生成AI(Generative AI)活用法がさまざまな分野で模索されている。業務効率化やアイデア創出などの場面での利用は進んでいるが、新規なものを生み出すということでは、試行錯誤が続いているのではないだろうか。
そんな中、いち早く画像生成AIを活用したエンタメコンテンツを開発したのが、株式会社ピラミッドフィルム クアドラ(本社:東京都港区)だ。同社では、画像生成AI技術を用いて、体験者が見るであろう夢をビジュアライズするコンテンツ「きょう、この夢を抱いて眠る」を開発し、「コンテンツ東京2023」(2023年6月、東京ビッグサイト)に出展した。
このコンテンツは、体験者が提供する画像と質問への回答から夢のイメージを生成するシステム「REM(Re-Dreaming Emulate Module)」を使って、体験者がその晩見るであろう夢をビジュアライズするというものだ。その具体的な体験内容と仕組み、展望を、同社プロデューサーの江藤楓氏、プランナーの濵銀(はま・しるば)氏、インタラクションデザイナーの鵜飼陽平氏に聞いた。
「きょう、この夢を抱いて眠る」とは、どのような体験ができるコンテンツだろう。筐体にはモニターが設置され、その下の盤面にはいくつかの物理ボタンが配置されている。体験者はまず、モニターに映し出される10個の質問に答えることになる。
質問内容は、「あなたは今夢の中で幼少期を過ごしています。一緒にいるのは(選択肢が表示されるうちの)どれ?」「その場所は?」「青春時代を過ごしています。何をしている?」などの過去の記憶に関するものが5つ。そして、「あなたの長所は?」「今の体調は?」「気分は?」など、自己評価や心身の状態を探る質問も5つ出題される。
これらの質問に物理ボタンの簡単な操作で答えたあと、体験者が最近撮影した思い出に残っている画像(スマホ画像など)を、筐体のカメラにあてがい読み込ませる。すると、質問の回答内容と画像情報から、AIが連番でイメージを複数生成し、それをつなげたモーフィング(あるイメージから別のイメージへ徐々に変形していく)イメージを生成してくれる。これが「体験者がその晩見るであろう夢をビジュアライズしたもの」になると、濵氏は説明する。
「(正確なメカニズムは定かではないものの)人は、直近経験したことのビジュアルイメージを脳の中で整理するときに夢を見ると言われています。我々はこれを逆手に取り、体験者に、まずAIが生成したビジュアルイメージを見てもらい、夜寝るときに、このビジュアルイメージを脳の中で整理してもらうことで、その夢を見てもらおうと。そんな発想から生まれたコンテンツになります」(濵氏)
濵氏によると、表示されるモーフィングイメージは、「現在」「過去」「心情(未来)」という大きく3つの構成に分かれているという。モーフィングイメージは、体験者から提供された最近の思い出深い写真の画像からスタートする。これが「現在」を表しており、ここを起点に、体験者の過去に関する質問の情報をもとにしたイメージへと移り変わっていく。これが「過去」へと遡る道程となる。
さらに、近況の心情に関する質問から得られた情報をもとに、「心情(未来)」を表すモーフィングイメージが展開していくのだが、おもしろいのは、ここに「夢占い」をベースとしたイメージを絡ませていることだ。
夢占いとは、夢に出てきた情報をもとに、現在の心理状態や将来の吉凶などを占うことだ。濵氏によると、夢占いのおおまかな流れはこうだ。例えば、夢にサンタクロースが出てきたときには、「楽しいもの」や「ワクワクするもの」を欲している状態であるとされる。ただ、そのときの心理状態としては、サンタクロースの楽しいイメージとは裏返しに、「不安に感じている」との解釈がされるという(※)。
※医学的な根拠はありません
「モーフィングイメージ(の後半)では、こうした夢占いの解釈と、近況の心情をたずねる質問の答えをからませ、夢占いにまつわるイメージをランダムに表示します。これにより、現実では見たことはないが、これから(夢で)見るであろう思いがけないイメージを提示するようにしています」
画像と質問の回答から夢のイメージを生成する仕組み「REM(Re-Dreaming Emulate Module)」は、どのようになっているのか。
システムを開発した鵜飼氏によると、主たる活用技術は画像生成AIであり、体験者が質問に回答した情報は、AIに画像を生成させるための指示であるプロンプトに落とし込まれる仕組みになっているという。
「全部で10個出される質問のうち、前半の『過去』に関する質問の答えをプロンプトA、後半の『心情』に関する質問の答えをプロンプトBに落とし込みます。そして、それぞれのプロンプトで40枚ずつ、合計80枚の画像をAIに生成させる仕組みになっています」(鵜飼氏)
ちなみに、AIに画像を生成させる際には、画像生成を制御するためのSeed(シード)値を用いている。この値を調整することで、プロンプトの影響力が“弱い画像”から“強い画像”へと40分割させながら、40枚の画像を生成しているという。
こうして生成した合計80枚の画像を連続的に表示することで、体験者が提供した写真の画像(「現在」)から「過去」、そして「心情(未来)」へと徐々に変化していくモーフィングイメージを作り出しているとのことだ。
では「きょう、この夢を抱いて眠る」は、どのような経緯で開発されたのだろう。
江藤氏によると、ピラミッドフィルム クアドラ社は、ウェブサイトやデジタル技術を活用したプロモーションなどを手掛ける制作会社であり、企画力と技術力をPRするために、毎年開催される「コンテンツ東京」で、デジタル技術を活用した独自のコンテンツを展示しているという。「きょう、この夢を抱いて眠る」は、もともとこの出展に向けて開発されたコンテンツとのことだ。
「開発を考えはじめたタイミングは、ちょうど生成AIが世の中に出始めた頃。活用法が模索されているものの、実際に何かを体験できるコンテンツが見当たりませんでした。そこで、自分たちでエンタメコンテンツを作ろうと考えたことが、きっかけです」(濵氏)
実際にコンテンツ東京に「きょう、この夢を抱いて眠る」を出展したところ、「AIセミナーの会場横で展示し、体験できるようにしてほしい」と引き合いが寄せられるなど、さまざまな反響があったという。
今後の展望を尋ねると、「エンタメコンテンツとして利用してもらう」パターンと、例えば、質問に答えると自分が求めている旅行先を提示するなどカスタマイズを施し「(クライアントの求めに応じた)商業利用」する2つが想定され、「その両方で動きが見られる」と江藤氏は自信をのぞかせる。
生成AIに着目し、自社の事業活動に取り込もうと動く企業は多い。しかし、何より大切なのは、何かの形にきちんと落とし込み、実運用していくことだ。そういう意味でも、生成AIの技術をエンタメコンテンツに結実させた本取り組みは、十分評価されるべきものと言えるだろう。