スタートアップによるイノベーションの中核は、「多産多死」と言える。小規模のコアメンバーで創業したスタートアップは、運転資金は少ないが、成功の可能性が薄い新ビジネスや、まだ市場のないビジネスにも大胆に挑戦できる。ベンチャーキャピタル (VC)はそういう企業に出資し、生き残った会社から高いリターンを得る、ハイリスク・ハイリターンの投資モデルだ。
大企業になるとそうした構造が逆転する。規模は大きいが競合も多い市場に、大きなチームで取り組む。リスクを避けつつ、細かい部分のクオリティを上げながらシェアを取りにいく。
ではスタートアップが急成長して、大企業となった場合はどうなるのだろう。
中国の大企業はどこも社内ベンチャーキャピタル(CVC)を充実させ、多産多死のスタートアップを拾い上げることでより大きな収益を目指す戦略を採っている。
スマホ大手の小米(シャオミ)は、もともとKingsoftシリーズで大成功した雷軍(レイ・ジュン)氏らが起業した会社だ。起業した時点で十分な資金があり、投資集団としての性質も持っていた。2010年に小米を設立し、2012年には同じく雷軍をCEOとするVCの顺为资本(shunwei)を設立した。その後も半導体専門のプライベート・エクイティ(PE)を立ち上げるなど、スマートハードウェアやAI含めたさまざまな企業に投資している。
代表的な投資例はAIとロボットのスタートアップ、石头科技 (Roborock)だ。マイクロソフトなどの大企業でAIやセンサーの研究をしていた創業メンバーたちは、ロボット掃除機の会社を創業した。2014年に創業してすぐに小米の投資を受け、小米ブランドのロボット掃除機を発売している。2017年には自社ブランドのロボット掃除機を発売するなどその後も成長を続け、小米系ファンドを含めて何度も資金調達ラウンドを成功させた。そして2020年にはIPOに成功する。
小米の狙いはどこにあったのか。スマートフォンの開発で成功した小米だが、世界10大スマホメーカーのうち8社が集まっている中国での競争は激しく、高収益化は難しい。小米は2015年にオフィシャルストア「小米之家」を立ち上げ、現在は1万店舗を超えるほど成功している。さらには出資したスタートアップ含めた小米エコシステム全体を扱う新しいECサイト「小米有品」を、自社のECサイトとは別に立ち上げた。
オフィシャルショップ「小米之家」やECサイトの「小米有品」で扱っているのは小米のスマートフォンだけではない。ロボット掃除機、セグウェイ(2015年に小米グループのNinebot Inc.が買収)、電動キックボード、テレビ、モバイルバッテリ、はてはスーツケースや衣服なども取り扱っている。これらの商品の多くは小米グループの投資したスタートアップの製品だ。
「小米之家」で販売されている中には前述のロボット掃除機のように、小米がOEMを受けて小米ブランドで販売しているものもあるが、メーカーが自社ブランドで出しているものも多い。たとえばスマートギター/ウクレレのpopulele(ギターやウクレレの指板にLEDが仕込んであり、スマホとBluetoothで連携してガイドしてくれる)のように、スタートアップのブランドのものもある。かつてpopuleleの創業経営陣はインタビューで「小米の出資は受けているが、楽器の場合はブランドが大事」と語っていた。小米だけの成功を考える子会社化でなく、出資先の成功を含めてトータルで考えるエコシステム型の出資をしていることがうかがえる。
ハードウェアの場合、リテールショップでの取り扱われているというのは販売促進上とても有益だ。楽器のようなフィーリングが大事な商品は、現物を試さずに買うのは勇気がいる。キッチン用品など生活空間に置くものもそうだろう。しかし、リテールショップを全国展開するのは、スタートアップでは無理だ。また、既存のリテールショップは、カスタマーサポートや、在庫のリスクの問題から、スタートアップの製品を置くのには及び腰になるのは、日本でも中国でも変わらない。小米が豊富な資金を武器に全国に直営店を張り巡らせ、そこに自社が出資したスタートアップの製品を置くのはスケールメリットを活かすビジネスと言える。
一方、ECサイトの「小米有品」は、商品を販売するだけではなく、頻繁にクラウドファンディングが行われている。商品販売サイトと併設で、スタートアップが新しい製品を世に問う場所となっている。
オンラインに巨大なプラットフォームを持つ、アリババ、テンセント、美団といった大企業もスタートアップへの出資が目立つ。テンセントは、多くのゲーム会社に出資をしている。10億人を超えるユニークユーザーを持つテンセントのウィーチャットプラットフォームで、有望なゲームを宣伝すれば、その成功は約束されたようなものだ。一方で当たり外れの予測できないゲームを、大企業であるテンセントが自社で開発するのは限界がある。「ゼロからイチ」のゲーム開発をスタートアップが。「スモールヒットをビッグヒットに」するのはテンセントで。というのは合理的なモデルだ。
中国のスマートフォンは普及の限界を迎えており、アリババ、テンセントともユーザ数の急増は望めない。注目しているのは、既存ビジネスのデジタルへの置き換えだ。自社の決済システムを軸に、リアル店舗やそれを支える流通など、さらにはその基盤になる半導体企業や自動運転など、これまでインターネットと縁が薄かった分野にも積極的な投資を行っている。
最近日本でもビジネスを始めた、店舗内配膳ロボットのPudu RoboticsのBラウンド投資では、中国最大のグルメガイドやデリバリーサービスを提供する美団からの投資が中心になった。レストランとプラットフォームの結びつきという点では、美団はアリババ・テンセントよりも強いものを持っている。
掃除ロボットと配膳ロボットは、技術的には共通する部分が多いが、家庭用掃除ロボなら小米、店舗用配膳ロボなら美団から出資を受けるというのはわかりやすい選択だ。
このように「いちど強みのある場所を作ったら、そこを拡大していく」という手法は、スタートアップ的な考え方を大企業になっても引き継いだものだ。会社が大きくなっても、まだ創業メンバーがその第一線にいるため、スタートアップらしさが残っているのは、急成長企業がひしめく中国ならではと言えるだろう。
小米は「米家(mijia)」というアプリとブランドを展開し、複数のスマート家電が連動する環境を作っている。筆者の自宅でも空気センサー(青萍科技)と小米のスマート電源プラグを連携させ、「部屋のCO2が増えたら自動で窓に向けたサーキュレータが稼働して換気を始め、空気が良くなったら自動で止まる」などの連携をしている。同様に「掃除機が動き始めたら換気する」「部屋に誰もいない状態(人感センサーで判断)が一定以上続いたらエアコンを止める」などの自動化も可能だ。
アップル「HomeKit」やグーグルの「Google Home」等も同様にスマート家電の連携を意図したシステムだが、現状では対応する家電製品・デバイスの幅広さで小米の「米家」が上回っているように思える。その要因のひとつは、自社グループのエコシステムに必要なパートナーに対して、スピーディな投資を行えるCVCにあると言えるだろう。