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「MaaS」=地域活性化の取り組み〜伊豆における観光型MaaS「Izuko」の目指すもの

伊豆半島の観光型MaaS

伊豆半島の観光型MaaS

「XaaS=(Xは任意のアルファベット)as a Service」という略語を見かけるようになった。「…as a Service」は「サービスとしての…」という意味で、「MaaS(マース)」のMは「Mobility」を表する。その意味するところは、

“公共交通機関などを利用して、出発地から目的地への移動を最適な交通手段による一つのサービスとしてとらえ、シームレスな交通を目ざす新たな移動の概念。”(出典:コトバンク/小学館 日本大百科全書)

である。

 MaaSの海外での実施例としては、フィンランドのスタートアップMaaS Globalが、2016年から同国の首都ヘルシンキで提供している、「Whim」というアプリを利用したサービスが関係者にはよく知られている。同市内のトラムやタクシーなどがアプリから予約できるだけではなく、プランによっては定額で一定範囲内の交通機関が利用可能だ。日本でも2018年10月にソフトバンクとトヨタ自動車が、MaaSのプラットフォーム事業などを手掛ける新会社「MONET Technologies」を設立したことで注目されるようになった。その後、日本国内でもいくつかの実証実験が行われている。その多くは都市近郊での実証実験だが、東急とJR東日本グループの取り組みは、伊豆半島という広めのエリア対象とした観光型MaaSの実証実験だ。

東急の岡野氏(左)と長束氏(右)
東急の岡野氏(左)と長束氏(右)

 東急のMaaSの取り組みは、この伊豆半島での観光型の取り組み以外にも、2019年1月から約2ヶ月間行われた、東急田園都市線のたまプラーザ駅北側地区での「郊外型」MaaSの実証実験もある。こちらは、高齢化が進む同駅周辺の住民がこの先も快適に生活を送れることをめざし、都心への通勤にハイグレード通勤バスを走らせたり、坂の多い住宅地で移動がしやすいようにオンデマンド交通などを提供した。沿線住宅地の活性化をはかり引き続き住宅地としての持続可能性を確保するために鉄道会社が率先してMaaSの取り組みを行うことはビジネスの構図としてはわかり易い。

 一方で伊豆半島東海岸を走る伊豆急行は東急グループではあるが、今回の取り組みは広く伊豆半島全域を視野に入れている。自社沿線以外のエリアまでを含む観光型MaaSを取り組む狙いは何なのか、東急でこのプロジェクトを推進する交通インフラ事業部都市交通戦略企画グループ次世代インフラ担当の課長補佐の岡野裕氏と同グループ主事の長束晃一氏に話を聞いた。

■地域の課題解決に取り組むMaaS

魅力的な観光地だが高齢化が進む伊豆半島(筆者撮影)
魅力的な観光地だが高齢化が進む伊豆半島(筆者撮影)

 まず、最初に長束氏が説明してくれたのが、伊豆半島の現状と課題だ。2010年代に入ってインバウンドの恩恵もあり観光客数は減少期を脱出し、少しずつ増えてきているが、同時に地域住民の高齢化が急速に進んでおり、特に半島南部ではその傾向が著しい。また、伊豆半島には鉄道5路線を補完する形でバス390系統、タクシー会社5社があるが、運転手の高齢化、学齢層の減少などでその路線維持が危うい状況となっている。

 伊豆半島への観光アクセスは、現状多くがクルマによるもので、行楽シーズン渋滞が発生。これが観光客を遠ざける要因となっている。アクセスを鉄道にシフトすればよいのだが、前述のように鉄道から乗り換えるバスやタクシーなどの2次交通は縮小傾向にあり、現地での足の確保が難しい。このように地域交通網の縮小は日常生活に支障を及ぼすだけでなく、地域経済を支えている観光業にも影響が及ぶ。そして観光業が縮小すると地域自治体の健全な持続がさらに難しくなる。

「地域が元気になるのが目的」と話す岡野氏
「地域が元気になるのが目的」と話す岡野氏

「伊豆は多かれ少なかれ観光で成り立っている部分があるので、観光(産業)がなくなれば地元の人たちも困るんです」(長束氏)

「地域が元気じゃないと観光客が来ても受け入れができなくなります」(岡野氏)

 と両氏とも観光客の利便性の向上と地元自治体の課題は、表裏一体であると話す。そしてこの地域課題を解決するというのが観光型MaaSの最終的な目標であり、それゆえひとつの自治体を対象とするのではなく、観光エリアとして一体となっている椅子半島全域が対象となっている。

駅からのバス便はあるもが(河津駅前にて:筆者撮影)
駅からのバス便はあるもが(河津駅前にて:筆者撮影)

 目標が地域の活性化なので、参加企業、組織は広範にわたる。静岡県や地元自治体、東急とジェイアール東日本企画以外にも、東海自動車(バス)や西武鉄道系の伊豆箱根鉄道とも一緒にプロジェクトを推進している。伊豆半島は昭和の時代、その観光客の確保をめぐり、東急と西武がはげしくしのぎを削った地。しかし、それもすでに歴史上のこと。企業グループを越えての協力が必要な地域活性の取り組みに対して、東急社内でも異論があがることは無いという。「(東急グループには)不動産開発などもありますので、関係者と交渉をして粘り強くという文化があります」(長束氏)

■実施して見えてきた課題

フェーズ2のエリア(プレスリリースから)

 この取り組みは2つの実施時期に別れている。2019年4月1日から6月30日までに実施されたフェーズ1に続いて、12月1日から2020年3月10日までのフェーズ2が来月から開始される予定だ。

 11月20日にフェーズ2の実施内容について記者会見が開催された。まずフェーズ1の総括があったが、それによると利用に必要な専用アプリ「Izuko」のダウンロード数は、早い段階で目標としていた2万ダンロードを越えた。しかし、実際利用するために必要なデジタルパスの購入数は1045件と目標の1割にとどまった。さらに電話問い合わせの多くはアプリのダウンロード方法に関するものだった。この総括を踏まえて12月1日から始まるフェーズ2では思い切って、アプリの利用を断念し、ブラウザベースのサービスとした。これによってダウンロードの手間はなくなり、サイトの導線やコンテンツの追加修正も容易となり、運営コストも安価になる。

Izuko準備で伊豆半島を縦横に奔走した長束氏「伊豆半島は意外に広くて…。」
Izuko準備で伊豆半島を縦横に奔走した長束氏「伊豆半島は意外に広くて…。」

 先の岡野氏、長束氏へのインタビューでも、利用者が高齢者であることを考えるとMaaSのインターフェイスがアプリであることは大きな問題だという話題がでていた。また伊豆でのMaaSの取り組みは実証実験終了の後は、地元の担い手へと運営を移管して、持続的な仕組みとすることが目標だとすれば、そのためのコストダウンという面でもブラウザベースのシステムは妥当な選択だ。

 他にもフェーズ2では、フリーパスが選択できるエリアに熱海やJR伊東線沿線が追加されたり、下田でのオンデマンドバスの運行エリアが拡大されたりしている。さらに事前購入でスムーズな入場が可能なデジタルパス対応施設等も14カ所と倍増している。交通手段の確保以外にもその先の目的地となる観光施設、飲食店との予約、決済などのシームレスな連携もMaaSでは重要なポイントだ。しかし、地方都市では現金決済が主流で、クレジットなどの決済には対応していない店舗が特に地方ではまだまだ多い。この決済の問題もMaaSの普及に向けては大きな壁になっているという。

* * *

 MaaSの取り組みは、その事業主体社や実施エリアによって、実験も目的も手法も少しずつ異なる。しかし、その目的のひとつはエリアの課題を解決し、地域を活性化させ、次の世代にも持続可能とすることでは共通している。観光型のMaaSは現時点では観光客を主なターゲットに商品が設計されているが、これを同時に地域住民も活用できるものにする必要があるだろう。伊豆の例で言えば、下田市内で運行されるオンデマンド交通などは観光の閑散期でも買物や通院など地元需要がありそうだ。そういった意味では対象エリアの住民も積極的に関与していくことで、外から来る人にも中の人にも使い勝手の良いサービスにする事ができるだろう。

Written by
朝日新聞社にてデジタルメディア全般を手掛ける。「kotobank.jp」の創設。「asahi.com(現朝日新聞デジタル)」編集長を経て、朝日新聞出版にて「dot.(現AERAdot.)」を立ち上げ、統括。現在は「DG Lab Haus」編集長。