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2つの分野に精通し新分野の専門家になる Tupac.bio CEO Eli Lyons氏

Tupac.bio CEO Eli Lyons氏

Tupac.bio CEO Eli Lyons氏

 人間がDNAをデザインするようになる未来について、デジタルガレージグループが運営するオープンネットワークラボ(Onlab)の卒業生で、Tupac.bioのCEOであるEli Lyons氏にインタビューした。同社はTupac Bio Designerという新薬開発のための製品を作っている。

――イーライ (Eli)、まずはあなた自身のことを教えてください。

 私は自分自身を高める環境に身を置いて、自分の限界を見つけることが好きだ。私は多くのことを勉強してきた。例えば私は中国語を話すことができる。計算機工学と物理学の修士号も取得した。日本に来てからは 医療科学と計算生物学の世界に足を踏み入れることになった。専門を変えたのは、CMOSとトランジスタ技術を生物学に応用する論文を読んだのがきっかけだ。当時はこの2つの分野が融合しようとしていた。

 修士課程の時、DNA配列を検出する電気化学センシングにトランジスタを応用する論文を読んだ。当時の私はトランジスタについては非常に詳しかったが、DNAや生物学全般に関してはほとんど何も知らなかった。しかし、この分野の論文を読んでいるうちに、そこに巨大な可能性があることがわかってきた。

 半導体技術はすでに確立された分野だから、非常に明確なロードマップがある。この業界に身を置いていればきっと退屈していただろう。非常に専門性の高い分野ではあるが、回路を設計できる人間はたくさんいる。他とは違うことをしてみたかった。

――あなたはこの分野の専門家ではないということですか?

 すでに確立された分野の専門家になるのもいいと思う。しかし、2つの分野を組み合わせれば新しい分野の専門家になることができる。私が取り組んでいるのはそういったことだ。私は自分が作った分野の専門家になると信じている。

 こうすれば世界が良くなるだろうなと自分が思う方法で世界に影響を与えたい。学問的な向上だけでなく、人としてのスキルも非常に重要だ。

 私が言っているのは、人がどう考え、どう感じるか、そしてそれらが彼らの仕事や生活上の意思決定にどう反映されるかを理解するスキルのことだ。

――現在手がけているビジネスはどんなものですか?

 Tupac. bio (www.tupac.bio) では ユーザーが必要とする機能や特徴を備えた高品質の生体分子を見つけやすくすることだ。生体分子で必要とされる性質や特徴の例としては、抗体医薬品のがん細胞と結合する性質や、高い有効性を保ったまま体内で作用する性質が挙げられる。顧客はバイオテックと製薬関連の企業だが、酵素の製造企業やバイオリアクターを使って製品を製造する企業にも話をしているところだ。

 私たちは生体分子の発見と設計のプロセスを改善することで、これらの企業に貢献したいと思っている。

How Tupac.bio Designer works

How Tupac.bio Designer works

――私を5歳の子供だと思って説明していただけますか。

 私たちはタンパク質とDNAをユーザーが設計できるソフトウェアを開発している。タンパク質を形成するための設計図がDNAであることを知っていれば問題ない。

 DNA の合成が可能になり、DNAの合成プロセスを向上させる企業が増えている。合成されたDNAはヒトの体内にあるものと同じだが、実際はラボで作られているものもある。

 現在はDNAを合成できる企業が数多くある。ユーザーは私たちのソフトウェアを使ってDNAを設計でき、設計したDNAを他社で合成させることができる。これはソフトウェアを使って回路を設計し、その設計図を使って他社に製造してもらう半導体業界と似ている。

――ソフトウェアは何をインプットし、何をアウトプットしているのですか?

 私たちはユーザーの条件に沿った形で、さまざまな種類の設計を非 常に簡単に行えるようにしている。数百、数千という遺伝子のバリエーションを作り出すことができる。遺伝子のバリエーションを簡単に作り出せるだけでなく、DNAバーコードを使って全てのバリエーションにタグをつけることができる。DNAバーコードを用いることで、その後のDNA配列のデータ化が容易になるのだ。

――DNA操作の倫理的な問題についてはどう思いますか?

 弊社のソフトウェアを使ったことで生じるかもしれない倫理的な問題に関しては、私も真剣に考えている。だからと言って私がこの産業から手を引くことはない。むしろ関わっていたいと思う。確かに危険はあると思うが、この分野ではそれ相応の専門知識が必要とされる。悪意や愚行だけで多くの危険が作り出されるとは言いきれない。

――自然を深く理解しようとした20世紀の原子物理学者たちも悪意を持っていませんでした。しかしその後に……。

 原爆のアナロジーはバイオテック業界でも一般的に使われている。この問題に対するアプローチとして、弊社では現時点で直面している主な問題に焦点を絞り、その対策に優先的に取り組んでいる。新薬発見プロセスの改善がその主な問題だと考えている。

 ツールが悪用される可能性についても考慮している。私たちのツールは、恐ろしいウイルスや、特定の免疫系に特化したウイルスの設計にも使用できる。もちろん、ソフトウェアが今後さらに発展すれば、特定の活動を防ぐためのセーフガードを追加する可能性もあるだろう。

――競合相手は誰でしょう?

 DNA設計のソフトウェアを開発している企業は私たちだけではない。新薬のスクリーニングに使用する物理的な技術を提供している企業も多い。うちはDNA設計のソフトウェア屋というよりも、スクリーニングに使われるテクノロジーを作っている企業に近い。例えば、現時点ではスクリーニングの分析ツールの開発に焦点を当てている。

――薬のスクリーニングに使われるTupac.bio の分析ツールはどういった仕組みですか?

このツールにインプットされるのはDNAの配列データで、スクリーニングに最もふさわしい DNA 候補がアウトプットされる仕組みだ。

 抗がん剤の全てが人工的な化合物で製造されていると考える人が多いが、それは事実ではない。 タンパク質がベースになっているか、化合物と結合したタンパク質から作られているものもある。

 例えば、非常に一般的な薬である抗体薬物複合体を考えてみればいい。この抗体薬はがん細胞と優先的に結合し、がん細胞を効果的に攻撃してくれる。言ってみれば、がん細胞にとって有害な弾頭を搭載したミサイルを細胞内に送り込んでいるようなものだ。

――今直面しているどの課題が最も重要で、どういった点に重点的に取り組んでいますか?

 現在、重点的に取り組んでいる主な課題は、ユーザーとコラボレーターの獲得と、分析ツールの構築である。

――データの改ざんや恣意的な選択によって墜落し始めた現在の科学論文コミュニティについてはどう思います?

 自分の仮定の根拠となるデータだけを選び、全てのデータを報告しない研究者も多い。また、全てのデータを報告することが義務付けられていないのもその問題のひとつだ。

 リサーチコミュニティにおけるもうひとつの問題は、多くの研究者が二重盲検法などの盲検試験を実施していないということだ。彼らはどのサンプルがコントロールサンプルかを知っているし、どのサンプルが独立サンプルかも知っている。これが試験結果に強い影響を与えるのだ。

 また、多くの実験が現実を反映していないことも問題のひとつだ。私が言っているのは、体内で起きる変化を十分にモデル化しない実験のことだ。例えば、平皿の上で培養された細胞と3次元環境で体内に入る細胞を同列に扱ってはいけないだろう。

 しかし、真新しい研究成果を継続して出さなければならないという多大なプレッシャーが研究者にかかっていることは理解している。善い研究をした科学者が報われるべきだと思う。

――身体をリバースエンジニアリングするにはどうすればいいのでしょうか?また「CRISPR」についてどう思いますか?

 エンジニア畑から科学の世界に入った私が残念だと思うのは、優れた業績を残した生物学者が、体内組織を測定するツールがまだ存在しなかった時代に多くいたということだ。

 リバースエンジニアリングを行うには体内組織を正確に測定しなければならない。インプットを変更した後のアウトプットを測定できるようになる必要がある。

 SFのようなテクノロジーを開発できるようになるには、改善の余地がまだたくさんある。例えば、「CRISPR」のようなツールが誕生したことで、インプットの変更がようやく可能になった。

※デジタルガレージはDG Labファンドを通じてTupac.bioにはDG labが出資しています。

Written by

DG Lab Chief Architect

スペイン生まれ。コンピュータサイエンス修士号を取得して、欧州原子核研究機構CERNで研究後、来日。日本ではコンシューマー・ インターネットのシステム開発を行った。2016年7月に発足したDG LabのChief Architectとしてブロックチェーン、セキュリティ、AI、仮想現実、バイオテクノロジーといった先端技術を活用した研究開発、事業化を目指す。趣味はカメラと本の執筆。スペインでは書籍を5冊販売し、計50万部を超える国際的ベストセラーになっている。