世界的なコロナ感染の拡大から3年になろうとしている。年末の旅行シーズンを前に、米国の旅行業界は観光氷河期を乗り越え、回復に向かっている。筆者も仕事柄、飛行機を利用する機会が多いのだが、今年の夏ぐらいから常にほぼ満席の状態である。我慢を強いられていた人々の「旅行欲」というのは思った以上に強いものらしい。
そこに目を付けたのが、ニューヨークを拠点とするオンライン旅行代理店の「Fora(フォラ)」である。新たな旅行代理業の形を模索する、このスタートアップ企業に話を聞いた。
Foraは2021年8月に3人のニューヨーカーによって立ち上げられた。
これまでのオンライン旅行サイトは、自分で作った旅程に必要な、航空チケットやホテルの「予約」がメインだったが、同社のウェブサイト上では、特定の国や地域に詳しい旅行アドバイザーと旅行者をマッチング。さらにアドバイザーは顧客の要望を聞きつつ、自分が持つ専門知識を提供し、より充実した旅行を作り上げてくれる。
「この会社はパンデミックのおかげで生まれました」
そう語るのは共同創業者のひとり、ヘンリー・バスケス氏。コロナ禍で旅行需要がほぼゼロになり、自身が7年間以上経営していた個人旅行代理店が閉鎖に追い込まれてしまった。その後、各国の国境が徐々に開かれ、海外への旅行需要が再び増える一方、コロナによる入国制限などにより海外旅行が複雑化したことに目を付けたと同氏は語る。
日本人である筆者でさえも、日本への入国手続きの複雑さには困惑させられるが、そういった煩雑な入国状況などを含め、特定の国や地域に詳しい「アドバイザー」を提供するサービスをバスケス氏と知人が思い立ったのが昨年の春先。その後、半年もたたないうちにForaを立ち上げた。
2021年11月にサイトの公開をしたが、これまでの約1年の間に登録済みのアドバイザーは30カ国以上に住む500人以上、現在トレーニング中が約500人いるという。さらに、申込済みで、トレーニング・登録を待つ人は4万人を超えている。
バスケス氏によると、申込者の97%は一度も旅行業に関わったことのない「旅行好きな素人」であるという。これまで敷居の高かった旅行代理業の壁を壊し、バイト感覚でもできるようなシステムを同社は提供していると語った。
筆者もアメリカの友人や同僚などから、日本でのおすすめの観光スポットやレストラン、ホテルなどを度々聞かれるが、その度に自分自身で作った「おすすめリスト」を送っている。それをマネタイズできる仕組みをForaは提供するというのだ。
同社の研修責任者であるロス・トマソン氏によると、旅行アドバイザーの仕事に興味のある人は、自身の旅行経験など書き込んで、申し込みを行った後、オンラインで面接を行う。審査を通過した申込者はサブスク料(アドバイザーの登録料)を支払い、30日間のトレーニングに参加することができる。
トレーニングはオンラインで、第1週目に旅行アドバイザーとしての心得や基本的な仕事についての講義。第2週目は、ホテルやクルーズなどの予約方法やサプライヤーとの関係の築き方。第3週目は、SNSなどを使ったマーケティング。そして、第4週目には旅行手続き料の徴収の仕方などを学習する。仕事内容はアドバイスだけでなく、「旅行代理店業」つまりホテルや現地アクティビティの手配も行うので、研修の内容は多岐にわたる。
研修はZoomの他、ビデオなどを使っての自主研修。時差の問題などで、直接Zoomに参加できない場合でも収録されたZoomの講義を受けることもできる。30日間の研修を終了すると、Foraから正式な「アドバイザー」としての認定書が発行される。研修は月初にスタートし、11月には170人以上が参加した。
トマソン氏によると、参加者には2つのタイプがあるという。「デジタルノマド」と言われ色々な国や都市を旅行しながら、旅行アドバイザーを目指すタイプと、本業かたわら、空いた時間にアドバイザーの仕事を行い、副収入を得るというもの。Foraは両方のタイプに対応したトレーニングを提供している。
現在アドバイザーの大多数はアメリカ国内をベースとしているが、「将来的には世界中のもっと多くの国に広げていきたい」とトマソン氏は語った。
Foraのブライアン・ロナガン氏も、ニューヨークで日本に特化したツアー会社を経営していたが、やはり長引くコロナ禍で転職を余儀なくされた。現在はForaの営業部門を担当するかたわら、自身も日本専門の旅行アドバイザーである。
アメリカやヨーロッパなどは、早い段階で一般の海外旅行客を受け入れていたが、日本では今年の10月11日にようやく外国人の個人旅行が解禁され、徐々にではあるがインバウンド(訪日外国人)数も増加している。
ロナガン氏によると、日本国内は日本人向けの旅行支援でホテル需要が逼迫しており、現時点ではアメリカからの受け入れが難しいが、同社には週に数件の日本に関する問い合わせや予約があり、来年には日本への旅行者数が急増するだろうとみている。
問い合わせでは、東京、京都、金沢、箱根などのこれまでの人気観光地に加え、インスタ映えのする「アート・アイランド」として知られる香川県の直島(なおしま)なども人気があるという。問い合わせのほとんどは、日本へ一度も行ったことのない旅行者からのもので、宿泊場所や移動の手段の相談に乗ったり、時には日本のタクシー運転手に提示出来るように日本語で書かれた住所などを渡したりするなど、同社のアドバイザーたちは「人間味のあるサービス」を提供することができるとロナガン氏は強調する。
また、「築地市場で魚のセリをみたい」、「両国で相撲を観戦したい」といったリクエストに対して、日本の事情に詳しいForaのアドバイザーなら、築地市場は移転したので豊洲を訪れるように提案したり、相撲が開催されていない期間は稽古の見学をすすめたりするなど、顧客の希望に沿うような代案を提案できる。
アドバイザーの仕事は、旅行プラニング以外にも、ホテルの予約、車の手配、イベントチケットの購入、外国語ガイドのアレンジなど多岐に渡る。(追加料金を支払えば、航空チケットの手配も可能であるが、ほとんどの旅行者は自身で航空券を購入する。)
旅行者は、Foraのアドバイザーを通して提携先のホテルを予約すると、さまざまな特典がついてくる。値段は自分で予約したのと同額であっても、Foraを経由の場合は朝食が無料になったり、部屋がアップグレードされたりする。
アドバイザーの手数料はホテル代やガイド代に含まれているため、旅行者は、別途手配料を支払わずとも旅行が楽しめるという仕組みだ。
Foraの特徴は個々の旅行者に合わせた「人間味のあるサービス」を提供する以外にも、他の旅行予約サイトとの手数料の違いにある。
共同創業者のバスケス氏によると、ブッキングドットコムなどの大手OTA(オンライン・トラベル・エージェンシー)を通してホテル予約をすると、通常20〜25%の手数料が必要となるが、Foraは10〜15%と手数料を抑えているため、ホテル側にとっても負担が少ない。また、Foraのアドバイザーには旅行者が旅行を終えた時点ですぐに入金される仕組みになっている。これも、米国での個人旅行代理業における通常の入金タイミングに比べると早く、ホテル、アドバイザーともにメリットがあるという。
Foraはこれまでに1850万ドル(約25億円)の資金を調達している。今後の課題は、4万人いる申込者の審査とトレーニングをいかに迅速かつ効率的に行っていくことにあるという。また、現在Foraを利用する旅行者は、国別やトピック別に検索して、アドバイザーを探し出さなければならないが、将来的には現在開発中のアルゴリズムを使って、旅行者とアドバイザーのマッチングをさらにスムーズに出来るようにすることも計画中だ。
さらに、家族連れの旅行者やベジタリアンの旅行者、LGBTQの旅行者や1人旅をする女性の旅行者など、多様化する旅行者に対応したサービスを提供するには、多様なアドバイザーが必要だ。
「私たちは、今後40年先の次世代を担っていく新たな形の旅行業者です。これまでのように画一的な旅行を提供するだけでは、我々の業界は生き残って行くことは出来ないでしょう」(バスケス氏)