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【日本人が知らない 、世界のスゴいスタートアップ Vol.20】AIエージェントにもパスポートを発行!? AIエージェント時代にひろがる新領域

イメージ図(記事本文とは関係ありません)

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 連載「日本人が知らない、世界のスゴいスタートアップ」では、海外のベンチャー投資家やジャーナリストの視点で、日本国内からでは気付きにくい、世界の最新スタートアップ事情、テック・トレンド、ユニークな企業を紹介していきます。今回のテーマは、「AIエージェントにはパスポートとビザが必要だ」です。(聞き手・執筆:高口康太)

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 AI(人工知能)は人間が使うツールなのか、それとも一緒に働く仲間なのか。

 そんな問いが頭に浮かんだのは、「深セン市福田区が『AI公務員』70人を採用」(Science Portal China、2025年2月25日)というニュースを見たからだ。広東省深セン市福田区政府が「AIデジタル・スマート公務員70人を採用した」という内容だ。これだけ見ると、「中国ではAIがツールという枠を飛び越えて、人のように雇用される存在になったのか」と思ってしまう。が、実際は公文書の作成や書式の修正、市民からの苦情や陳情を担当部署に振り分ける業務などに使われているという。現時点では明らかにツールとしての利用だが、この先AIの発展が続けば、自律的に判断、決定ができる同僚となる日も近いのではないか。

ところで、AIが人と同様に判断業務を行うようになったとき、その判断に対する責任は誰が負うことになるのだろうか?この問題はすでに車の自動運転システムで顕在化している。自動運転で事故が発生したときに責任を負うのは、人なのか自動運転システムなのか。ルール整備はまだ途上ではあるものの、システムが主体となって運転されるレベル3では、事故の責任も原則システム側にあるとされている。

では、オフィスワークにおける“AI同僚“の責任のルール整備はどうなっているのだろうか。AIが同僚になるのはそんなに遠い先ではない。AIがツールではなく、エージェントとして稼働するにはどのような環境作りが必要なのか。すでに取り組みは進んでいる。最新の技術トレンドに詳しい、台湾の投資家マット・チェン氏に話を聞いた。

鄭博仁(マット・チェン、Matt Cheng) ベンチャーキャピタル・心元資本(チェルビック・ベンチャーズ)の創業パートナー。創業初期をサポートするエンジェル投資の専門家として、物流テックのFlexport、後払いサービスのPaidyなど、これまでに15社ものユニコーン企業に投資してきた。元テニスプレーヤーから連続起業家に転身。ジョインしたティエング・インタラクティブ・ホールディングス、91APPは上場し、イグジットを果たしている。

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――AIエージェントがトレンドです。しかし、このAIエージェントはツールなのか、それとも主体なのかははっきりと決まっていません。たとえば、AIエージェントが勝手に行動して、なにか事故を起こしてしまった場合、その責任は誰が取るべきなのでしょうか。AIエージェントを使ったユーザー。それとも開発した企業でしょうか。

マット・チェン(以下、M): AIエージェントはトレンドですし、その発展は新たな問題も生みだしています。まず、AIエージェントの一例を挙げましょう。米国EC大手のアマゾンは、今年3月に「Buy for Me」という新機能を発表しました。これにより、ユーザーはアプリ内でタップするだけで、AIが他のブランドのウェブサイトで注文、情報入力、支払いを代行し、全プロセスでユーザー自身が操作する必要はありません。

――現時点では提携したブランドサイトだけの対応ですが、AIエージェントが在庫のあるサイト、一番安いショップを探すようなサービスもすぐにでてきそうですね。

M:ええ、そうですね。このようにAIエージェントが「代行」するサービスは、急速に普及しています。アマゾンだけでなく、航空券の検索、価格比較、レストランの予約、請求書の支払い、スケジュールの調整など、AIが日常の雑務を手伝ってくれるサービスは増え続けています。AIはあなたがパクチーを苦手なことさえも把握しており、自動的に適切なレストランを絞り込んでくれるはずです。

AIはもはや単に提案をするだけでなく、実際にあなたのために「意思決定と実行」をし始めています。

ただし、こうしたエージェントの普及には大きな課題があります。それは「販売者側は、それが『ハッカーによる注文ではない』ことをどう判断するのか」です。この注文は誰が行ったのか。この支払いは誰が承認したのか。この操作は人間によるものか、それともAIによる操作か。ひょっとしてハッキングされてはいないだろうか……。今までになかったセキュリティが求められます。

AIエージェントの行動は、ウェブサイトから見ると、クローラーやボットのように見えることが多く、悪意のある攻撃と区別が難しいという課題もあります。AIエージェントが急増する中、それらにどう対応するかは喫緊の課題です。

米国のセキュリティ企業Oasis Securityは、「人間以外のアカウントの新たな認証方式」が必要だと提唱しています。IDとパスワードの入力や認証コードの受け取りといった本人確認の方法は、もはや通用しないというのです。AIエージェントによるログインは、いわば、友人にログイン情報を渡して代わりに操作してもらっているようなものです。IDとパスワードが正確に入力されたとしても、「誰によって承認され、何を実行でき、もし問題が起きた場合に誰が責任を負うのか」を識別できません。

AI経済時代のインフラ

――AIエージェントが購入や予約を代行してくれるのは便利ですが、インシデントが起きた時の責任問題があるわけですね。どうすればいいのでしょうか。

M:AIによる操作が増えるにつれ、インターネット全体の「アイデンティティ」の問題が再定義されています。現在は「ログインしているか」を確認するだけですが、今後は2段階の判断が必要になっています。

第一に、「あなたは本物の人間か」(Proof of Humanity)です。AIが生成したアカウントや偽の身分が氾濫する時代において、アカウントの背後に実在の人物がいることを確認する重要性は高まっています。OpenAIの共同創業者サム・アルトマン氏が出資する生体認証のスタートアップ「Tools for Humanity」は、虹彩スキャンデバイス「Orb」を用いて本物の人間かどうかを識別しています。

次なる認証は「このAIは、本人から承認されているのか」(Agent Verification)です。AIが人間にかわって意思決定し、タスクを処理し始めるにつれて、私たちは「このAIは誰の代理人(エージェント)なのか。また、その権限はどの範囲か」を確認する必要も出てきます。AIエージェントの身元と、そのエージェントが委任されている権限を検証できるデジタル証明書が必要です。これがあれば、企業側は瞬時に「この操作は合法で信頼できるか」を判断できるようになります。

この2つの認証システムは、AI経済時代におけるインフラとなるでしょう。

AIには「パスポート」が必要だ

――必要な機能はすでにはっきりしてきた、と。具体的なソリューションは登場していますか。

M:AIエージェントに「パスポート+ビザ」のようなデジタル証明書を持たせるソリューションが登場しています。

海外への入国手続きに例えると、理解しやすいです。外国に到着した際に、入国審査官があなたについて個人的に知っている必要はないですよね。パスポートとビザが本物で有効であることを確認できれば、入国を許可します。

インターネットの「パスポートとビザ」にあたるのが、W3C(World Wide Web Consortium)が提唱するVerifiable Credentials(VC)技術で、以下の要素があります。

  • パスポート: AIエージェントの身元を示す
  • ビザ:どんな権限が許可されているかを示す(例:ホテルの予約はできるが、クレジットカード決済はできない)
  • グローバルな検証メカニズム:複数のサイトで共通な標準的ツールで、証明書の真偽を検証できる

こうした認証ソリューションは。すでにいくつかのスタートアップによって提供されています。代表的な企業のひとつに香港を拠点とするスタートアップTerminal 3があります。彼らの「Agent Auth」というソリューションは、AIエージェントのために検証・追跡可能なデジタルアイデンティティを構築し、タスクの権限を付与することができます。すでに教育、金融、政府など、プライバシーと権限を特に重視するシーンで、採用されています。

――「AIエージェントは、こんなこともできるのか!」と驚くような話はよく目にしますが、一方で安全に普及させるための取り組みも静かに進んでいるのですね。

M:ツールとしてのAIからさらに飛躍し、独立して活動するAIエージェントが活躍する新時代。その実現には新たな認証インフラが必要です。AIエージェントの開発ほど派手ではありませんが、今後10年間で最も重要なイノベーション分野になる可能性があります。

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 前々回の記事「技術的失業に焦らないために、AI時代に求められる2つの力」ではクリエイターのAI活用、前回の記事「何の仕事をやめるか」から考えるAI時代のホワイトカラー生存術」ではホワイトカラーがAI時代に生き残るための方法をマットさんから聞いたが、今回の話はいわば「AIエージェントが消費者になるために必要なインフラ構築」と言えるかもしれない。

 AIそのものが賢くなるだけではなく、乗り越えなければならないハードルがいくつもあることを改めて認識させられた。そして、それはAI普及に伴って新たに必要となるタスク、ビジネスが膨大に存在することを示している。多くのビジネスチャンスが眠っていると考えれば、ちょっと楽しみになってきた。

Written by
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。