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Horizontal(水平分業)の可能性、Vertical(垂直統合)の果実

ブロックチェーン

ビジネスインパクトは予想できるのか

 ブロックチェーンが注目されているのは、今後、さまざまな経済活動やビジネスのあり方に、大きなインパクトを与えるだろうと見込まれているからだ。しかし、現在行われているブロックチェーンに関しての議論は、まだ方向性の議論にとどまっているものが多い。また、スタートアップ企業の取り組みの大半は、現在あるビジネスから集権的な運営者を取り除いたり、現在のビジネスにおける複数のステークホルダーの間を繋いだりする可能性を探るという形にとどまっている。その意味では、現在の生活のあり方、ビジネスのあり方が議論の起点となっている。

 一方で、インターネットがもたらした革新の例を踏まえると、ブロックチェーンの本当のインパクトを考えるときに、もう少し視野を広げて考えることが重要だ。Joi Ito(編集部注 MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏)は、これまでのブロックチェーンの多くのプロジェクトを「インターネットに例えると、みんながインターネットサービスプロバイダになろうとしているもの」と表現しているが、インターネットにおいてビジネス上の勝者になったのはインターネットサービスプロバイダではなく、情報の流れの目詰まりがなくなることで、流れる情報を上手に集約して活用し、発信して生活者に還元した企業だった。現在のインターネットエコシステムの支配者とも言える。「GAFA」と略されるGoogle, Apple, Facebook, Amazonはいずれもそういった企業だ。

 インターネットは、郵便や電話会社が仕切っていた分野をインターネットサービスプロバイダに置き換えた。これがインターネットがもたらした変革の序章だった。同じように、ブロックチェーンの技術的な進歩性だけに注目し、情報の取り扱いの担い手がブロックチェーン企業に置き換わりつつある現状は、まだ序章と考えた方がよい。

 インターネットが商用化した1995年以降、LinkedIn, FacebookといったSNSや、Airbnb, Uberのようなシェアリングエコノミーの企業が登場した。そのビジネスインパクトが初期には予測できなかったように、ブロックチェーンがもたらす本当のビジネスインパクトを、現時点で予想できると考える方が不自然だ。

 にもかかわらず、ブロックチェーン関連のプロジェクトを始める場合には、成果に関して予測数字が求められるだろう。しかし、そういった数字というのはなんらかの前例がないと算出しにくいものだ。無理やり、今のビジネスをベースにして数字を作ることもできなくもないが、もしブロックチェーンの本当の価値を把握しながらこのイノベーションと付き合いたいのであれば、ブロックチェーンがわれわれのエコシステムの中でどういう位置付けにあるのかを把握する必要がある。そのキーワードは、使い古された用語のように思えるが、Horizontal(水平分業)とVertical(垂直統合)の繰り返し(Iteration)だ。

ブロックチェーンはHorizontalな視野を広げる

 HorizontalとVerticalは、ビジネスやサプライチェーンのあり方を議論するときに、使い古された概念であり、今さらとも思えるキーワードであるが、重要なことは、この2つ概念は選択的なものではなく、あるタイミングではHorizontalな概念が進み、また別のタイミングでVerticalにビジネスが形成される。その繰り返しとスパイラルを意識することが重要になる。

 ブロックチェーンの技術は、上記の考え方で言えば、新たにHorizontalな視野を形成する技術だ。これまで、ビジネス向けに管理された情報、権利、価値はビジネスやサービスを運営する主体が保有して、活用し、利用者とやりとりするという形で信頼を担保していた。この方法は、サービス提供者が、長期にわたり、極めて優れたUX(User Experience=ユーザ体験)を提供してくれるという前提であるなら、良い方法である。しかし、ある特定の企業が、未来永劫優れたUXを提供できる保証はない。例えば、その会社の事業が未来永劫継続するとは限らないし、企業にはイノベーションのジレンマが生じる可能性があり、利用者にとって使い勝手のよいサービスではなくなることはよくあることだ。とりわけ金銭的価値を持つ情報を取り扱うサービスでは、継続性がなければ、利用者にとっては信頼がおけないものとなる。さらにサービスのレベルの向上が見込まれない企業に、情報がロックイン(囲い込み)されてしまうことも大きな問題となる。利用者側から見た場合、これまではそういった情報の信頼確保の方法としては「サービス主体をとにかく信頼する」以外に方法がなかったのだが、ブロックチェーンの大きなメリットは、より自由な信頼確保の手段を確保できることだ。

 ブロックチェーン技術では、分散台帳に記録される情報は、すべてのブロックチェーンノードで同期して保管される。その意味で、特定の企業の信頼性やイノベーションへの感度に左右されることなく、情報に基づいたさまざまなサービスを享受できるチャンスが増えることになる。より大きな可能性の話で言えば、資本をもった企業でなくても、一般の市民もそのサービスの主体になり得る。これは、インターネットによって、誰でもウェブサイトを立ち上げられるようになったのと同じだ。つまり、ブロックチェーンは、さまざまな情報の取り扱いの担い手と、担い方の選択肢を広げる技術となる。これは、前述したGAFAにとっては脅威である。なぜなら彼らは、厳重に管理された巨大なデータセンターを持ち、情報の囲い込みを行うことがビジネス上の強みになっており、その囲い込みのメリットが減っていくことを意味するからだ。つまり、ブロックチェーンは、情報や価値のレイヤにおける水平分業をもたらすものである。

 ブロックチェーンの登場はビットコインとしてであったが、ビットコインはお金の形成というアプリケーションの一点突破でできた技術だ。そういう意味では、Vertical主導の技術が出発点であり、ビットコインからブロックチェーンへとスコープが広がる中で、情報や価値のレイヤーにおける水平分業が広がったと言える。

生活者体験を向上させるVerticalから逆算する

 一方で、Horizontalにものごとが進むということだけで、世の中の問題が解決するわけではない、というのもまた歴史が示すところだ。誤解を恐れずに書けば、UXとHorizontalというのは相性が良くない。Horizontalに物事が進むことで、さまざまな組み合わせの可能性が広がり、できることは増えるが、その組み合わせ方やカスタマイズを利用者の努力に委ねるのは、平均的な生活者のUXにとっては煩わしく感じられマイナスにもなる。さまざまなサービスを組み合わせても、一貫したUI(ユーザインターフェース)やUXの設計がなく、トラブルが発生した時の対処方法も決まっていなければ、利用者は使い続けてくれない。つまりそうなれば、いくら「ブロックチェーンが世の中のさまざまな課題を解決する」と宣伝したとしても、実際に個々のサービスは、社会課題の解決には役立たないことになる。

 このような例には枚挙にいとまがないが、ブロックチェーンからの連想で言えば、データの仕様を共通化し、分散してアプリケーションが作れるという触れ込みの例としてAppleとIBMが提唱していたOpenDocがある(Microsoftは同時期にOLEを推進していた)。これは、さまざまなタイプの情報形態(メール、音声、動画、表計算、ワープロなど)を同時に扱うアプリを作る際に、共通のデータ形式だけ用意しておいて、アプリケーション開発者はそれぞれのコンポーネントだけを開発し、OpenDocの利用者はコンポーネントを好きな形で組み合わせて、好みの使い方をするというものだった。ソフトウエアベンダーにとっても、機能豊富なソフトウエアを構成する複雑なコードを開発するコストが削減できるという触れ込みであった。自由度が広がり、かつコストも下がるという宣伝文句は、今のブロックチェーンの状況に似ている。

 しかし、優れたUXを設計できなかったことや、コンポーネント開発のエコシステムを作れなかったという事情もあり、普及には至らなかった。UXを軽視すると、ブロックチェーンにも同じことが発生する可能性は高い。利用者にとっては、裏で動いているテクノロジーは関係なく、UXこそが重要なポイントなのだ。これは、マイクロソフトがPCの世界では圧倒していても、モバイルデバイスやスマートフォンの世界で苦戦していることにも通じる。

 ところで、技術的に言えば、ブロックチェーンの情報管理の方法は極めて冗長であり、すべてのノードが同じ情報を記録し、合意が覆る可能性も常に存在する。これはインターネットの通信が、通信の捌き方としては冗長であり、かつパケットがロスした場合には、再送するという割り切りに任せているのに似ている。

 非常に冗長なゆえに、多くのプライベートブロックチェーンの応用は、前回の原稿でも書いたように既存の暗号学的タイムスタンプやヒステリシス署名を用いたほうが、より効果的かつ安価に実現できるし、UXの向上も容易だ。にもかかわらず、あえてブロックチェーン技術を採用するのは、分散して情報の信頼が扱えるメリットがあるためで、さらに今後、ブロックチェーンを社会に役立てるためには、Verticalに統合し、良いUXを設計することが鍵となる。

 ブロックチェーンは、価値や権利などが取り扱われるため、インターネットよりさらにわれわれの生活に密着した使われ方をするはずだ。その意味では、単にUXという観点ではなく、生活者や市民の体験をどう向上させるのかが、社会的インパクトの本当の鍵となる。筆者はUXになぞらえて、CX(Citizen Experience:生活者体験)と呼んでいるが、トラブル対応を含めたCXの向上こそ、ブロックチェーンのインパクトやビジネスの評価軸とする必要があると考えている。

基盤技術のビジネス化と持続的なエコシステムの関係

 ブロックチェーンが本当にビジネスや、われわれの生活にインパクトを与えるためには、HorizontalとVerticalの繰り返しを経る必要がある。特にブロックチェーンは、それ自体が新しいビジネスを生むわけではなく、他の技術と組みわせて新たなUXをもたらすものと考えたほうがいい。一方で、基盤であるブロックチェーンそのものが、ビジネスとして持続的である必要がある。ビットコインはマイニングする人に報酬としてのコインという形でブロックチェーン維持のためのインセンティブを与えているが、ブロックチェーンを維持するためは、マイニングを行う者だけでなく、技術開発を行い、セキュリティを守るエンジニアや研究者も持続的に関わらないといけない。それら、ブロックチェーンエコシステムを支えるステークホルダー全体が、長期的かつ健全に運営されていくための方法が必要だ。Joi Itoが、アプリケーションよりも基盤に目を向ける時期であると唱える理由のひとつは、長期的に安定した基盤を構築する必要がある時期だからだ。インターネットの場合には、インターネットサービスプロバイダの運用費を利用者が薄く負担し、関係企業やアカデミアが、継続的な技術開発のコストを負担している。また、エコシステムにおける費用の一部は広告モデルによってもたらされている。これらは見えにくいコストであるが、ブロックチェーンが社会基盤となるなら、当然誰かが負担すべきコストとなる。ただし、インターネットにおけるSNSがそうであるように、コストを負担したとしても、ビジネスモデルの革新によってそのコストをベネフィットが大きく上回ることはある。ブロックチェーンの真の応用を考えるためには、その部分を研究することが大事になる。

 また、良いUXやCXのためのVerticalを考える上で、投資のあり方についても考えることが必要になる。良いUX、あるいはCXというのは、システムを構築する最初から同時に作り込めるようなものではないし、そういう前提で設計するのは開発者の自己過信である。日々、試行錯誤をして、いいものを探り当てるという方法でなければ、その向上は計れない。アジャイル開発や、シリコンバレーなどから発祥したFail-fastという文化は、UX設計に関するそういった経験値と思想から来ている。日本の伝統的な企業で広く受け入れられている考え方ではないと思われるが、インターネットがそうであったように、エコシステムの組み替えが起こるときには、確かなHorizontalを作る部分、そしてVerticalを作る部分への新たな投資のモデルを考えることが必要になるだろう。

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ジョージタウン大学Department of Computer Scienceの研究教授として、CuberSMART研究センターのDirectorを務める。東京大学生産技術研究所・リサーチフェローとしても活動。2020年3月に設立された、ブロックチェーン技術のグローバルなマルチステークホルダー組織Blockchain Governance Initiative Network (BGIN)暫定共同チェア。 ブロックチェーン専門学術誌LEDGER誌エディタ、IEEE, ACM, W3C, CBT, BPASE等のブロックチェーン学術会議やScaling Bitcoinのプログラム委員を務める。ブロックチェーンの中立な学術研究国際ネットワークBSafe.networkプロジェクト共同設立者。ISO TC307におけるセキュリティに関するTechnical Reportプロジェクトのリーダー・エディタ、またおよびセキュリティ分野の国際リエゾンを務める。内閣官房 Trusted Web推進協議会、金融庁 デジタル・分散型金融への対応のあり方等に関する研究会、デジタル庁Web3.0研究会メンバー。