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日本の起業家が、事業をより拡大するために海外を志すケースは少なくない。しかし、国内で軌道に乗った事業であっても他国で展開する際には、さまざま苦労が伴うものだ。
この大きな“壁”に今まさに立ち向かっているのが、2018年創業のスタートアップ、コミューン株式会社(東京都品川区)だ。同社は、コミュニティ作りをワンストップで支援するプラットフォーム「Commune(コミューン)」のほか、カスタマーサクセスにつながるさまざまなプロダクトやサービスを展開。日本国内での堅調な成長を経て、2022年より米国進出を開始している。
同社代表取締役CEOの高田優哉氏に「Commune」のサービス内容と合わせ、米国進出を決めた理由や苦労、日本と米国の市場の違いを聞いた。
高田氏はコミューンを「『顧客起点経営(カスタマーレッドグロース)』によって企業が成長するためのパートナー会社」だと表現する。同社が解釈する顧客起点経営とは「顧客満足を達成したうえで、“顧客の力”を企業活動のあらゆる側面に活かすこと」だ。
この顧客起点経営の実現にあたり、重要な役割を担うのが「コミュニティ」だと高田氏は強調する。ここで言うコミュニティとは、主に企業が提供するもので“「企業と顧客(あるいは顧客と顧客)」「企業と従業員」が双方向でコミュニケーションできる場”を指す。たとえば、商品やサービスに関して、企業とユーザーあるいはユーザー同士が情報交換したり交流したりするファンコミュニティや、社内コミュニケーションを活性化する社内SNSなどが挙げられる。こうしたコミュニティにおいて、「その組織と人との関係性が、より共創的な関係になるような基盤をソフトウェアで提供するのが『Commune』」とのことだ。
「『共創は大事だよね』『従業員のエンゲージメントは大事だよね』と多くの企業は賛同してくれます。しかし、いざコミュニティを作るとなると自社だけでは難しい。そこで、実際のコミュニティ作りから活性化して事業数値につなげるところまで一気通貫でサポートするのが『Commune』というプロダクトです」(高田氏)
高田氏によると、このコミュニティがうまく機能すると「顧客起点経営」が実現し、さまざまなメリットを企業にもたらすという。
「たとえば(コミュニティ内で発せられた)お客様の声を活かして製品開発を行うケースもあります。あるいは、UGC(User Generated Content:ユーザー生成コンテンツ)を通じて顧客が増えることもあります。また(使い方が)難しいプロダクトだと、お客様同士がコミュニティ内で情報交換して問題点を解決してくれることもある。これは見方を変えれば、カスタマーサポートやマーケティング、R&Dの機能の一部をお客様が担ってくれていることになりますよね。こうした形で“顧客の力”を、企業活動のさまざまな側面で活かすことが『顧客起点経営』であり、この実現により企業の成長を支援することが私たちのミッションだと考えています」
「Commune」のローンチ以降、同社は日本国内で堅調に顧客を増やしてきた。そのまま国内市場開拓に専念するという選択もありえたが、2022年に意を決して米国でのサービス提供を開始、グローバル市場に打って出た。そこにはどのような思いがあったのか。
高田氏はまず同社が「あらゆる組織とひとが融け合う未来をつくる」というビジョンを掲げており、この実現に海外進出が必要だったと話す。さらに「“黒船”が来る前に国外に打って出る必要性も強く感じた」と説明を加えた。
高田氏によると、「Commune」は顧客との関係を構築・維持・強化する「CRM(Customer Relationship Management)」のサービスに大別される。この領域のサービスには、国ごとに大きな違いがない“ユニバーサルニーズ(普遍的なニーズ)”の解決が求められ、顧客ニーズに上手く応えることができてきた製品は国境を超えて広く普及する。日本で使われているCRMサービスを見回すと、Salesforce(セールスフォース)やHubSpot(ハブスポット)など海外の製品がほとんどであり、日本企業の製品はほとんど見当たらない。
「この状況を鑑みるに、我々が扱う製品の領域は、解決している課題が普遍的なものであるがゆえに、近い将来必ず“黒船(海外製品)”がやってくると確信しました。であれば、黒船来航前に我々から日本国外に出て、“本丸”である米国でプレゼンスを大きく発揮できるようにならなければいけないと感じたのです」
さらに当時「Commune」の顧客にはグローバル展開する大企業も多く「国外の顧客と良好な関係を築きたい」というニーズも増えていた。これに対応するためにも「海外と“地続き”でサービスを提供できる環境」を早急に構築する必要があると考えたとのことだ。
現在、米国での事業展開はどのような状況にあるのか。高田氏は前提として、同社の米国進出は「大きく2度に分かれている」と説明した。1度目が、米国に渡ろうと決めてからカリフォルニア州に「Commune Inc.」を設立し、英語版「Commune」を作って実際にサービス提供を開始した2021年から2023年春までの期間。その後、株式の市況変化もあり一旦拠点を日本に戻した後、2024年秋から2度目の米国進出に挑んでいる。
1度目の挑戦では「ベストな意思決定をしたつもり」だったが「今考えると2つの間違いを犯した」と当時を振り返る。そのひとつが「自分たちの強みベースではなく、市場が求めるものに合わせて事業を展開したこと」だという。
高田氏によると、同社の強みのひとつは「(企業と顧客、顧客と顧客をつなぐ)ファンコミュニティ」の構築、運営にある。しかし米国においては市場規模が大きい「(企業間の)サポートコミュニティ」に注力してしまったため「最後まで、自分たちが選ばれる理由や(自分たちの)強みを明確にできなかった」ことが悔やまれるという。
もうひとつが「英語しかできないメンバー」でチームビルドしたことだ。
「当時、全てのドキュメントや事例は日本語でした。(その時点で既存の)お客様も日本語しか話さないという状態なので、『英語しか話せないスタッフ』ってすごく厳しい状態じゃないですか。プロダクトについて相談したいと思っても、日本のプロダクトチームも英語が喋れるわけではないので。しかも、当時米国法人は立ち上げフェーズでしたが、日本の事業はグロースフェーズになっていたため、米国単独でシードスタートアップのような柔軟性を持って、事業戦略を立てることもうまくできませんでした。そうしたこともあり、目を見張るような成果を出せなかったことが大きな反省点ですね」
これらの反省も踏まえ、2度目の米国進出では「Commune」の訴求分野を、同社の強みを訴えやすい「アドボカシーマーケティング」に設定したほか、チーム内に(英語はネイティブレベルでありながらも)日本語を話せるスタッフを募集する方針を掲げたとのことだ。
「こういった方向転換もあり、現在は定量的にも定性的にも良い方向に向かいつつあると感じています」
では米国と日本の市場にはどのような違いがあり、どういった点に難しさを感じているのだろう。高田氏は「まずニーズや価値観に違いがあることは確か」だとしたうえで、特に難しいのは「どれだけ違って、どれだけ一緒なのかを高精度に捉えないといけないこと」だと述べた。
「起業家の多くは、海外の市場は100%違うか・100%同じだと色眼鏡で捉えがちです。でも実際はそんな単純なものじゃない。そもそも同じ“人”ですし、価値観も、企業のニーズも日本と変わらない部分もある。0から100までのグラデーションがある中で、どのくらい違ってどのくらい同じなのかということを見極めるのが、非常に難しいと感じています」
加えて、日本での事業展開のように「自分の直感や分析に頼れない」点も難しいとのことだ。高田氏は、日本生まれの日本育ち。日本国内市場に関しての分析や直感には自身の経験や知識の裏付けがあり、それなりに信頼できる精度だったが、日本とは異なる社会構造を持つ米国に関して、自身の直感や分析に頼った判断はリスクが有る。
ただ、こうした苦労はあるものの「自分たちのビジョンを実現する手段になる」あるいは「得られるものが大きい」と感じるならば、起業家やスタートアップには海外を目指してほしいと高田氏は思いを語る。
「正直、合理的に考えたら成功する確率的に見合わないことかもしれません。でも海外展開で得られるものが大きいと考えるのであれば、ぜひ海外市場に挑戦してほしいと私は思います」
高田氏が言うようにスタートアップの海外進出は簡単なことではない。しかし、もしその先に、経済が停滞する日本では得られない大きな成長が見込めるのであれば、挑む価値は大いにある選択と言えるのだろう。