世界に先駆けてワクチン接種を進め、コロナ対策の先進国として注目を集めるイスラエルは、実は“スタートアップ大国”としてもよく知られている。
同国では毎年1000社近いスタートアップが誕生し、人口一人当たりに占めるスタートアップの数は世界一だ。また、サイバーセキュリティや自動運転、AI(人工知能)、フィンテックなどさまざまなハイテク分野において革新的な技術や製品が生み出されており、評価額10億ドル以上のユニコーン企業が相次いで誕生している他、GAFAをはじめとする巨大企業の多くが研究機関を設置している。
コロナ禍においても同国のスタートアップ界隈は成長を続けている。日本貿易振興機構(JETRO)の調査(「イスラエルにおける競争力強化に資するスタートアップ投資に関する調査」)によると、新型コロナウイルス感染拡大を受けた2020年は、イスラエルにおけるスタートアップへの投資件数自体は減っているものの、投資金額は2019年に比べ大幅増となっている。
イスラエルの国土は日本の四国ほど(22,140km2)、人口は神奈川県(約900万人)ほどだ。そんな中東の小国とも言える国が、なぜ“スタートアップ大国”として成長し続けられるのだろう。
2019年からテルアビブに拠点を設けている住友商事グループのコーポレートベンチャーキャピタル IN Ventureの内村 直矢氏(パートナー)と、高田 寛之氏(プリンシパル)に、現地で直に感じるイスラエルのスタートアップの特徴や強み、取り巻く状況をきいた。
まずはイスラエルでスタートアップが次々と生まれる理由について。高田氏は、同国独自の「徴兵制度」がスタートアップの誕生を後押ししていると持論を展開する。
イスラエルでは18歳から、男性は3年間、女性は2年間、国防軍での兵役が義務付けられている。
「軍隊に入る際に優秀な若者は選抜されてエリート部隊に配属されます。特に有名なのは諜報部隊の『8200部隊』ですが、こうしたエリート部隊に入ると、国の安全保障に関わる重要ミッションが課せられ、民間よりも進んだ軍の最先端技術を身につけます。一部の周辺地域との安全保障上の問題を抱えるイスラエルにとって少しのミスが命取りになり得る。そんな緊張感のある厳しい状況をくぐり抜けた若者は非常に優秀で、退役後、軍で学んだことをベースにスタートアップを起業するパターンが多い。そういう意味では、国防軍の存在が非常に大きな役割を果たしていると思います」(高田氏)
これに加え、リスクを取ることを恐れない、イスラエル人の性格も大きく影響していると高田氏。
「イスラエル人は『フツパ精神』と呼ばれる、不可能かもしれなくても、まずは挑戦するマインドセットを持っている。このことも次々とスタートアップが生まれる源泉になっていると思います」
ではイスラエルのスタートアップは、米国や日本のスタートアップと比べどのような特徴があるのだろう。内村氏は、まず米国との違いについて「コミュニティが小さい」ことを挙げる。
「米国は国土が大きく、スタートアップの数も一桁ぐらい多い。その分、スタートアップの質もいろいろで、相当力のあるVC(ベンチャーキャピタル)でないと、本当に優秀なスタートアップに出会える可能性は小さい。一方、イスラエルは小さな国土の中にものすごい数のスタートアップが乱立している上、技術的には米国と比べても遜色ないレベル。そのため、我々側からすると優秀なスタートアップと出会える確率は米国と比べぐっと上がります。こうした環境が大きな特徴だと思います」(内村氏)
日本のスタートアップとの違いとしては、国外市場に向ける熱量の違いを指摘。
「日本のスタートアップは、ほとんどが日本特化型と言えるでしょう。日本市場だけでプレイすればそれなりの規模に成長することができるため、日本市場に一番刺さるものを作っています。一方、イスラエルのスタートアップは世界の市場に向けざるを得ない。人口が少なく、自国の経済規模がすごく小さいため、国内だけで商売しても全然スケールしないのです。このため会社の目指す方向やビジョンが壮大で、創業時から常に国外を見ているところが非常に多い。ここが、日本のスタートアップと大きく違う点だと思います」(内村氏)
イスラエルのスタートアップの投資マーケットについて高田氏は、「コロナ禍で若干スローダウンしたものの、今は非常に大きくなっている」と分析する。
「イスラエルのハイテク・スタートアップへの投資金額は、2020年に100億ドルでしたが、今年(2021年)は半年で、すでに昨年の記録を超えています」
投資金額の上昇には、ここ数年起こっている「起業家マインドの変化」が関係しているという。
「以前、イスラエルのスタートアップは、アーリーステージ(early stage)のうちに会社を売却し、その後は大手企業傘下で成長していくケースが多かった。しかし最近は、アーリーステージでは売却せず、一定の規模まで会社をしっかり育てるというムーブメントがあります。こうした動きが大型の資金調達につながり、全体的な投資金額の増加につながっているのだと思います」(高田氏)
では実際にIN Ventureが出資しているのは、どういったスタートアップだろうか。
現時点でIN Ventureが出資しているのは、医療分野におけるゲノムデータプラットフォームを構築する「Genoox(ジノックス)」や、量子回路を自動生成する量子コンピューティングソフトウェアを開発する「Classiq(クラシック)」など7社。そのうち特に注目されているのが、水素製造を高効率低コストに実現する「H2Pro」だ。
地球温暖化の抑制に関連し、利用時にCO2を排出しない水素燃料が注目を集めている。しかし化石燃料を用いる一般的な水素製造ではCO2が排出されてしまう。CO2を排出しない方法として、水の電気分解を利用する方法もあるが、製造コストの高さが課題となっている。
「そこでH2Proは、水の電気分解を改良した新しい水素製造技術を開発し、マーケットが想定している今後のグリーン水素の製造コスト予測を大幅に下回るレベルを目指しています。こうした最先端の技術をベースにしたいわゆる破壊的なイノベーションが市場に大きな影響力を与える可能性があると考えており、そうした巨大な影響力を与え得るスタートアップに大きな期待を寄せています」(高田氏)
現在、日本とイスラエルは、2017年の共同声明「日イスラエル・イノベーション・パートナーシップ」に基づき設立された「JIIN(日本・イスラエル・イノベーションネットワーク)」によって、ビジネスフォーラムが開催されるなど、企業交流が盛んに行われている。日本企業とイスラエルのスタートアップとの連携が、コロナ禍で停滞する日本経済にどのような新風を吹き込むのか、注目したい。