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不服従をたたえる「Disobedience Award」

 MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏と米WIRED誌のジェフ・ハウ氏は、変化の激しい現代に対応するための9つの原則(9 principles)を提唱している。これらの原則は、伊藤氏が所長を務める同ラボが研究を進めるうえでの軸となっている。その原則とは下記の9つである。

  • Resilience over strength 変化を受け入れしなやかに跳ね返る精神
  • Pull over push 必要に応じてあらゆるものを引き出す精神    
  • Risk over safety リスクを冒して挑戦する精神
  • Systems over objects 体系的に物事を捉える精神
  • Compasses over maps 変化の激しい地図ではなくコンパスを持つ精神
  • Practice over theory 理論よりも実践を重視する精神
  • Disobedience over compliance 従順ではなく反抗を称賛する不服従の精神
  • Emergence over authority 権威から脱却する精神
  • Learning over education 自発的に学ぶ精神

 これらの精神を踏まえて、昨今のMITメディアラボの動きに注目してみると「Disobedience over compliance」、「不服従の精神」を活発に押し出しているのがわかる。伊藤氏の意味する不服従とは、最先端の研究をするためには誰かの指示を待ったり誰かのいいなりになったりしてはいけないという考えからきている。

 この不服従の精神を代表する動きとして、「Disobedience Award(不服従賞)」という賞の設立が挙げられる。

 賞金は25万ドルで、その名前のとおり、MIT メディアラボの不服従の精神に基づき、不服従を称賛する賞である。受賞の条件は、「自らを危険にさらしてまで、社会全体をよくするために責任ある行動をとった人物、またはグループ」であり、研究の分野やその行動が違法であるかどうかは問われない。ただし、一般市民に危害を加えるような行動、自らの欲求を満たすためだけの行動は、受賞の対象から除外される。

 今回は2017年5月1日まで投票を受け付けており、投票は推薦形式で行われる。推薦したい人物と活動内容、推薦理由をインターネット上のフォームに記述する形式だ。結果の発表は7月21日で、受賞者とともに、推薦者も一緒に7月に行われるセレモニーに招待される。

 MITメディアラボとして、賞金を用意してまで、不服従を讃える動きは筆者の知る限りこれが初めてだが、不服従をたたえ社会に広めようとする同ラボの活動は、以下の例のように、これまでも行われてきた。

  • アメリカ国家安全保障局 (NSA)の不正や、プライバシーの侵害行為などを世界中に公開した元NSA職員のエドワード・スノーデン氏は、現在も亡命中であるが、何度かMITメディアラボのイベントに遠隔で参加している
  • 論文を掲載する科学誌の有料購読者 のみがアクセスできる課金システムを「バイパス」する論文海賊サイト「Sci-Hub[1]」を立ち上げたカザフスタンの学生アレクサンドラ・エルバキャン氏[2]は、昨年MIT メディアラボで行われたForbidden Researchに遠隔で参加している。

[1]「Sci-Hub」が開発される以前にも、ツイッター上で#IcanhazPDFというハッシュタグと読みたい論文の名前やデジタルオブジェクト識別子(doi)をツイートすると、論文にアクセスできる人々がPDFをシェアしてくれるという活動があった。「Sci-Hub」はその論文を大規模に収集する仕組みで、規模が非常に大きく、多くの科学誌に経済的、思想的にもさまざまな影響を及ぼしている。

[2]彼女はサイエンス誌のインタビューに対し「ペイウォールは時代に逆行しておりコミュニケーションを非効率で閉ざされたものにしている。」と答えており、アメリカの司法の及ばない国々でドメインを取得しサイトを運営している。現在では62,000,000本以上(現在も増え続けている)をダウンロード可能にしており利用者も世界中で増え続けている。

 ところで、筆者は「Disobedience Award(不服従賞)」の受賞者として、アレクサンドラ・エルバキャン氏を推薦した。彼女の考え方や「Sci-Hub」が今後、科学界、特にオープンサイエンスという観点でどのような影響を及ぼすのか非常に興味がある。

 ちなみに、MITメディアラボの学生は、筆者が話を聞いた限りでは、全員が「Sci-Hub」の動きを肯定的に捉えていた。Nature誌やScience誌をはじめとする科学誌は「Sci-Hub」は権利を侵害しているとして批判しているが、エルバキャン氏のインタビュー記事や「Sci-Hub」に関する記事掲載しており、さらにNature誌は2016年最も注目した10人の中でエルバキャン氏を選出している。

* * *

 ここでは、MITメディアラボの9つの精神のうち特に 不服従の精神をピックアップしたが、このように自分たちの倫理観やスタイル、意思表示をMITメディアラボのように強く押し出して実践している研究所が日本にもあるだろうか?研究所のありかたの違いは、研究者の考え方の違いにも表れているように思える。

 職業として“研究者”であるがゆえに課題を探し、研究をするのではなく、この謎をときたいという欲求を持ち、課題を解決するために奮闘し、その結果として研究者となるというのが、本来のありかたなのではないか。

 上述した「Sci-Hub」のように、オープンサイエンスの動きは金銭ではなく社会を良くしようという熱意や精神に基づいている。研究者は、その研究の目的や必要性などを、自らに問い続け、同時に社会と共有し、あらゆる謎や問題に取り組めば、世界はよい方向に進むのではないかと筆者は感じた。

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片野晃輔 Written by

Wild Scientist
DG Lab 海外特派員
MIT Media Lab Research Affiliate

中学生時代、家族や友人の病気をきっかけに、免疫学分野で主にIgE抗体とクラススイッチング、エピジェネティクス分野でDNAメチル化中心に生物学を学び始める。
高校生時代には、研究費と試薬を集め、株式会社リバネスのラボや京都大学のラボを始め、様々な機関のラボで設備を借りながらDNAメチル化に関する研究を行った。高校卒業後は、フリーの研究者として研究を継続し、現在は主に生命を理解するための研究を行っている。