日本では労働力人口の減少に伴い、さまざまな業界で人手不足が起こっている。物流業界もそのひとつだが、特に深刻なのが産業廃棄物処理業界(以下、産廃業界)における人手不足だ。
ゴミの種類は「一般廃棄物」と「産業廃棄物」に大別される。一般廃棄物とは、主に家庭などから出るゴミで、回収作業は行政が担うことが多い。それに対し、工場や建設現場から出る産業廃棄物(※)は民間業者によって回収されている。
※燃え殻、汚泥、廃油、廃酸、廃アルカリ、廃プラスチック類、ゴムくず、金属くずなど廃棄物処理法で定められた20種
産廃物処理は、生活環境の保全や公衆衛生の向上を図るため必要不可欠であるにもかかわらず、人手不足が常態化している。そうした中で、産廃業界に特化したSaaS型AI(人工知能)サービス「配車頭」(はいしゃがしら)を開発し、提供を開始しているスタートアップがある。2019年創業の“エッセンシャルテック企業”のファンファーレ株式会社だ。
同社のサービスで産廃業界の課題はどう解消されるのか。また産廃業界という事業領域で、どのようにビジネスを展開していこうとしているのか。ファンファーレの創業者でCEOの近藤志人氏に話を聞いた。
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「配車頭」は、産廃業界の課題をどのような仕組みで解決するのだろう。
近藤氏は配車頭を、「産廃物を回収するための“配車計画”をAIが自動で作ってくれるサービス」だと説明する。
産廃業界では今、人手が不足している一方で、廃棄物の量は一向に減らず増えるばかりで、需要と供給のギャップがどんどん開いている。限られた人員で廃棄物の回収効率を上げるには、「効率的な配車計画を立てることが重要」だと指摘する。
「その効率的な配車計画をAIが立ててくれるのが配車頭です。たくさんの選択肢の中から、最も効率がいいと考えられる配車計画をAIが立て、配車計画を効率化します」(近藤氏)
また、配車計画を立てること自体も産廃業者の大きな負担となっており、これを軽減することも重要だと指摘する。家庭ゴミなどの一般廃棄物は、回収する曜日が決まっており、回収ルート自体はほとんど変化しない。それに対して、建築現場などから出る産業廃棄物は、回収場所が日々変わる上、建築工期によってゴミの種類が変わり処理の仕方も変化するため、毎日違った配車計画を組む必要がある。
「例えばドライバーが50人いて、各々が一日に6カ所ほど回る業者があるとします。すると配車係は、300カ所の回収をどう組めばいいかを、毎日パズルのように考えないといけません。しかもドライバー業務を兼ねている配車係も多く、運搬業務を終えた後に、数時間かけて配車計画を立てている人もいます。
それに対して、私たちの配車頭を使うと、配車計画を数分で自動作成できる上、何か計画の変更があったときもすぐに修正できる。配車計画を立てる作業が圧倒的に楽になるのです」
加えて配車頭は、「属人化の解消にも役立つ」と近藤氏。配車係は、回収ルートを熟知するだけでなく、各ドライバーの負担への配慮やゴミ回収の依頼業者への気配りなど、経験値が役立つため、ベテラン作業員が担当することが多い。
「しかしこのベテラン作業員が辞めてしまうと、明日からまわらなくなる会社も多い。AIが配車計画を立てる配車頭であれば、このベテラン依存からも脱却できます」
では近藤氏は、どういった経緯で産廃業界という業界で事業を始めたのか。
起業を志したのは学生時代だった。美大でデザインを学んだ近藤氏は、ソーシャルビジネス分野で2度起業を試みるが、うまく軌道に乗らなかった。そこで、オープンイノベーションプラットフォームを運営する会社で企業の新規事業創出に携わった後、株式会社リクルートホールディングス(東京・千代田区)で組織開発やプロダクト開発を経験する。
リクルート時代には、副業としてUXデザイナーとしてコンサルタントも請け負っていたが、その活動の中である産廃事業者と関わりを持つ。コンサルを進めるうち近藤氏は、産廃業界の実態に衝撃を受ける。「一社だけではなく、マクロ的な問題として捉え直したい」と、その後1年かけて全国の産廃業者を行脚し、自身でも現場業務を体験しながら、課題や業務内容を整理したという。
こうして産廃業界の課題に挑戦する価値を強く感じ、2019年にファンファーレを設立した。
「産廃物の処理インフラって、電気、ガス、水道と同じで、なくなると人が生活できなくなるじゃないですか。だから産廃業界の課題に、起業し、人生を賭ける価値があると考えたのです。ただ最初に入った会社で、起業家が人生をかけ起業するのを幾度も見ていましたから、単に業務を理解するだけでは熱量が足りないと思いました。現場に何度も足を運び、当事者意識を持つ時間が絶対に必要だと考え、一年間あちこちの産廃業者を回らせてもらった上で、起業を決めたのです」(近藤氏)
2020年9月のリリース以降、配車頭は順調に利用者数を増やしている。現在、産業廃棄物処理業認可を受けている事業者のうち、従業員規模などからターゲットとなるのは約3万社あり、「十分な市場規模がある」と近藤氏は自信をのぞかせる。
さらに「配車という入口のデータから扱いはじめたこと」が今後の事業展開における大きな強みになるという。
「なぜなら業務の後工程の効率化も行いやすくなるからです。例えば、産廃業者は各社で数千個ものコンテナ(産廃物の入れもの)を管理していますが、これに苦労している会社は多い。無線通信機器(ビーコン)をコンテナ一つひとつに付けて管理すると、多額なコストがかかりますが、投棄や売却などの不法行為を防ぐため、管理しないわけにいかないのです」
一方ファンファーレは、配車データを握っているため、コンテナの移動履歴が残っており、コンテナ管理の機能を簡単に提供できるという。
「途中からやろうとすると大変ですが、入り口のデータがあると、自然な機能拡張で、提供価値を広げられます。このように配車管理の機能をベースにして、産廃業者の業務全体に少しずつ入り込んでいこうというのが、私たちの中長期的な展望です」
同業他社についてたずねると、「直接的な競合はいない」との答えが返ってきた。AIで効率的なゴミの回収ルートを提示する会社はあるが、一般廃棄物を対象とするものであったり、実証実験の段階だったりで、「現時点で産廃物処理の現場で毎日使えるサービスは配車頭だけ」だという。また「わざわざニッチな業界を選ぶことへのモチベーションは低い」とし、将来大企業が参入し、競合となる可能性も薄いとのこと。
現在ファンファーレは、SaaS企業支援に特化したベンチャーキャピタルなどから1.5億円の資金調達を受け、開発組織の拡充やカスタマー部門立ち上げによる顧客満足度の向上を図っている。
「配車管理から始め、さまざまな業務の効率化を進め、価値提供できる幅を広げていきたい」と話す近藤氏。力強い歩みを期待したい。