MITにも一般的な大学と同じように、学生向けの寮があり、学部生向けのものだけでも11の寮が存在する。その中でも、シニアハウスは際立って特殊な寮だ。今、そのシニアハウスが窮地に立たされているという。一体何がおきているのか、彼らの置かれている状況、そしてその独特な文化を紹介したい。
日本で言えば、MITシニアハウスは京都大学の吉田寮のようなものだ。歴史があり、自由を尊重し、さまざまな学生が住んでいるが、雑多で小汚くも見えるかもしれない。シニアハウスはMIT メディアラボのすぐ横にある寮で、1918年にMITでは最初の学生向け住宅として開設され、2016年まで伝統的な形で運営されていた。その横にイーストキャンパスというシニアハウスと非常によく似た文化を持つ寮があり、こちらは1958年にシニアハウスが独立するまではひとつの寮であった。シニアハウスの建物にはさまざまなイラストやメッセージが描かれている。それらの作品のクオリティは高く、この寮を特徴づける独特の雰囲気を醸し出している。
また、シニアハウスはMITの他の寮に比べ、LGBTQ+や低所得層などの学内マイノリティが多く生活しており、LBGTQ+の権利を守る団体や寮移転に反対する団体のメンバーも多く見かける。また、寮の中ではペットが放し飼いにされているエリアもある。このような自由な文化はこれまでの記事で紹介したようなMITのhackと強いつながりがあり、MITの文化には、シニアハウスの住人たちが築き上げてきた文化が色濃く反映されている。しかし、今年(2017年)の秋から開始されるMITの大学当局によるシニアハウスの「改変」のために、シニアハウスの住人たちは退去させられることになった。
なぜ、MITの文化の要でもあるシニアハウスが「改変」されることになったのだろうか?主な理由は、シニアハウスがMITの定める寮生活の規則を著しく逸脱していることだ。先にあげたペット飼育も規則違反なのだが、それにとどまらずシニアハウスでは、以前から寮内での薬物使用や飲酒、喫煙、共有スペースでの性行為などさまざまな問題が指摘されていた。いくら自由な文化があるとはいえ、大学当局が何らかの対策を講じることになったのは至極当然のことだった。このニュースはMITの学生たちの間でも瞬く間に話題になり「Quartz」や「Medium」にも一連の流れや背景を紹介する記事が掲載された。
シニアハウス側の非を見れば大学当局が動くのも理解できるが、今話題になっているのは、寮内に描かれてきたイラスト等がリノベーションによって失われそうであること、そして自由な校風を推奨するMITには似つかわしくもなく、強引で極端な手法で住人退去させたことだ。さらに、住人を退去させた後、寮内のBBQスペースやTire swingなど伝統的に受け継がれてきた施設をも撤去し、秋からPilot2021という名のプログラムで新たな寮生を募集するなどあまりにも突然すぎる対応に、これまでの住人だけでなく卒業生やMITの関係者からも抗議の声が上がり、これが継続的な抗議運動に発展している。シニアハウスはこれらの動きをまとめたホームページも公開している。
この一連の流れを受け、MITメディアラボの人々も声を上げている。大学当局への抗議や、今後どのようにしてシニアハウスの文化や建物を保護するかなどのディスカッションがラボ全体のメールリストで行なわれている。中でも面白い案として、寮のこれまでの問題を改善することを大前提として、新たな寮の部屋をメディアラボが多数保有し、メディアラボとシニアハウスの文化の融合をはかり、退去となった学生たちを元に戻すというものもあった。これまでの記事でも紹介してきたように、メディアラボには自由な文化を愛する人が多く、シニアハウスに住んでいる人も多い。最近ではシニアハウスの住人だったある学生が、メディアラボにTor(トーア)というTCP/IPの接続経路を秘匿化するプロジェクトのExitノード(一般のネットワークとTorネットワークの接続部分)を同ラボの名を使って設営した。このように挑戦的な取り組みをする者が多いシニアハウスの学生たちとメディアラボは切っても切り離せない関係なのだ。
筆者は、MITのツアーや日本でよく紹介されるMITの「飾られた姿」ではなくアンダーグラウンドで泥臭く奮闘する学生や研究員、教員、スタッフたちの姿を伝えるよう心がけてきた。シニアハウスの人々が今後どのように対処するのか、そしてそこにメディアラボがどのように関わっていくのか、今後のなりゆきを読者の皆さんにも是非注目してもらいたい。