そのためには、AIによる自動化システムのプロセスに人間が意図的に介入・監視・承認する「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の存在が欠かせないと同氏は語る。
「医療の判断にかかりそうなところに関しては、今のところ当社では人が介入して担保しているというのが現状です。一歩進んで、AIの自律性に委ねるというリスクを、現時点では我々は取っていません」(久保氏)
久保氏は、将来的にはSmart Supportなどのサービスの精度を上げつつ、全米の病院や医療機関にその技術を広める予定だ。さらに、その先にはアフリカなどの他の地域にも進出していきたいと今後の意気込みを語った。
最後に筆者がアメリカを目指す若い起業家へのアドバイスを尋ねると、「思い立ったら今すぐアメリカに行くべき」と久保氏は即答した。
それには自身の過去の経験が影響している。
同氏はUbie創業当初からアメリカへの進出を考えていたが、英語圏での生活経験もなかったので、「アメリカは競争が激しい」「プロダクトをちゃんと準備してから来たほうがいい」などという周りからの忠告を真に受けて、二の足を踏んでしまったという。
特にアメリカのAI分野においては、あまりに進化の速度が速いため、いくら日本で自社のプロダクトを成長させても、アメリカでそれを展開した時には、すでにスタートから出遅れてしまっている。
「そこから他の競争相手に追いつくことは困難」だと、久保氏は語った。
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日々目まぐるしく進化するアメリカのAI業界の最前線に身を置く久保氏の起業家としての率直な実感は、筆者の心に強く響いた。同時に、アメリカ市場が今なお大きな可能性を秘めていることも改めて実感した。
円安などを背景に日本からの海外進出のハードルが高まるなか、国境を越えて挑戦し、世界市場を切り開こうとする日本の起業家がさらに増えることを期待したい。