実力以上に大きく騒がれるものをバブルというのであれば、中国の電気自動車や新エネルギーはバブル以外の何物でもない。ニュースだけを見ていると中国はすでにEVへの転換を終えたように見えるが、実際にはEVシフトはまだ始まったばかりだ。
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メディアでは中国が国を上げて新技術開発に邁進している姿が日々語られている。人民日報の報道によると、深セン市では約1万5千台のバスと2万台を超えるタクシーがほぼ電動化されている。実際、街中で見かける車両もEVが多く、他の国ではまず見ないダンプカーのEV車まで見ることがある。
また、深センを含む一部の地域では自動運転にライセンスが発行されていており、広州で完全自動運転のタクシーが一般車に混じって走行している。筆者も実際これに乗り(乗車の様子は本文下の動画)、任意の場所で載って降りる15分ほどのドライブを体験した。
こうした話だけ聞けば、中国でのEV普及はもうかなりのレベルに達しているかのように見える。しかし、実際の販売台数で見ると、新エネルギー車(EVのほかに、プラグインハイブリッドや燃料電池自動車なども)の占める割合は、2020年においては、中国全体の販売台数の5%程度だ。
中国政府は2017年から「NEVクレジット」という制度を始めている。自動車メーカーがEVや低燃費車(ハイブリッド、プラグインハイブリッド車)を生産するたびにクレジットが発行され、クレジットの範囲内で通常のガソリン車を生産できる。言い換えれば一定割合の低燃費ガソリン車や新エネルギー車の製造・販売を義務付けている制度だ。2020年現在の基準では、全生産数の5%程度のEVや低燃費車を生産するよう定められているのだが、実際はこの数字が未達で政府に課徴金を払っている企業も多い。
前述のように2020年で5%、今年はさらに多くなるとはいうものの、年間販売台数2500万台程度の市場規模からみるとEVへの道のりはまだまだと言えるだろう。
もちろん、深センのように先行してEVが普及している都市もあるし、他国に先んじて大胆な転換を図っているのは間違いない。
中国政府はさまざまな振興政策を行い、ベンチャーは派手なプレスリリースを打つが、プロパガンダが本業の政府メディアや、“盛りにもった夢”を語ってナンボのベンチャーのリリースを鵜呑みにすると真相からは遠く離れてしまう。
現時点では、第一歩を踏み出したといった程度のEVだが、先行きは明るい材料ばかりだと補足しておきたい。習近平政権のもと、中国自動車ロードマップ学会(中国汽車工程学会)は、2035年時点で50%をEV,残り50%をハイブリッド車とする目標を発表している。
強気なロードマップを発表し、補助金等の体制を整えてから、実態に合わせて修正していくのが中国のいつものやり方だ。このロードマップは2016年に発表されたものの改訂版だが、この時期に改めて「EVなど新エネルギー車で行く」と政府が大きく宣言したのは意味がある。
今の中国は実体経済が落ち込んでおり、公共投資への期待がこれまでよりも大きくなってきている。特に新型コロナ以降、世界経済は大きなダメージを負ったが、中国の輸出産業も例外ではない。中国国内のコロナ抑え込みはほぼ成功していると言われているが、輸出産業含めその影響は続いている。
新車販売についてもコロナ前に比べて落ち込む中、政府がEVシフトに向けてさまざまな補助金を用意しているのは、産業構造の変更を加速させるためだろう。具体的な事例として、話題になった米テスラの特例がある。
中国はさまざまな産業に対して振興策を行っているが、EVについてのそれは特にダイナミックだ。米国のテスラが中国上海にテスラグループで最大の工場「ギガファクトリー」を建設したことは大きなニュースとなったが、これも中国政府の産業振興政策のひとつだ。
通常、中国に進出する海外メーカーは、多くの分野で国内企業との合弁を求められる。その結果、経営の自由度は制限され、技術流出なども懸念されるため、これが外資の進出の課題となっている。
ところが、テスラの上海進出に関しては、特例でそうした制限を受けずに米国テスラ100%資本のテスラ中国が誕生した。国の威信や大原則を曲げてでも世界トップのEV企業を誘致し、サプライチェーンの何割かでも中国に根付かせようという政策は成功しつつある。上海の「ギガファクトリー」で現地生産することでテスラ車の価格が下がり、それが中国市場での同社の圧倒的な成功につながった。同時に、中国のバッテリー企業などEV関連部品のサプライヤーの成長も加速しており、目論見通りの効果が現れている。
スマートホンやドローンでは世界最高峰をアメリカと争う中国の技術だが、EVなどの新エネルギー車に関する技術レベルについてはまだまだ発展途上だ。
筆者は今月、深セン市で実証実験が始まったばかりの燃料電池バスを体験した。国営企業で高速鉄道などを作っている中国中車(本社・北京市)が製造している燃料電池バスは、現時点でも無料で運転中の実験レベルだ。
中国で現在製造できる燃料電池の水素の圧縮レベルは35MPa。深センでの実験で乗車したバスの運転席のダッシュボードを覗いたところ、やはり同程度のようだった。燃料である水素は高圧あるほど容量が増え長距離を走ることができるが、その圧力に耐える部品で燃料系統のすべてが構成されている必要があり、高い技術レベルが求められる。ちなみにトヨタの燃料電池車「ミライ」は75MPaとなっている。
深センでは、実験車両でさえもミライに届かない残念なレベルだ。とはいえ、2025年までにはより高圧の燃料電池を実現させるという話もある。まだ他国に劣るとはいえ、実証実験を行っていることでもその本気度が感じられる。
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燃料電池以外でも、ハイブリッドのシステムなどは日欧のメーカーが今も強さを発揮している。また、上海に進出したテスラが中国EV販売台数でいきなりトップに躍り出たということは、少し前にメディアの注目を集めたNioなど「中国のテスラ」は、ホンモノのテスラにまったく太刀打ちできなかったということだ。
しかし、米国アップルのiPhoneの存在が中国のスマホ技術を発展させたように、「強力な外資との戦いの過程で中国企業が強くなるなら」とあえて好条件で誘致したのは中国政府のしたたかさの現れだろう。
世界第2位の大国となった中国だが、各分野の技術開発は、まだキャッチアップの段階であるものも多い。EVは内燃機関の自動車と異なり、中国が得意とするスマートホンやIoTといったICT機器との親和性が高く、政府が強く後押しする価値がある分野だ。
今は政府主導の投資が目立つが、一度「イケる」となったときに次々と民間企業が参入し、長足の発展を遂げることが、いつ起きてもおかしくない。
今後注目すべき分野であるのは間違いない。