北海道札幌市と福岡県福岡市は転勤先の都市人気ランキングの常連だ。職住接近で時間的余裕ができるため、生活の質が向上したという声も多い。さらに北海道、九州というエリアが持つ食や景観などの魅力も堪能できる。
生活し、働く場所としての魅力が多い両エリアだが、そこにある企業群を見渡した時、大きく印象が異なるところがある。福岡圏は開業率が高く、元気なスタートアップ企業が目立つ一方で、札幌を中心とした北海道には同様の印象が薄い。
人口減に伴う地域交通網の維持や農業、漁業などの人手不足対策など、人工知能(AI)やドローンといった先端技術が課題解決に活用できそうな分野は北海道には多い。しかし、そういった取り組みを行う新しい企業(スタートアップ)が、北海道から続々と生まれてくるという状況には程遠いのが実態だ。
そんな北海道のスタートアップを活性化させようという、試みがスタートした。
すっかり雪も消えた4月20日の札幌市内。北海道大学の構内で「Open Network Lab HOKKAIDO」のローンチイベントが開催された。これは、2010年からデジタルガレージが取り組んできた「シードアクセラレータープログラム(起業家育成支援)」の拠点を札幌にも開設し、次世代の人材育成に取り組もうという試みだ。北海道新聞社や道内の大学や企業・団体とも連携し、オール北海道で地域課題解決などを目指す起業家を公募する。
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起業を志す人材としてはまずは、大学生、大学院生が考えられる。最近は東京大学の卒業ですら大企業や官庁に就職するより、資金調達をして起業をする例は多い。北海道の学生の意識はどうなのか。
このプログラムをメンターとして支援する公立はこだて未来大学の副学長、松原仁教授によると、北海道で大学生活を送る学生たちは、あまり起業に積極的ではないという。可能性を感じる学生に「ベンチャー作ってみたら?」とけしかけてみても「えっ。私がですか?」といった反応が大半だそうだ。北海道で大学生活を送りたいと考える学生は「フロンティアスピリットに憧憬を抱き、開拓者となりたいと考えている学生が多い」というのは外部者の勝手な想像。開拓時に苦労した先祖のエピソードを聞いてきた反動だろうか、学生やその親も起業をすることはとても大変なことだとの思いが強く、普通に企業や官庁に就職したいという志向が強いのだとか。
「資本金はゼロでも会社は作ることができるのだからもっと気軽に起業すればいい」と話す松原教授自身も、AI(人工知能)と画像処理を組み合わせた検査装置の開発に取り組む「株式会社AIハヤブサ」や、公共交通の課題解決を目指す「株式会社未来シェア」など大学発のスタートアップを手がけている。こうしたスタートアップを興す背景には、研究成果を実社会に生かしたいという思いがある。大学では技術的シーズのあるところから研究がスタートする。例えば、AIを使って、人間より効率よく検査ができるのではないか、またバスやタクシーなどの交通機関を効率的に運用できるのではないかという仮説から、研究課題を設定する。その仮説を検証するために研究成果をより大きなフィールドで試してみたい、社会実装したいと考えるところから、そのパートナー、アドバイザーとして民間企業との連携が生まれ、それが起業につながったという。
公立はこだて未来大学の卒業生の2/3は北海道外の企業へ就職する。そうして道外に出ていった卒業生も30歳代になると、道内に戻りたいと考え、実際にUターン就職をする例もある。北海道内での起業が盛んになり、スタートアップが増加すればUターン者の受け皿としても機能するだろう。
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ローンチイベントではパネルディスカッションも行われた。パネリストは松原教授以外にも伊藤博之氏(クリプトン・フューチャー・メディア 代表取締役)や川村秀憲教授(北海道大学)、小林晋也氏(ファームノートホールディングス 代表取締役)。
起業家としての先輩諸氏もやはり、北海道の若い世代が起業に積極的ではないという共通の認識を持つ。その一方で「学校の先輩などで元気よくベンチャー立ち上げている人が身近にいない。さらに(起業するノウハウなどの)情報がないという問題がある。学生自身の問題ではないところもある。」(川村氏)とこれまで起業家支援の仕組みが整っていなかったことも指摘した。さらに小林氏は起業を決心する際の「不安」起業して後の「間違えを正し前に進むプロセスの大切さ」に言及した後、不安を乗り越え、間違えを指摘してくれる仲間が必要だと話した。
パネルディスカッション後の質疑応答では、起業を検討する参加者からの質問にパネラー各氏がそれぞれの立場から答えた。起業にあたっての心構えや、考え方の整理が必要だといった指摘などは、Open Network Lab HOKKAIDOが育成プログラムの目玉として掲げるメンタリングさながらだった。
この勢いがそのまま公募とその後の育成プログラムへと続けば、近い将来に北海道のスタートアップ事情にも変化が現れることだろう。